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天気晴朗ナレドモ水ノ月  作者: 伏見 七尾
弐.凍土の獣と炎の拳
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七.

「うわぁあ三笠! どうしたんだその首!」

「……これはまた」

 また面倒くさい人が来てしまった。

 やや引きつった笑みを浮かべる三笠に対し、客はずかずかと玄関に入ってくる。

 やや背が高い女だった。ぼさぼさの黒髪を肩まで伸ばし、頭にはバンダナを巻いている。日に焼けた肌と、黒いシャツとカーゴパンツという格好が活発そうな印象だった。

 赤い瞳を大きく見開いて、長身の女は三笠の肩を掴んでくる。

「手形ついてるじゃねぇか! 何があった!」

「落ち着いてくれ、敷島姉さん。別にコレはなにも――」

「馬鹿野郎!」

 長身の女――敷島は大きく首を振った。

「どうみたって首を締められた後だろ! 言え、どこの賊にやられたんだ!」

「いや、これはその……」

「それともそういう変態趣味の客か! ちくしょうめ! だからおれは言ったじゃねぇか、そういうへんな商売はやめとけって――!」

「違う!」

 怒鳴ったところで、三笠はハッと我に返った。

 ばっと玄関から顔を出して周囲を確認したが、特に人の気配はない。誰にも今の言葉は聞かれていないはずだ。そうだと信じたい。

 三笠は頭痛を感じながらも、後ろ手で戸を閉める。

「……ともかく、その……そういう、妙な事はしていない。出雲のバーとか、彼女と顔なじみのキャバレーとかで、ピアノ演奏をやっている程度だ」

「……ホントか?」

「本当だ。そもそも私にその……そんな、色めいた真似が出来ると思うのか」

「あー……言われてみればそうだな。ちょっと気が動転してたぜ」

 悪ぃと手を合わせてくる敷島に三笠は苦笑し、首を振った。

「別にそんなに気にしていない。――この首の跡はその、ちょっとした事故だ」

「どんな事故だよ」

「いや、これは私が悪いんだ。私はたまに空気が読めないからな……」

「待て待て! 首を締めるヤツの方がどう考えても悪ぃだろ。お前ホントに大丈夫か?」

「いや、何も問題は――」

「いいか、三笠」

 おもむろに敷島が真剣な顔になって、三笠の肩を掴んだ。

「おれとお前は血はつながっちゃいねぇ。けどな、お前のここには――」

 敷島は空いている右手を、三笠の胸においた。

 とても温かい手だ。その甲には三笠と同じ、赤い八重桜の鬼印が刻まれている。

「おれと同じ型の魄炉が納まってるわけだ。姉妹みてぇなものじゃねぇか。おれが長女、お前が末妹。だからよ、いくらでも姉ちゃんを頼ればいいんだぜ?」

「……ありがとう、姉さん」

 三笠は胸に置かれた敷島の右手に、そっと自分のそれを重ねる。

 敷島型マキナは四人存在している。

 三笠は一番最後に加わったため、この中では末妹にあたる。だから長女格の敷島にとっては、いつまでも心配な存在なのだろう。

「けれど、本当に大丈夫なんだ。私はちゃんとやっているよ」

「ホントか?」

「本当さ。だから姉さんは何も心配することはない」

 三笠は微笑み、手をどかした。

 敷島はなおも心配そうに三笠を見つめていたが、やがて手を下ろした。

「なら、いいんだけどよ……」

「それより、今日は突然どうしたんだ? 何か用事が?」

「ん、まぁな……あがっていいか?」

「あぁ、勿論」

 三笠は敷島を居間へと案内した。そして台所にむかい、熱い茶を淹れた急須と適当な茶菓子とを盆に載せて戻る。

「うおぉ、そんな気を遣わなくたって良いのに」

「いや、そういうわけにもいかないだろう」

 三笠が茶碗に茶を淹れてやると、敷島は「悪ぃなぁ」と頭を掻きながら受け取った。

 ごくりと茶を飲んでから、敷島は静かにたずねる。

「……お前、最近どうだ?」

「何も変わってない。恩給を受けつつ何でも屋めいたことをやっているよ。ピアノ伴奏も本来その一環だ。だから決して変な仕事はしていない」

「あー、わかったわかった。しっかし、やっぱりお前も働いてねぇと落ち着かねぇか」

「そうだな。……敷島姉さんは、食堂の方はどうなんだ?」

「繁盛してるぜ。おれ以外みんな料理上手だしな」

 敷島は誇らしげに胸を張る。

 前弩級排除の後、敷島は他のマキナを集めて食堂を開いた。料理が苦手な彼女はもっぱら裏方に回っているらしいが、どうやら上手に仲間達の個性を生かしているらしい。

「敷島姉さんはすごいな」

「いやいや、だからおれ以外がすげぇんだって。おれホントに料理できねぇもん。それにおれも勝手に店長にされちゃったようなもんだし」

「それだけ慕われているという事じゃないか」

「お前には負けるって」

「いや、私はたいしたことが――」

「だからお前はどうしてそう卑屈になるんだ?」

 敷島は茶をごくりと飲み干し、真剣なまなざしを三笠に向けた。

「お前は六年前、十五の時にアリョール帝国に勝った。それだけじゃねぇ、それまでもそれからもたくさんの妖魔を倒して、みんなを助けたじゃねぇか」

「……それは」

「お前はもっと誇るべきなんだよ。――【大襲来】の事は、あれは仕方が……」

「姉さん」

 敷島はちらりと三笠に視線を向け、赤い瞳を細めた。しかしそれは一瞬のことで、すぐに彼女は視線を伏せ、申し訳なさそうに頭を掻いた。

「……悪ぃな。この話はするべきじゃなかった」

「いや、問題はない。なにも」

 三笠は肩をすくめ、うっすらと微笑んだ。

【大襲来】から三年――昨日街頭で見た文字が、脳裏にチカチカとまたたいていた。

「私は、私なりに過去と折り合いをつけている」

「三笠……」

「……何も問題はない」

 三笠は目を伏せ、しっかりとうなずいた。

 三年前――世界各地で、強力な妖魔が激増した。それが【大襲来】。妖魔は増殖と進化を繰り返し、一年間人類に甚大な被害を与え続けた。

 退治しても追いつかず、敵は強力になっていく。――悪夢のような一年だった。


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