冒険者をしよう
「えー君、何歳かな?ご両親はどこ?」
厳ついオヤジが身を乗り出して聞いてくる。
こ、これはもしかして貞操の危機?!まだ8歳だからと安心していたけど、こんな近くにロリコンが潜んでいたとは…!
がたりと大きな音を立てて近くににじり寄って来るオヤジが、私の肩にがしっと手を載せる。震える私をみて何を思ったか、オヤジのつり上がった口元と、下がった目もと。
「ああ、どうしたんだい?」
脂ぎった額が光を反射する。オヤジ改めロリコンはその歪んだ顔を私へと近づけ…。
「なにやってんの貴方達は。」
びっくりして振り返る。オヤジが。
そこには腹だし膝だし胸もとがダイナミックな女性が立っていた。
人類のユートピアへと飛び込む私。ぽよんと弾む。そして、それを酷く羨ましそうに見つめてくるロリコンが一名。
「いいなぁ…。」
「バカ言ってんじゃないわよ。」
ロリコンに向けて美女は軽蔑の視線を送った。
紹介しよう。ロリコンはここ冒険者ギルドの受付にいたただのおっさんである。名前は知らん。
「ロリコン言うな!」
そしてこの素晴らしいきょぬーとおしりで男達の視線を独り占め、この美人様こそが、ギルド長であらせられるフィン•ルードヴィッヒ様。
「元S級冒険者という肩書きを持っており、その実力と美しさは衰える事を知らない(キリッ」
「何言ってるのよ貴女も…。」
「これは失敬失敬。でも事実ですよ?」
そう。これは事実だ。たたわに実った豊かな胸に顔面を埋めて喋っている。乳圧がすごいっ!
と、そこに手が伸びてきたと思ったら、急に視界が開けた。
「で、今日はどういう要件なの?」
ぺしっとはたかれて宙を舞う私に今そんな事をおっしゃりますか?
「さいしゅー!」
グルングルンと回転する身体、そのひくついた喉で何とか言葉を搾り出す。
「薬草採取の事かしら?それならポーションの材料のソーフが今、品薄らしいのよ。依頼掲示板に載せるほどのことじゃないんだけど、頼まれてくれる?」
「一房いくらで?」
立ち直った私はそう問いかける。ギルドを通さない非正規の依頼は、雇い主と雇われの交渉によって、ぼろ儲けにもなるし、ただ働き同然にもなる。勿論、ここのギルド長がひどいことするとは思えないが、言質はとっておく。あまり文明の発展していないこの世界で言質はかなりの証拠物件だ。
「んー。一房ね。銅貨2枚ってとこかしらね。どうせあんた、山ほど抱えて帰ってくるんでしょ?」
「えへへへ。」
各国の植生図鑑を網羅し安全暗記した私に言わせれば、それくらい当然の事よ。これなら伯爵家の後ろ盾がなくても生きていける気がする。足を大きく広げ、行進開始。
いっちに!いっちに!
「それじゃぁ、行って来まーす!」
「まてい。」
あの、ギルド長。襟首を掴むのやめてください。美女に引きとめられるのは嬉しいけど、苦しいです。宙に浮いてます。
「私がギルド長の立場から頼んだ依頼なんだから、ギルドを通してもらわないと困るわ。」
「つまり、私に冒険者登録しろと?」
「その通りよ。」
はぁ、とため息をついた私は、ギルド長の指差す方向…受付へと歩いた。
この際だから話しておこう。ギルド長と出会ったのは、冒険者ギルド関連の場所ではない。地突流神威道場である。なんとびっくり、私の兄弟子…姉弟子?だったらしい。爺が私の入門に喜び勇んで、文を送った様だった。少しばかり、稽古も付けてもらったが、流石元Sランク冒険者。全くもって歯が立ちませんでした。爺とギルド長の立会いも見せてもらったが、目にも止まらなぬ突きの押収、次元が違う事を実感できた。まるで百裂拳だった。つい口に出してしまい、私命名の奥義が一つ増えたのは、まだまだ関係ない話だろう。帰り際にここ…つまり王都ギルドの長のやっている事を聞き、こうして無事再開できたわけだ。
「…冒険者登録、お願いします。」
「お、おう…。」
そして着いた受付。その中には窮屈そうに座ったロリコンが…。くそっ、これは何の罠だ!いたいけな少女を欲望に駆られた猛獣の前に突き出すとは何て無慈悲な!あの国だってテポドンッだしてもこんな事やらないぞ。
「この水晶に手を当ててくれ。それで自動的に登録情報が記録される。」
ぺたりと、モミジの様な手を水晶につける。
っ!ま、まさか!
