パートナーとの出会い
えー。拝啓御父様御母様。
私は元気です。すごく元気です。
御父様は何をやっておいででしょうか。天国にブラック会社はありましたか?
御母様はご機嫌いかがでしょうか。御父様の座り心地は変わりませんか?
私はまた(・・)生きています。
私はまだ皆の所へは逝けないようです。
不出来な娘で申し訳ありません。
また会う日まで…。お幸せに。
「どうしたのだ、ローゼリア?」
「はぃいいい!」
音も無く忍び寄る男の影…!鼻の下を伸ばした中年の男は、頬を上気させその歪んだ唇を近づけてくる。両手を胸で握り締め、縮こまった幼い少女。
「ハァハァ…ハァハァ。さぁ、ローゼこっちへ」
男の怪しい息遣いが、幼女を追い詰める。
輝く金髪ポニーテール。クリクリとして目尻がキュッとしまった宝石のような淡い翠の瞳。何よりそのそのぷるんとした桜色の唇が俺を吸い寄せる…。
ブツブツと幼女を凝視しながら涎と共に吐き出した危険な用語の数々。それを聞く幼女はプルプルと震えていた。
「いやぁー!」
パシンと乾いた音が、個室に響き渡る。思わぬ反撃、衝撃を受け硬直する男は、走り去る幼女を見つめ、嘆いた。
「む、娘に嫌われてしまった…!」
「まったく何なのあの眼は!どこの麻薬依存症患者よ?!」
幼女改め私の名前はさっき言われたとおりローゼリア。薔薇みたいな名前ですね。
私が転生したのは、愛と恋の世界ハピラティア。何てこっ恥ずかしい名前だろうか。
名前でお気づきの方もいらっしゃるでしょうが、ここは乙女ゲームの舞台。プレイヤーに踊らされるキャラクター達が住む、実在の世界です。
そこに私は敵キャラの一人であるジェスパーダ家伯爵令嬢に転生してしまったようだ。
ゲームの前半では、攻略対象を取り合うライバル。後半は嫉妬に狂い、主人公と相手を無差別に攻撃する狂人と化す。
まぁ、私の場合は問題ない。容姿に惑わされる事はないし、攻略対象の性格や欠点の多くを知る私に死角はない。第一、二次元以外に私が恋するとは思えない。
そんなこんなで現実逃避をしてみるも、面倒ないざこざに巻き込まれるのは決定事項と見える。お父様…この世界のお父様…が呼びに来たのもそのせいだ。
なんとローゼリア5歳、攻略対象兼婚約者と初対面するのだ!
どんどんぱふぱふ〜
ふはははは、整った顔を修復不可能なまで踏み躙ってやろうか…それとも心を折って絶対服従の犬にしてやろうか。ふひっ
「ローゼや。綺麗なお顔が台無しだよ。」
相変わらず、鼻の下を伸ばして擦り寄ってくるお父様。この際だから言っておいてやろう。
「あんたもな!!」
がったんごっとん馬車の旅ー。お父様は両手を尻の下に敷き、むずむずと動かす。さては痔ですね。
以前親孝行のためと思い、誕生日プレゼントとして馬車にスプリングをつけてあげた事がある。だがバネの力が中途半端に強く、更に馬車は上空に跳ね、尻は壊滅的なダメージを受けたという。どんまいどんまい。
親孝行どころが親不孝になってしまった私は罪悪感で数分間、演技で寝込んでしまったが、さらに強力なスプリングで打撃力を上げる事に成功したのだ。
ってなんの話してるんだよ私。尻滅裂な過去話はどうでもいいんだよ!
うるうると、小動物のような眼をするお父様に免じて、脳内過激派が演説を中断したところで、窓の景色が変わった。
日差しのよく差し込む林道から、木の生えていない、そこそこ整備された草原を通る街道へ。遠くには王都が見える。
他の貴族はこぞって上層居住区に屋敷を建てるが、王都の外から通ったとしてもかかる時間は精々30分。自転車に電車通勤セクハラなどなど、様々な洗礼を受けた元OLの私にとってはこの程度…。ふっ
「王都に入ります!」
意味も無い自慢はやめるとする。
御者からの声で、王都に入ったことに気づいた。馬車の四方に描かれた、薔薇と百合の紋章。決してあっち系歓迎とかの印ではない。
貴族専用の高価な馬車だ。この馬車に乗れば、ノーパスで王都内にはいる事ができる優れもの兼雑な制度。
まぁ、利用している分感謝はしておこう。何時間も城門の前で待っていたくは無い。
市民街を通り抜けやってきたのは完成な貴族街、又の名を上層居住区と言う。馬鹿高い地価とキンキラキンと自己主張する家々は、眼に毒だ。金銭感覚が麻痺しそうで怖い。
その中の一つ、ブラド伯爵の屋敷。周りと比べると質素、しかし我が家と比べると、月とすっぽん。
おいお父様、金メッキを詰めで引っ掻くな。貧乏人みたいだぞ。
「お待ちしておりました、ジェスパーダ伯爵、ご令嬢。…中庭でお待ちください。」
ビクッと振り向くお父様、もう遅いです。
中庭へ通されたが、これはどう考えてもお父様のせいだろう。高価な彫刻をばりんばりんと割りまくりそうだ。
木になっている実をぷちぷち口へ放り込むお父様を視界の端に起き、思考して見る。
この場面は多分、ローゼリアが攻略対象に初対面する所だろうか。冷酷でクールな爽やかイケメン、ブラド伯爵の長子レイン。主人公よりも彼と縁が長かったらしいという、曖昧な情報しかなかったローゼリア、まさか十年来の付き合いだったとは…。
そこまで考えた所で、庭に面する屋敷の扉が、音を立てて開いた。
「さあ、どうぞお坊っちゃま。」
開いた扉から小さな足を突き出し、小さな人影が姿を現す。猫毛の銀髪と灰色のきらきらと輝く大きなおめめ。大きく口を開け、息を吸い込んだ。
「ぼくんなまえは、るーしゅ•ぜぃ•ぷらど、5しゃいです!なかよくしてください!」
え??キャラが違う…。
いや名前が違う!
名前の違うブラド家の子供…!それが意味するものとは!