習い事を始めよう
さんさん輝く真っ赤な太陽。私の肌をジリジリと焼き、気づいた時には玉の様なお肌が小麦色に大変身。もう顔出すなこっち見るな!この視姦魔!
自然の摂理にちょっと小さな抵抗を見せてみましたが、返ってくるのは変わらず暑苦しい熱波。もうどうなってるのここの夏、頭頂部から湯気が上がってますよ。熱中症になったらどうしてくれるんだこの野郎。
避暑地としてこの街にやって来ること早3年。今年もやってきましたが、全然涼しくありませんおかしいよ。
私の歳も8つになって可愛いさかり、お父様の抱擁をのらりくらりと避けながら、転生生活満喫中。
そんな私に出来た趣味があります。
それは筋トレ。
ガチムチ共め…と罵倒してましたが、私も筋トレマニアだった様です…。
でも想像して欲しい。この世界は凄いんだ。
例えば私が毎日一時間、筋トレをしたとする。
ツヤツヤなお肌を流れる雫…濡れた美少女の完成…ではもちろんない。お父様が窓から覗き見するのもやはり関係ない。
私の経験談から言えば、それだけで劇的な効果が見られることが分かった。
じゃあ、わかりやすいのは握力だろうか。8歳女子の握力が平均どれ位かは、わからない。そのところ私は、小石を握り潰して粉々にする事ができる。鉄を粘土の様に握ってスプーンもどきを作る事だって出来る。
つまり私はオリンピック選手顔負けの肉体を手にいれてしまった事になる。これはびっくり、自分でも信じられない。さらにこの身体はまだまだ発展途上なのだ。
今年からは筋トレ量をさらに増やし、肉体改造に励みました。純真な乙女だった私も今では立派な体育会系女子…?将来は、全身を曝け出したとしても恥ずかしくないグラマラス美女を目指します。
というわけで…はないけど、今日はある道場にやって来た。地突流神威道場。騎士団の兵舎の隣にどどんと建っていますが、師弟はいないらしい。お隣さんに取られてしまったらしいですよ奥さん。あら可哀想ね。
最近は町内会の集会から祭りの会場、まぁ、公民館みたいな役割を果たしているので、綺麗に保たれています。
その中で昼間から座禅を組むつるっぱげ…いや、お坊さん?
「あの、すみませーん!」
きらり、と何かが反射します。はいはいわかってますよハゲ頭ですよ。
「すみませーん!聞こえませんかー!」
こんな私も貴族の令嬢、護身術として徒手空拳を習おうかなと考えた。
「聞•こ•え•ま•せ•ん•かー!!!」
爺に近づき耳元でそう叫ぶが、爺は表情を変えず鼻の下を伸ばすばかり…。
くそなんだこのくそ爺くその役にも立たねえ!
大事な事なので三回くそを入れました。
こうなったら武力行使しかあるまい、いいだろう戦争だ!
爺を飛び越え、立派な掛け軸の下に落ちてた大鎚を拾う。お前のものは俺のもの精神を遺憾なく発揮し、ぶおんぶおんと振り回す。
さあ、鐘を鳴らしてしんぜよう!
爺の真後ろに陣取り、大鎚を振り上げる。爺死ね爺死ねと呪文を唱えます。打ち出の小槌じゃ無いけどかなり!本気で!祈る!
信じる者は救われるんですよ皆さん。
くくく…真っ赤な花を咲かせてやるぜ!
「うおらぁ!死ね爺ィィィイイ!!」
持てる力のすべてをその一撃に注ぎ込む。その衝撃で足元の床が砕けるのも構わず、私は大鎚を振り下ろした。
ごぉぉおおおおんんんんん
立派な鐘の音がなりました。でも花が咲きません、鼻が咲いてます。
「お嬢、なかなかよかったぞ。だがな、それで儂をどうにか出来ると思ったら大間違いじゃ。」
何事もなかったように立ち上がる爺、私は恐怖さえ覚えた。まるで巨大な金属の塊をぶっ叩いた様な感触だった。この爺の頭蓋骨はオリハルコン並の強度を持っているとでも言うのか…?!
