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亜人

作者: みづはし

このカステリア人類研究所には恐るべき動物がいる。

正確には、いた。

現在では私の家に家族の一員として暮らしている。

この動物は、性別的には雌である。だが、女と呼んでも差し支えないと私は思っている。

体には体毛はあまり生えておらず、頭部にのみ密集している。つまりは人間と同じだ。

背中は奇病を持っているかのようにひん曲がっているが、ひどい猫背の持ち主に見えなくもない。

人間の言葉を解し、話すこともある程度出来る。彼女は、主語と述語を理解することは出来るが、それ以外の概念をまだ理解できていないようだ。だが、それはいずれ理解できるようになるだろうと私は思っている。発音に関しては、母音のeとiの発音、uとoの発音が殆ど同じに聞こえてしまう。彼女なりには区別が出来ているつもりらしいが、私にはその違いは聞き取れない。

最近は文字を読むことも出来るようになってきた。だが、書くことにおいては、私が左手で書いた方がまだましである。

手は人間と同じくらい器用で、訓練の結果フォークやスプーンを使って食事を済ませることまで出来るようになった。簡単な料理も作れるが、卵を割るのは苦手のようだ。

足の指は、人間より少し長いようだが、それでも手ほどに器用に扱うことは出来ない。


一度、皮膚の細胞を採ってDNAを調べようとしたところ、驚くことにこの生き物には染色体が47本しかない。奇数だ。

通常の哺乳類は偶数個染色体を持っており、その内の二つが性染色体となっている。

しかるに、この生き物は性染色体をひとつしか持っていないため、減数分裂をすることができず、配偶子を作ることが出来ない。つまりは、子孫を残すことができないのだ。

私は一代限りしか存在しえないこの絶滅危惧種を保護しようとしているわけではないが、家族の一員としてそれなりに厚くもてなしているつもりだ。

もともと私は独身で、それまで一人で暮らしていたため、負担はそれほど大きくない。

この生き物を生み出したのは私の友人のクランという男である。

生前彼は私に、自分が死んだらこの生き物をも殺してほしいと頼んでいたことがあった。

しかし彼は死の直前には自分に託すと言ってきた。

そのため、私は現在こうして育てているわけである。

尤も、彼がそのまま意志を変えなかったとしても私は同じことをしただろうが。

この生き物に関して彼が残した資料は一切見つからなかった。

クランはこの生き物を殺すつもりであったために、資料は処分したのであろう。

私の推測では、この生き物は人間とその近縁種である霊長類との雑種なのではないかと思われる。


私は彼女に論理を教えようと心がけた。

数の概念、は理解できたようだ。

しかし、彼女の行動のなかに時折不可解なことがあった。


ある時、彼女は作りかけの料理をつまみ食いしたので、私はそれを問いただした。

「なぜつまみ食いをしたんだ?」

「・・・・わかんない」

彼女はそうつぶやいた。

「そんなに食べたかったのか」

私が問うとしばらくの沈黙の後、彼女は「この手がほしがったから」とだけ言った。

その日は私がもうしないようにと注意を促すだけに留まった。


こんなこともあった。

ある日私が仕事から帰ってくると彼女は、私の書斎をあさったのだろうか、聖書を持ち出して読んでいた。というより寧ろ眺めていた。

「神は7日間の仕事を世界を作り終えた。」

彼女は、抑揚の無いしゃべり口調でこう述べた。

そしてしばらくの沈黙の後、こう呟いた。

「神はどうして世界を作ったの?」

まるで、神が世界を作らなくても私たちは生きていけるだろうにと言わんばかりであった。

私は返答に窮した。


私は長らく彼女と暮らしているうちに、彼女はある特殊なことに関する理由を聞かれると困惑することが判明した。

彼女は数学の論理も分かるし、―――――――――――ある日私がユークリッドの公理系を持ち出して、これを使って二等辺三角形の低角が互いに等しいことを証明させようと試みたところ、彼女は数分の思考の後これを解いてしまった!―――――――――時には、人間の行動まで予測する。

そして私が、われわれのいる大地はある球体の上に乗っていてその球体はさらに大きい球体の周りを周回している、などというと、彼女は理解したように肯く。

だが、私が、われわれの乗る球体が回るのは球体同士の間で引き合う力が働いているからだ、などというと彼女は途端に困窮する。

そして、どうして周ろうと思ったの?などと聞く。


思うに、彼女は全てに意思が宿っているなどと考えているのだろう。彼女は石が下に向かって落ちるのは石がそう望んでいるからだと答え、自分が木から落ちたときでさえ、自分のお尻が下に落ちたかったからだと答える。

思うに、彼女に科学は出来ないのであろう。


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