こいつは私の個人情報を入手する為にこの装置を?!
はぁはぁ、これがローゼちゃんの手形…ぺろぺろ。
やばすぎるここは危険だ!
「よし、これが冒険者カードだ。うむ、では注意事項を、って何処行くんだ!戻って来い!」
ロリコンの魔の手から逃れるために、私は走る、走る、走る!成人までは貞操を守ってみせる!たとえそれが修羅の道になろうとも…!
数十秒で街の外に出ることができた。なんとも呆気ない逃走劇だった。
ともかく、早くソーフを探そうか。
ソーフ
下級ポーションの錬成、調合に必要な、かなりポピュラーな薬草である。よく探せば、道端にも生えている力強い野草でもある。四季のある地方に野生する事が多く、常に日向の場所に生えやすい。
というのが、私が知っている事だろう。こんな何処にでも生えている様な雑草が不足するのは、頭の悪い馬鹿が乱獲するからだ。根っ子まで取るなっつうの。
人の手のついていなさそうな森へと入る。魔物の縄張りを避けながら進むことしばらく、少し開けた場所へと着いた。周辺の木が折れているところを見ると、昔戦闘があったのだろうか。倒れた樹木が既に枯れ腐りかけの所をみると、かなり以前の出来事なのだろう。
では、早速ソーフを集めようか。
腰に差した鎌を手に取り、ブツンブツンと刈り続ける。背中に背負った大きなカゴは、みるみる溜まっていく。
私からしてみれば簡単な作業だが、普通の冒険者からしてみれば厳しいのかもしれない。
なにより、周到な準備をしてまでこの森を訪れるものは少ない。これといって有用な素材を持つ魔物がいるわけでもなく、この森を指してギルドに依頼が来ることもあまり無い。隣に資源豊富なダンジョンがある事も原因かもしれない。見向きもされない可哀想な森。あれ、どっかの道場と境遇がにてるね。
わざわざこの森に入る奴は、森の全生物を植物と同様に網羅した私くらいだろう。木の根元に咲いている月光花の球根、低い藪の中に潜む夜光虫、極め付けは森の深くに生えているマツタケなど。貴族の贅沢品他がどっさり。以外とそういうものは頭を使えば簡単に手にいれられるのだ。知は力なり。金なり。
採取を夕方近くまで続けた。日か既に傾き始めている。
私は切り株に腰を下ろし、背中の籠を地面に置き、覗き込む。ポイポイと放り込んでいたからどんな状況に…はい残念ぐちゃぐちゃです。
「ソーフは大体1kgくらい、月光花に蔓花合わせて七株。黄金鳥を見つけられたのは大きかったな。んー、全部で金貨3…いくかな?」
各種類に分けたのち綺麗に入れ直し、振動を伝えないよう、丁寧に背負う。ピーピーと鳴いている黄金鳥は腰紐で縛っといた。
上機嫌で帰路につくが、正直日の入りまで王都に戻れないかもしれない。いくら安全とは言っても、夜の外界は魔物の跋扈する危険地帯となる。それはこの森も、街道でさえ、変わりはない。
来た時以上に警戒心を張り巡らし、襲撃に備えなければならないだろう。
しばらく歩を進めると、夕日に照らされた街道に出た。昼間はちらほらあった人通りも消え、聞こえるのは夏虫と草木の擦れる音だけだ。
その音に紛れ、忍び寄る複数の気配があった。
焦茶色の毛並みを揺らし、五匹の狼が姿を現す。
クローウルフ
従来の種に比べ四肢が発達しており、なにより強靭な爪を武器とする、狩猟種族。魔物の中では最下級のEランクに組みし、人間族ならばなんとか相手ができる程の強さ。夕暮れ時から朝方にかけて獲物を襲う夜型魔獣。常に複数のグループで行動し、獲物を見つけると仲間を呼び寄せる習性もある。
個人で相対するには、少々厳しい相手である事がわかる。実践経験のない私にとってはなおのことだ。なぜもっと早く帰らなかったかとか、いろいろ後悔が浮かんでくるが、もう仕方が無い。だって時間を忘れてたんだもん!
