一.
視界が、揺れる。
「とっとと答えろよバルチック! てめぇ、三笠がシベリアで死にかけてる時に何してやがったんだ! 妖魔と人間両方に襲われてる時によぉ!」
「なっ……何を言っているの……?」
敷島達の声が一気に遠のいていく。なのに心臓の音は耳障りなほどに大きい。
「うっ……」
火の雨――赤い凍土――化け物どもの影――『総員玉砕』――笑顔――。一瞬だけ、夜の公園の風景にあの悪夢が重なり合う。
「……落ち着け」
誰にも聞こえないよう呟き、三笠は顔を覆った。
ここは東京だ。あの最果ての地ではない。――ひたすら、自分に言い聞かせ続けた。
やがて、少しずつ感覚が戻ってきた。
心臓の鼓動が落ち着くにつれ、敷島とスワロフの言い争う声が聞こえてくる。
「――てめぇらバルチックってなんのためにあるんだよ! 国家のためじゃねぇのか! てめぇらにとって守るべきものってのは皇帝か、国民か!」
「く、う、うぅぅう……!」
言い争うと言うよりは、敷島が一方的にスワロフを怒鳴りつけている状態だ。
スワロフは唇を噛み、肩を細かく震わせている。
「どいつもこいつもてめぇの主義主張ばっかり述べやがって! 目の前で傷ついてる奴の事なんざ見もしねぇんだ! だから――!」
「姉さん!」
三笠は大股で敷島の元に歩み寄り、その肩を掴んだ。
敷島がハッとした顔で振り返る。
「三笠……?」
「その話はいい。――そんな大声で話すようなものじゃない」
そう言って、三笠は平然とした顔で肩をすくめる。
しかし敷島は眉をひそめ、どこか複雑そうな表情で首を捻った。
「……いいのか? 三笠」
「なにがだ?」
「いや、崑崙戦争の後の話をしなくていいのかって。実際お前、救援に……」
「今、話すようなものじゃない」
「けど――」
「話がややこしくなる。――彼女も、混乱する」
後半は敷島にだけ聞こえるよう囁き、三笠はちらりとスワロフを見る。
明らかにスワロフのひどく戸惑っていた。
どこか不安げに青い瞳をゆらし、三笠を見ている。口を何度か開けているが、どう話せば良いのかもわかっていない様子だった。
「彼女はたぶん、かなり複雑な状況にいるんだ」
「複雑な状況……?」
「……おそらく、だが。バルチックは分裂したんだ」
それは、今までのスワロフの話とその様子を総合した上での推測だった。
看病していたときに漏らした『誇りを失った仲間達』という台詞。そして最初に出会ったとき、神社で何者かに襲われていたスワロフの姿。
『アナタ達に誇りはないの――ッ!?』
思えばあの時も、『誇り』という言葉をスワロフは口にしていた。
昨夜、あの神社で――スワロフは、かつてのバルチックの仲間達と決裂したのだろう。




