三十三.
「そんな――ッ!」
「あの稲妻は、帝都を守る結界が軋んでいる証」
三笠は眉を寄せ、空を見上げる。
渦巻く雲の向こうに、かすかに青白い光が見える。その正体を捉えようと三笠が目を細めた瞬間、甲高い叫びが聞こえた。
獣の遠吠えを思わせるそれは間違いなく、頭上――雲の向こうから響いていた。
「……結界によって、奴の落下はかろうじて防がれているようだ。朝日姉さんと香取に補強を頼んだのが、多少は効いているはず」
「けれどもあの様子じゃ、さほど長い時間は保たないわ」
きつく唇を噛み、座り込んだままスワロフは目を閉じた。
「……終わりだわ」
「――そんなわけにはいかないな」
「……三笠?」
三笠は巨大な霊気がのし掛かる中で一歩踏み出した。
目の前前には帝都の夜景が広がっている。先ほどの三笠自身の一撃により、外界と展望台とを遮っていた分厚いガラス壁はない。
「三笠……キサマ何をするつもりなの……!?」
「マキナとしての本分を果たしに行く」
「なにを――ぐっ!」
体にのし掛かる重みがさらに増し、うめき声と共にスワロフが地面に身を倒す。
三笠も一瞬、身を屈めた。
「……元々、私の原点はそれだ。それだけは揺らいでいない」
生き方に悩み、迷った。松島を自分の手で殺し、ニコラエフスクを眼前にしつつも撤退した自分は、生きている価値さえないのではないかとさえ考えた。
だが――皇国の刃となり、人々を守りたいという感情だけは揺らいだことはない。
「気が狂ったの……? こんな状況で、今更何ができるというの!」
「なんだってやるさ!」
スワロフの叫びに怒鳴り返し、三笠は壊れたガラス壁の外に出た。
展望台の外には、それを取り囲むように僅かな足場があった。少しでも踏み外せば、マキナといえど無事では済まない。
軋む手足に三笠は顔を歪めつつ、三笠は上を見上げる。
展望台の上に広がる屋上。そのコンクリートの縁が、僅かに見えていた。
ぐっと足腰に力を込めると、三笠は大きく跳躍した。屋上の縁を掴み、そのまま全身の力でもって体を引きあげる。
「ぐっ……!」
みしみしと体中が悲鳴を上げた。人外細胞の作用で治癒能力が高いとは言え、弩級マキナによって負わされた傷はまだ完全に癒えてはいない。
それでも三笠は痛みをこらえて屋上へと這い上がり、立ち上がった。
「結界はもう駄目か……」
天頂に、青白い電光がいっそう激しく炸裂しているのが見える。帝都を守る大結界はかろうじて霊獣の侵入を防いでいるようだが、いよいよ限界が迫っているようだ。
荒く息を吐きつつ、三笠は刀の柄に手をかける。
ふと視線を地上に向けると、摩天楼の海に赤い警報灯の輝きが溢れていた。
「……霊軍か」
恐らく霊軍の警備車両だろう。あの中には三笠はおろか、河内さえも上回る力を持つ超弩級マキナ達も配備されているに違いない。
三笠がここで命を賭ける必要など、ないのかもしれない。




