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天気晴朗ナレドモ水ノ月  作者: 伏見 七尾
参.死人に口無し
20/114

一.

 視界が、揺れる。

「とっとと答えろよバルチック! てめぇ、三笠がシベリアで死にかけてる時に何してやがったんだ! 妖魔と人間両方に襲われてる時によぉ!」

「なっ……何を言っているの……?」

 敷島達の声が一気に遠のいていく。なのに心臓の音は耳障りなほどに大きい。

「うっ……」

 火の雨――赤い凍土――化け物どもの影――『総員玉砕』――笑顔――。一瞬だけ、夜の公園の風景にあの悪夢が重なり合う。

「……落ち着け」

 誰にも聞こえないよう呟き、三笠は顔を覆った。

 ここは東京だ。あの最果ての地ではない。――ひたすら、自分に言い聞かせ続けた。

 やがて、少しずつ感覚が戻ってきた。

 心臓の鼓動が落ち着くにつれ、敷島とスワロフの言い争う声が聞こえてくる。

「――てめぇらバルチックってなんのためにあるんだよ! 国家のためじゃねぇのか! てめぇらにとって守るべきものってのは皇帝か、国民か!」

「く、う、うぅぅう……!」

 言い争うと言うよりは、敷島が一方的にスワロフを怒鳴りつけている状態だ。

 スワロフは唇を噛み、肩を細かく震わせている。

「どいつもこいつもてめぇの主義主張ばっかり述べやがって! 目の前で傷ついてる奴の事なんざ見もしねぇんだ! だから――!」

「姉さん!」

 三笠は大股で敷島の元に歩み寄り、その肩を掴んだ。

 敷島がハッとした顔で振り返る。

「三笠……?」

「その話はいい。――そんな大声で話すようなものじゃない」

 そう言って、三笠は平然とした顔で肩をすくめる。

 しかし敷島は眉をひそめ、どこか複雑そうな表情で首を捻った。

「……いいのか? 三笠」

「なにがだ?」

「いや、崑崙戦争の後の話をしなくていいのかって。実際お前、救援に……」

「今、話すようなものじゃない」

「けど――」

「話がややこしくなる。――彼女も、混乱する」

 後半は敷島にだけ聞こえるよう囁き、三笠はちらりとスワロフを見る。

 明らかにスワロフのひどく戸惑っていた。

 どこか不安げに青い瞳をゆらし、三笠を見ている。口を何度か開けているが、どう話せば良いのかもわかっていない様子だった。

「彼女はたぶん、かなり複雑な状況にいるんだ」

「複雑な状況……?」

「……おそらく、だが。バルチックは分裂したんだ」

 それは、今までのスワロフの話とその様子を総合した上での推測だった。

 看病していたときに漏らした『誇りを失った仲間達』という台詞。そして最初に出会ったとき、神社で何者かに襲われていたスワロフの姿。

『アナタ達に誇りはないの――ッ!?』

 思えばあの時も、『誇り』という言葉をスワロフは口にしていた。

 昨夜、あの神社で――スワロフは、かつてのバルチックの仲間達と決裂したのだろう。


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