二十一.
「眠れないんでしょう? 悪い夢ばっかり見てるって顔をしてるわ」
「そんなことはない……」
「うそだわ。少しやつれてるもの」
細い指先が再び顔の輪郭をするりとなぞり、ゆっくりと首筋へと滑り落ちていく。
その冷たさに、三笠は体を震わせた。
「……ッ、姉さん……」
「……まぁ、昔よりはずっとましな顔をしているとわたしは思うわ。八島の言ってたことは一部は正しくて、一部はまちがい」
とん、と初瀬は三笠の胸に指先を置いた。
『惰性で生きているだけ』――八島の言葉を思い出した三笠は、やや表情をゆがめた。
「三笠は生きる事に戸惑っているのよ。そうでしょう?」
「……どう、かな」
はっきりと否定することができなかった。
苦い表情で小さな姉を見下ろすと、彼女は当然といわんばかりに肩をすくめた。
「あなたは月のない夜の迷子だわ。だから朝日姉の関わっている案件に絡んだら、どんどん真っ暗な方に引きずり込まれてしまう」
「……その朝日とやらは今は何をしているの?」
「ないしょ」
鋭いまなざしのスワロフに対し、初瀬は人差し指を唇に当ててみせる。
三笠はやんわりと彼女の手を握った。
「それは困る。初瀬姉さんの話だと、朝日姉さんが危険にさらされているようじゃないか。そのためにも私と敷島姉さんとで――」
「……だから、ないしょ。言ったら絶対に首を突っ込むから」
細い指先がするりと手の中から抜けた。
初瀬はできの悪い子供を見るような目で幽かに笑って、三笠の唇に触れた。
「それにさっきも言ったけれど、わたしもそんなに詳しくは知らないの。ただね、朝日姉は自分の意思で動いていることは確かよ」
「……やはり、か。あの屋敷には、どこにも争ったような形跡はなかった。」
三笠はうなずく。
初瀬は三笠の顔をそっと撫でながら、肩をすくめた。
「朝日姉はね、大丈夫。三笠よりもしっかりとした意思を持って戦っているから」
「……何と戦っているんだ?」
「あら……」
しまったといった様子で、初瀬は眼帯に隠された左目を手で覆った。
三笠はたたみかけるようにたずねる。
「朝日姉さんは、何と戦っている?」
その問いに初瀬は左目を隠したまま、探るようなまなざしで見上げてきた。
三笠は彼女の細い肩に手を置き、じっとその目を見つめる。
やがて、初瀬は目を伏せた。
「……これだけは言えるわ。この帝都は、どんどん危機に呑まれていってるの」
「帝都が?」
「えぇ。覚えがあるんじゃない?」
三笠の脳裏に、敷島の話が蘇った。
徐々に増えている妖魔――それは摂理に従ったものだとスワロフは言っていたが、彼女はそれに対し違和感を感じていた。
「朝日姉はね、その危機を食い止めるためにいなくなったの」
「たった一人で、私達に何も言わずに?」
「えぇ。誰にも迷惑をかけないようにね――ただ」
初瀬は紅茶を一口飲み、物憂げな様子でため息を吐く。
「わたしは、三笠にはこの話に関わってほしくない。でも……もしかしたら、あなたの助けが必要な時が来るかもしれないわね」




