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天気晴朗ナレドモ水ノ月  作者: 伏見 七尾
壱.銀髪の宿敵
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四.

 その場所にたどり着くまでに時間はさほどかからなかった。

「このあたりか……?」

 三笠の目の前には、大鳥居が見える。由緒正しい神社への入り口だ。境内は広く、昼間にはよく子供達が何人も集まって遊んでいる。

 妖魔の声が聞こえないだろうか――しかし、三笠の耳に入ったのは別の物だった。

「……人の声?」

 女の声だ。はっきりとは聞き取れないが、誰かと言い争っているようだ。

 そして直後、あたりに異様な叫びが響き渡った。

「これは――ッ!」

 狼の咆哮にも似た――しかし所々奇妙な雑音の混じった声。

 街灯の光は雑木林に遮断され、視界は闇に閉ざされている。しかし耳を澄ませると、再び争いの声がかすかに聞こえてきた。

 そして、人外のモノのやかましいうなり声も。

「人がいるのか……!」

 迷いなく三笠は地を蹴り、三笠は暗い木々の中へと飛び込んだ。

 そしてすぐに気づく。

「なんだ、この寒さは……」

 三笠の口から白い息が零れた。

 雑木林の中は真冬かと思うほどに気温が低い。

 さらに外から見ただけでは気づかなかったが、地面にはうっすらと雪すら積もっていた。生い茂る木々の中には、ちらほらと白い雪化粧をまとっているモノもある。

 首をかしげた矢先、三笠の耳にある音が聞こえてきた。

 機械の軋む音。蒸気の噴出音。無機質なベルの音。――そして得体の知れない獣の声。

「この音――まさか!」

 三笠の顔がさっと青ざめた。

 まったく同じではないが、よく似た音は何度も聞いたことがあった。だが、何故それがこんな場所にいるのかがまったくわからない。

 混乱する三笠の耳に、女の叫び声が聞こえた。

「アナタ達に誇りはないの――ッ!?」

「あっちか!」

 声と音を頼りに、雑木林のさらに奥へと三笠は駆ける。

 やがて雪を被った木々の向こうに、細い背中が見えた。

 腰まで届く銀の髪、紺色のジャケットとスカート――どこか見覚えのある後ろ姿だ。しかし、それが誰だったのかを思い出す暇はなかった。

 女の前には、巨大な獣の姿があった。

 緑色に明滅する複眼、派手なオレンジ色の甲殻。猫科の獣を思わせるシャープな体格の中で、両腕だけが異様に発達している。

 その筋骨隆々とした右腕を、獣は振り下ろそうとしていた。

 鋼の鉤爪がうなりを上げて女に迫る。

「危ないッ!」

「うっ――!」

 三笠は銀髪の女の肩を強く引いた。

 女が背後に倒れ込む音を聞きつつ、鞘ぐるみの刀で獣の鉤爪を受け止める。

 見れば、獣の両腕は鋼の装甲で覆われていた。全身を覆うオレンジ色の甲殻も人工物のようで、所々にリベットの跡が見える。

 間違いない。それは三笠も見慣れた、妖魔に巫覡機関を組み込んだ兵器。

機巧妖魔きこうようま……なぜこんなところに?」

 シューッと小さな音が響いた。

 同時に、刀にかかる力が一気に大きくなった。肩から突き出たパイプから蒸気を噴き上げつつ、機巧妖魔が三笠を押しつぶそうとしてくる。

 三笠はちろりと唇をなめつつ、機巧妖魔の拳をはじきあげる。

 機巧妖魔は一瞬ふらついたものの、俊敏な身のこなしで大きく三笠から距離をとった。

 そのとき、何者かのささやきが聞こえた。

「やむを得ません。……足止めをしなさい、【鳳仙花】」

「なに――?」

 機巧妖魔の目が輝いた。

 肩から飛び出したパイプから蒸気が噴き出す。その白い煙が広がる中で、三笠は機巧妖魔の背後で何者かの影が駆けていくのを見た。

「待て! 逃がしは――ちぃっ!」

 咆哮とともに機巧妖魔が襲いかかってくる。

 三笠は舌打ちをしつつも刀を構え、機巧妖魔の一撃を受け止めた。

 勢いと重みでわずかに後ずさる。

「くっ――!」

 立て続けに鉤爪が繰り出され、無数の火花が散る。三笠は眉を寄せつつも、その暴風のような連撃のことごとくをなんとか防ぎぎった。

 焦れた機巧妖魔が高々と豪腕を振り上げる。

「魄炉起動ッ!」

 身体にカッと霊気がみなぎる。

 うなりを上げて迫る鉤爪を刀で弾き、三笠は左手を機巧妖魔の胴体めがけて突き出した。その腕に、輝く風が渦を巻く。

「行くぞッ!」

 暴風をまとう拳が機巧妖魔の腹部に叩き込まれる。

 メキメキと金属骨格がひしゃげる感触。油くさい体液を吐きつつ、巨体が吹き飛んだ。

 三笠の背後で、銀髪の女が息を呑む。

「ア、アナタ……まさか……!」

「君は逃げてろ――仕方が無い。ともかくこいつを倒さねば」

 三笠は軽く左手の骨をならしつつ、何者かが逃げた方向をにらんだ。

 すると、背後の女が低い声を漏らす。

「……い」

「早く逃げろ。こいつは私がどうにか――」

「そこをどきなさい!」

「なっ――!」

 怒号と共に三笠は突き飛ばされた。

 予想外の出来事に驚愕する三笠をよそに、背後にいた銀髪の女が前に出た。

 腰に帯びたサーベルを抜き払い、女はそれを半身に構えた。

 長い銀髪がなびき、その美貌が晒される。

 透けるように白い肌、彫りの深い異国風の顔立ち。青い瞳は射貫くように鋭く、唇を厳しく引き結んだその顔はどこか氷の彫像を思わせた。

 三笠の脳裏で、閃光がはじけた。

「お前は――!」

「魄炉起動!」

 銀髪の女が鋭く言葉を発した瞬間――その瞳が青く輝いた。


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