二
軍隊がその集落に到着したとき、雪はやんでいた。
カンテラや霊刀を携えた軍人達は、すぐにしらみつぶしに生存者を探しはじめた。
「……生存者は?」
「はっ、現時点では確認できておりません! 見つかるのは死体ばかりです、大佐殿」
「やはり遅かったか……あの吹雪さえ起こらなければもっと早く到着できたのだが……」
大佐と呼ばれた指揮官は苦い表情で呟いた。顔の左半分に入った黒い炎の模様が特徴的な、まだ若いといえる年代の男だった。
大佐は眉間に深いしわを刻んだまま歩き出す。その後に数名の部下が続いた。
副官が早口で報告を続ける。
「奇妙な事に、人間だけでなく鬼の死骸も多く発見されております」
「鬼も? 同士討ちか?」
「いえ、鋭利な刃物で切り裂かれたような状態で――」
「大佐殿! 生存者一人を発見いたしました!」
崩れた家屋の向こうから若い兵士が駆けてくる。
大佐はやや目を見開いた。
「生存者だと? どこにいた?」
「はっ、集落のはずれです。鬼の骸が積み重なっているところの影に、子供が一人」
「子供……?」
大佐は顎に手をあて、難しい顔で考え込んだ。
しかし一つうなずくと、黒いコートの裾をひるがえして歩き出す。
「様子を見たい。その場所に案内しろ」
「はっ、こちらになります」
兵士に案内され、指揮官は家々のまばらな区画に入った。
兵士の言うとおり、崩れた社の近くで鬼の死骸の山があった。どれも体中を切り裂かれ、あるいは首筋をたたき折られた状態で絶命していた。
屍山血河の眺めに指揮官は眉をひそめ、山の後ろにまわった。
そこに、いた。腹の切り裂かれた鬼の骸の影に、少女が座り込んでいた。
「……なっ」
少女の凄まじい姿に、大佐は思わず息を呑んだ。
華奢な体は頭から爪先までが赤黒く濡れている。血にまみれた黒髪が流れ、顔を隠していた。側には、半ばほどがぼっきりと折れた軍刀が転がっていた。
大佐は慎重に声をかけようとした。
「君、怪我は……」
『大佐殿ッ、集落内の捜索が完了いたしました! 生存者はおりません!』
大佐は口を閉じ、耳元につけた無線機に集中した。
「生存者なし? 間違いないか?」
『はっ! 集落内を家から倉庫までしらみつぶしに捜索いたしました! しかし発見されたのは死体のみです!』
「……わかった。残党の鬼がいるかもしれん。周辺を哨戒せよ」
『了解いたしました!』
通信は切れた。大佐は鋼色の眼を細めて少女を見つめ、ついで軍刀を見つめた。
ふっと、その脳裏によぎるものがあった。
妖魔によって命の危機にさらされた子供が霊能に覚醒し、凄まじい力を発揮する――という話だ。それは非常に希有な事例で、大佐には正直半信半疑なところがあった。
しかし少女の姿は、まさにそうとしか思えない。
大佐はゆっくりと少女の側に歩み寄ると、その隣に腰を下ろした。
「君が鬼を殺したのか」
「……」
「あれだけの数の鬼を、よく一人で殺せたものだ」
「……」
「家族は皆、死んだのか」
「……」
「君、これからどうする」
「……わかりません、なにも」
そこではじめて少女は言葉を発した。かすれた声だった。
指揮官はちらりと横目で少女を見て、次いでその膝元の軍刀に視線を移した。
「――行く場所がないなら、私の元に来ないか」
少女は指揮官を見た。
ガラス玉のようにうつろな瞳をまっすぐに見据え、指揮官は静かに言った。
「我ら神州皇国霊軍は精強。しかし国土を脅かす妖魔と戦い続けるには、どれだけ人材があっても多すぎると言うことはない」
「……れい、ぐん」
「それに君ならば、【マキナ】の素質があると思う」
指揮官は【マキナ】の言葉にいっそうの力を込めた。
少女は目を瞬かせ、やや戸惑ったような表情を浮かべて指揮官を見つめた。
「どうだろう。私とともに、人々を妖魔から守ってくれないか」
指揮官は少女に向かって、白手袋をはめた手をさしのべた。
少女はじっとその手を見つめた。どれほど時間がたったろう。やがて少女はゆっくりと、血に染まった細い手を伸ばした。
おぼろげな月光が二人を照らしていた。