堂々と人の作った道の上へと上がり、こちらの進行方向に陣取ったクローウルフ達。姿勢を低くし、唸り声をあげる様子をみると、私を通すつもりはないらしい。あたりまえか。
重そうな籠を背負った小さな少女。その手には丸々と太った金の鳥。目の前にブロック肉が落ちているようなものだ。
だが、油断しているのかはわからないが、仲間を呼ぶ仕草は見られない。
…これはチャンスなのだろうか。
現在の装備を確認だ。
武器は刃の欠けた小さな鎌、防具は紐なしパンツに皮の服。あ、あと手袋。
だめだ、なんの解決にもならん。
ついに、あれを使う時が来た…という事かもしれない。
地突流拳法。無手を基本とした拳法という事だ。私はまだ、あれを爺以外の相手に使った事がない。もちろん、魔物の類を含めてだ。
あれならクローウルフ達を倒せるかもしれない。
籠を下ろし、手袋を脱ぐ。
精神を集中させよう。何が起こるかわからない。
ジリジリとクローウルフ達へと近づく。その時の緊張は、ほんの一瞬を、何よりも長い時間に感じさせた。
「グルゥ…」
しかし、始まりは突然だった。強靭な前足で大地を蹴ったクローウルフの一匹が、私の眼前へと迫る。
私は、予想外にも冷静だった。
狙いを定めたクローウルフが私の胴へと飛び掛かり、自慢の爪でずたずたに引き裂かれる姿が容易に想像できる。だが、そんな悲惨な目に合うつもりは毛等もない。
飛び込んで来たクローウルフの横脇から振り返りざまに無手を一刀、振り下ろす。血飛沫が舞った。
相手の意識を刈り取るためによく使われる、この手刀。だが、私の思う通りにはならなかった。
首から入った私の手が、クローウルフの血肉と骨を砕きながら、一つの生き物の命を刈りとった。顎を大きく開き、痙攣するクローウルフの死体。私の手は、血に染まった。
「そんな…。」
穏便に事を済ませようと思っていた。これでも私は、動物が好きだ。前世では遊園地より動物園を取る、動物大好きっ子だった事もよく覚えている。
それがどうだろう。真っ二つになった狼の死骸が、私の前に横たわっている。私の何気無い気持ちで放った拳が、こんなにも簡単に命を、奪ってしまった。
太陽に焼かれた乾いた大地にシミを作る血溜り。そのむせ返るような臭いが、これが現実である事を実感づけた。
私は、余りにも怖くなってしまった。
日常茶飯事に行われる殺傷、弱肉強食の世界。この世界に生を受け8年、分かっているつもりでは、いた。ここは安全が保証され、身を守る事など他人任せで済む、優しい日常が存在した地球ではないのだ。自分の身を守るのは自分自身。死ぬのは本人の責任。私を殺そうと襲いかかったクローウルフ、責任が私にあるかと問われれば、そんな事はないと言える。だが、生き物を殺してしまったという事実、罪悪感が私の心を押し付ける。
ぽろりと、頬を雫が伝った。
「ガルルルッ!」
「ウォオオオーン!ウォオオオーン!」
「…っ!」
狼が地を蹴ると共に、私も駆け出した。
人間の街…安全の地へと向けて。
夕日を背に森を駆け抜ける。鍛え抜かれた脚力は、私の体を弾丸の様に前進させる。
遠くには王都が見えてきた。
異世界で始めてのマジバトル。
途中棄権か…我ながら情けないな…。