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天気晴朗ナレドモ水ノ月  作者: 伏見 七尾
弐.凍土の獣と炎の拳
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三.

 そして十時頃。三笠の家に、一人の来客が訪れた。

「……本当になんにもしてないんですね?」

「だからなんの話だ、香取」

 茶をゴクリと飲んで、三笠は正面の女を軽く睨む。

 クセのある赤っぽい茶髪をやや長めに伸ばしている。

 目尻のたれた瞳は黄色で、けだるげなまなざしをしていた。黒い軍服をだいぶ着崩している。首筋に、黄色い車輪のような鬼印が入っているのが印象的だった。

「だからねぇ……昨夜銀座の方で妖魔の声が響いたって通報があったんですよ。現場に警邏隊が急行したんですが、妖魔の痕跡しか残ってなくって」

 香取はポケットから手帳を取り出し、じとっと三笠を見つめた。

「どうもどっかの誰かが先に退治しちゃったみたいなんですわ……」

「それで何故、私が出てくるんだ?」

「いや、近くのキャバレーの客引きがね、黒い着物の女性がビルの屋上をスゴイ勢いで跳んで渡っていくのが見えたーって」

「黒い着物を着た女性なんて、私以外にもいると思うんだが」

「その女性はどうやらヤットウ持ってたらしいんですがね、心当たりありません?」

「そんな極道者は記憶にないな」

「あるバーの女店主がその話を聞いて、『それは三笠に違いない』と言ったんですがね?」

「ははは……出雲の奴め」

 なじみのバーテンダーの顔を思い出し、三笠は乾いた声で笑った。

 香取ははぁっと深々とため息をついた。

「……いいですか? 極東の英雄だかなんだか知りませんがね、大人しくしててくださいよ。変に動き回られると、警邏隊の邪魔になるんです。警察にも文句言われるし」

「……うむ」

「あと近所の神社が荒らされてたのもあんた関係ですかね? なんか爆撃でも喰らったような有様になってたんですが。一体何をやらかしたんです」

「妖魔が暴れていてな」

 背中に冷や汗を感じつつ、三笠は即答した。

 しかし香取は特に気にならなかったようで、ぐちぐちと文句を続けている。

「こないだもね、あんたの姉妹型に迷惑被ってるんですよ。朝日さん、だったっけ?」

「またか。今度は何をしたんだ、あの人」

「自宅から毎晩凄絶な叫び声が聞こえるという通報がありました」

「……ついに逮捕されたのか?」

「いや家宅捜索したんですがね、なんにも出てこなかったんですよ。なのでそのまま」

「そうか……」

 三笠は微妙な顔でうなずいた。

 手帳をパチンと閉じ、香取はおっくうそうな所作で立ち上がる。

「とりあえず、あたしからはこれくらいです」

「帰るのか」

「仕事が山積みなんですよ、しかも雑用ばっかり。まったく……超弩級だかなんだか知らないけど、年下にこき使われるってサイアクですわ」

 香取ははぁっと大きくため息を吐いた。

 マキナは性能の良い順番に超弩級、弩級、そして前弩級の三つに大きく分けられる。それぞれ魄炉の制御装置や身体構造など、様々な違いが存在していた。

「仕方がない。超弩級マキナの方が、私達に比べて性能が良いんだ」

「にしたって、あたしら前弩級と大した違いはないんじゃないですかね。せいぜい魄炉がより高性能で暴走しづらいのと、体がだいぶ頑丈ですよってぐらいで」

「結構、大きな違いだと私は思うがな……」

 三笠はやや曇った表情で、玄関で靴を履く香取の文句に答えた。

 香取はへらっと笑って肩をすくめる。

「へぇへぇ……でもセンパイらはまだ良い方ですわ。あたしの上司なんざ――」

「香取ぃいー!」

 元気いっぱいな声ととに、がらりと玄関の戸が開いた。

 香取と同じ軍服を着た若い女だった。緩やかなウェーブのかかった黒髪で、その一部を肩まで伸ばし紫に染めている。ぱっちりとした紫の眼がやや子供っぽい印象だった。

「今更なんですか河内さん。もう仕事終わったんですけど?」

 香取がうへぇ、とあからさまに嫌な顔をする。

 すると、河内と呼ばれた女はばっと大げさな動作で口元を押さえた。

「嘘!? なんで起こしてくれなかったのさ! 私だけ車に置いてけぼりとかひどい!」

「だって河内さん、寝起き超悪いんだもん……」

「香取の起こし方が悪いんだよ! ねぇ、あなたもそう思うでしょ!?」

「む、うぅ?」

 突然水を向けられ、三笠は思わず妙な声を漏らした。

 河内はぐっと拳を握り、訴えかけてくる。

「香取ってやる気無いじゃん! だから私のことも起こせないの! そうでしょ!」

「いや、それは――」

「そう思うでしょ、キャバレー先輩!」

「その呼び方はやめろぉ!」

 だめだ、調子が狂う。三笠は急に頭痛を感じて、頭をおさえた。

 香取は神州皇国唯一の弩級マキナだ。三笠や香取の後輩に当たるが、性能の差もあり霊軍ではそれなりの地位にいるらしい。

「河内さん、その呼び方は流石に引きますわ」

「えー、イケてない? 夜の女の妖しさと『先輩』という呼び方の親しみやすさがこう」

「いや、ありえないですわ。数年前だったら懲罰ものですよ」

「え、じゃあなんて呼べば良いの? 旧式先輩?」

「……河内さん、あんたいちいち人の事けなさなけりゃ気が済まないんですか」

 香取が若干イラッとした様子で軍刀に手をかける。

 三笠は慌てて首を振った。

「い、いや香取。私は何も気にしていない。……だからその、それから手を離そう」

「あ、いっけね。またクセで」

 香取は慌てて軍刀の柄から手を下ろす。

 そして河内がきょとんとした視線を向けてくるのを無視して、軍帽を被った。

「とりあえずまぁ……大人しくしててくださいよ、先輩。余計な仕事増えちゃうんで」

「うむ。しかし、これでも色々と慎んでいるんだがな」

「ならもっと慎んでてくださいよ。――そんじゃ、あたしはこれで」

「またねー先輩!」

「あ、あぁ……またな」

 騒々しく出て行く香取と河内を、三笠はやや引きつった笑みで見送った。

 直後、ドンッ! と凄まじい音が響いた。

 三笠は半眼になって、廊下の向こうを見つめた。かすかに苦痛の声が聞こえてくる。

「……お目覚めか。どうしようかな、あいつ」


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