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天気晴朗ナレドモ水ノ月  作者: 伏見 七尾
零.修羅になる
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 軍隊がその集落に到着したとき、雪はやんでいた。

 カンテラや霊刀を携えた軍人達は、すぐにしらみつぶしに生存者を探しはじめた。

「……生存者は?」

「はっ、現時点では確認できておりません! 見つかるのは死体ばかりです、大佐殿」

「やはり遅かったか……あの吹雪さえ起こらなければもっと早く到着できたのだが……」

 大佐と呼ばれた指揮官は苦い表情で呟いた。顔の左半分に入った黒い炎の模様が特徴的な、まだ若いといえる年代の男だった。

 大佐は眉間に深いしわを刻んだまま歩き出す。その後に数名の部下が続いた。

 副官が早口で報告を続ける。

「奇妙な事に、人間だけでなく鬼の死骸も多く発見されております」

「鬼も? 同士討ちか?」

「いえ、鋭利な刃物で切り裂かれたような状態で――」

「大佐殿! 生存者一人を発見いたしました!」

 崩れた家屋の向こうから若い兵士が駆けてくる。

 大佐はやや目を見開いた。

「生存者だと? どこにいた?」

「はっ、集落のはずれです。鬼の骸が積み重なっているところの影に、子供が一人」

「子供……?」

 大佐は顎に手をあて、難しい顔で考え込んだ。

 しかし一つうなずくと、黒いコートの裾をひるがえして歩き出す。

「様子を見たい。その場所に案内しろ」

「はっ、こちらになります」

 兵士に案内され、指揮官は家々のまばらな区画に入った。

 兵士の言うとおり、崩れた社の近くで鬼の死骸の山があった。どれも体中を切り裂かれ、あるいは首筋をたたき折られた状態で絶命していた。

 屍山血河の眺めに指揮官は眉をひそめ、山の後ろにまわった。

 そこに、いた。腹の切り裂かれた鬼の骸の影に、少女が座り込んでいた。

「……なっ」

 少女の凄まじい姿に、大佐は思わず息を呑んだ。

 華奢な体は頭から爪先までが赤黒く濡れている。血にまみれた黒髪が流れ、顔を隠していた。側には、半ばほどがぼっきりと折れた軍刀が転がっていた。

 大佐は慎重に声をかけようとした。

「君、怪我は……」

『大佐殿ッ、集落内の捜索が完了いたしました! 生存者はおりません!』

 大佐は口を閉じ、耳元につけた無線機に集中した。

「生存者なし? 間違いないか?」

『はっ! 集落内を家から倉庫までしらみつぶしに捜索いたしました! しかし発見されたのは死体のみです!』

「……わかった。残党の鬼がいるかもしれん。周辺を哨戒せよ」

『了解いたしました!』

 通信は切れた。大佐は鋼色の眼を細めて少女を見つめ、ついで軍刀を見つめた。

 ふっと、その脳裏によぎるものがあった。

 妖魔によって命の危機にさらされた子供が霊能に覚醒し、凄まじい力を発揮する――という話だ。それは非常に希有な事例で、大佐には正直半信半疑なところがあった。

 しかし少女の姿は、まさにそうとしか思えない。

 大佐はゆっくりと少女の側に歩み寄ると、その隣に腰を下ろした。

「君が鬼を殺したのか」

「……」

「あれだけの数の鬼を、よく一人で殺せたものだ」

「……」

「家族は皆、死んだのか」

「……」

「君、これからどうする」

「……わかりません、なにも」

 そこではじめて少女は言葉を発した。かすれた声だった。

 指揮官はちらりと横目で少女を見て、次いでその膝元の軍刀に視線を移した。

「――行く場所がないなら、私の元に来ないか」

 少女は指揮官を見た。

 ガラス玉のようにうつろな瞳をまっすぐに見据え、指揮官は静かに言った。

「我ら神州皇国霊軍は精強。しかし国土を脅かす妖魔と戦い続けるには、どれだけ人材があっても多すぎると言うことはない」

「……れい、ぐん」

「それに君ならば、【マキナ】の素質があると思う」

 指揮官は【マキナ】の言葉にいっそうの力を込めた。

 少女は目を瞬かせ、やや戸惑ったような表情を浮かべて指揮官を見つめた。

「どうだろう。私とともに、人々を妖魔から守ってくれないか」

 指揮官は少女に向かって、白手袋をはめた手をさしのべた。

 少女はじっとその手を見つめた。どれほど時間がたったろう。やがて少女はゆっくりと、血に染まった細い手を伸ばした。

 おぼろげな月光が二人を照らしていた。


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