しかし、爺が振り返るとその思いは吹き飛んだ。
「ぶふぅ!」
なんか顔の穴という穴から体液が吹き出してます。大丈夫この爺、足がプルプルしているんですが?
「心配するでないぞよ。これは半生振りの女の匂いに興奮しただじゃ。」
びっ!と親指出されても困りますただの変態です。
「す、すみませ〜ん…。入るとこ間違えました〜。」
そろりと外へと足を踏み出すが、音速で私の正面へと移動した爺に阻まれる。
「いや、何も間違えてはいないぞお嬢。伝説の男婦と呼ばれた儂にかかれば…」
「やかぁしい!本当に入るとこ間違えちまったよこの野郎!」
爺に腹部顔面に三段蹴りを喰らわせる。すると、仰け反った爺がイナバウアーしながら近づいて来る…ヒィィイイ!
ずりずりという足音と共にテントが近づいて来る中、私に出来る事は何もなかった。
しかしそこに救世主が…
「じじい!どうした…うわぁぁあああ!!」
変わり果てた爺の姿に、驚きと恐怖を隠せない…ムックの叫びを連想させるその表情を浮かべた顔は紛れもないライトだ。
爺の目がそちらに向こうとして裏返る。白目怖い…。
その隙に脇をすり抜け、ライトの隣まで辿り着く。
「おお、ライトじゃな。喜べ、儂の新しい嫁じゃ。」
「「ちげーよ!!」」
必死の絶叫で否定する私とライト。ハモりました見事に。
血の涙を流し出す爺。安堵する私。老人虐待し始めるライト。
どうしてこんな状況になった。
最終的に物理的な語り合いにより、方がついた。満足した私はライトの上に座る。ぐへっと凹むその感じがなかなか…。定位置を定めるため、ぐりぐりと尻を押し付ける。
「徒手空拳なら任せておけい。儂が教えちゃる。」
「本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫。手取り足取りぐへへへへ。」
「少しは取り繕ってください…。」
と言うわけで私は、地突竜神威道場20年ぶりの門下生として、修練に励むこととなった。
「そこじゃ!そこをばっこんばっこん突きまくるんじゃ!」
「はっはい!」
流派名に突という字がある通り、その戦い方には素手の突きが多い。腕から指先までを一直線に伸ばし、左右交互に敵の弱点を打つ。なんでも、圧倒的な手数と一撃必殺の威力を誇るすんばらしい流派だそうな。
そんなところに門弟に入った私は素振りの練習。壁に貼ってある的に向かって殺陣を展開中です。
的にはこう書いてある。
目、首、心臓、肺、股間。…。
私は護身術を学んでいるはずだ。きっと何かの間違いに違いない。
「そうじゃ!肋骨の隙間から心臓を貫くのじゃ!」
だめだ。私は既にやばすぎる間違いを侵してしまったらしい。
なんだか、私の死に様が思い浮かぶ様だ。
(私は何処で道を踏み外してしまったんだろうか…。思えば地突流を習い始めた頃からなのやもしれん。いや、その前に私は何一つ普通の子女のやる事をしていなかったではないか。なんて令嬢だ。貴族としての誇りすら忘れて…略)
なぜか妄想にリンチされるこの不思議。私の存在を全否定されました。
でもきっと大丈夫。殺人のために使わなければいい。この世界には魔物という存在がいる。基本的に人間は、我らは正義!魔は悪!とか考えている。だが生物学や医学、そんなものを知っている私は、人間を特別だとはもう考えられない。地球では惑星内最強生物として不足は無かったが、この世界の動物あいてには五十歩百歩、どっこいどっこいらしい。
つまり、私の力は人類の営みを守る為に使いたい。
せめて自分の身だけでも守りたい。
「ふぉっふぉっふぉ、なかなかの才能じゃなぁ。初見でここまでやるとはのぅ。乗れは大物になりそうじゃ。」
喝をいれていた爺。その小さな声を聞き取れる者はいなかった。
…その後方では、ライトが砕けた床で無様にこけていた。