二.
枕元でチリチリとベルの音が響いた。
三笠はゆっくりと手を伸ばし、ラジオベルの目覚ましを止めた。
布団から起き上がり、辺りを見回す。
緑の土壁、古びた木の家具、隅に置かれた将棋盤――見慣れた自室の風景だった。障子越しにさんさんと陽光が差し込んできている。
「朝、か……」
三笠は首筋にかかっていた髪を背中へと流し、白い寝巻のあわせを直す。
そして天井をあおぎ、ため息を一つ。
「……久々に大佐の夢を見たな」
大佐の言葉は今も脳裏に焼き付いている。
十二歳の頃に彼女は大佐に拾われ、『三笠』というマキナとしての生を与えられた。以来ずっと、大佐の存在は三笠の人生に大きな影響を与えていた。
そして、今は――。
「……う」
赤く染まる凍土、降り注ぐ火の雨、『コレ以上ノ進軍ハ不可』、『総員玉砕ス』――。脳裏を悪夢のような光景が無数によぎり、三笠の動悸を速めた。
口元を押さえ、深呼吸を繰り返す。
やがて吐き気は引き、早鐘のようだった心臓の鼓動も少しずつ落ち着いてきた。
「……まったく、情けない」
かすれた声で呟き、三笠はパンッと両頬を叩いた。
立ち上がり、姿見の前で寝巻を脱ぐ。色白の体はしなやかな筋肉をまとい、雌豹のように引き締まっていた。それでいて、女性的な柔らかみを失っていない。
「ちょっと筋肉が落ちたかな……」
腹筋のあたりに指を這わせ、三笠は唇をへの字にした。
そしてふと思い出し、左肩を鏡に向ける。
そこには、八重桜を表した赤い紋様が入っていた。これは鬼印という識別用の印で、マキナになると体のどこかに浮かび上がる。
三笠は質素なブラウスを羽織ると廊下に出た。
そのまま洗面所に行こうとしたところで、ふと廊下の突き当たりの部屋が目に入った。
「……まだ寝ているようだな」
部屋の静けさに、三笠はほっと息を吐く。
スワロフをこの家に運び込み、できる限りの治療をして空き部屋に寝かせた。最後に見たときは死んだように眠り込んでいたが、顔色は若干回復していた。
勝手に出て行ったりはしないだろう。彼女の場合、その前に三笠を殺しに来るはずだ。
三笠はあっさりとそう結論づけると、洗面所に入った。




