三十六.
「はぁっ……は……」
震える手で刀を納め、三笠は地面に膝をついた。
視界が揺らぐ。様々な音が脳内でこだまし、三笠はこめかみを押さえた。ほとんどの霊気をあの一撃に注ぎ込み、今は立っているのもやっとの状態だった。
三笠、とスワロフに呼ばれた気がする。
「……あぁ」
三笠は立ち上がり、振り返ろうとした。
その一瞬、足腰から力が抜けた。ぐらり、と一際大きく視界が揺れる。
「あっ……」
嫌な浮遊感に肌が粟立った。
上体が大きく後ろに揺れる。満月の静かな輝きがのけぞる三笠の指先をかすめた。
「――三笠ッ!」
絶叫と同時に、三笠の右手が強く掴まれる。
硬いコンクリートに全身をしたたかに打ち付け、三笠は呻いた。
「くっ……スワロフ」
「もっとしっかり掴まりなさい!」
怒鳴りながらスワロフはもう片方の手で三笠の右手を掴み、引きあげようとする。
三笠はなんとか力を込め、彼女の手を握り直した。
「善処、する……っぐ!」
「ヤァ――ッ!」
渾身の気合いと共に、スワロフは三笠の体を屋上へと引きあげた。三笠は濡れた地面に倒れ込み、体の痛みと重さに呻いた。
「……すまない。ありがとう」
「血の気が引いたわ……はぁっ」
スワロフは地面に腰を下ろし、深々と息を吐いた。
三笠はしばらく深呼吸を繰り返した後で寝返りを打ち、大の字になった。
雲の消えた夜空に、満月が静かに輝いている。アマツキツネの姿はもう見えない。
「……見ろ、月が綺麗だぞ」
「フン、だからどうしたというの」
三笠の言葉に、スワロフは鼻を鳴らした。しかし彼女も眉間に皺を寄せつつ、空の満月にじっと見入っている様子だった。
それからしばらく二人は黙り込み、辺りには風の音だけが微かに響いていた。
やがて、スワロフがぽつりと言葉を漏らした。
「……滅茶苦茶なことをやったモノね」
「私の力じゃない。私の霊気で渦を作って、アマツキツネ自身の霊気を返しただけだ。おかげで今はもうほとんど体を動かせんよ」
「フン……」
スワロフは鼻を鳴らす。
三笠は目を閉じた。しっとりとした水気を孕んだ夜風が肌に心地よい。
「思えば……私はここのところ、お前に助けてもらってばかりだな」
「……不本意だわ」
低い声に、三笠は目を開けた。
スワロフは座ったまま、じっと自分の掌を睨みつけている。
「六年間、ワタシはキサマを殺すことだけを考えていた。なのにここ最近のワタシは、どんどんおかしくなっていく――その変化が、無性に腹立たしいの」




