おしまい
――老人は語り終えて、ようやく息を吐きました。
長い長いお話でした。暖炉の火は消えかけています。
「……これで、このお話はおしまいだよ」
膝の上の孫にそう言いました。可愛い孫はちょっと泣きそうな顔をしていましたが、楽しそうでした。
「おもしろかったよ、おじいちゃん!」
そう言ってくれると何よりです。
このお話は老人しか知りません。今は孫も知っていますが、誰にも話したことがないのです。遠い昔のお話で、少しの後悔が混じったお話です。
「おにんぎょうさんの、おなまえ、もういっかいおしえて」
孫がそうせがんできました。老人は優しく微笑んで、エトワールだよ、と答えました。良く見ると、老人の目にはうっすらと涙が溜まっています。孫はそれに気が付きません。
「えとわーる、えとわーる。それって、いみあるの?」
「え?」
首を傾げる老人に、幼い子供は再度問います。その名前の意味は何かあるのか、と。
「あぁ……。花形、って意味さ」
ちょっと難しい言葉だったらしく、今度は孫が首を傾げました。その仕草もとても可愛いです。
「はな、がた?」
「そう。スター、って言った方が分かりやすいかな」
「あ、うん、分かった!」
そう叫んで、孫は嬉しそうに老人の膝から飛び降りました。
時計を見ると、もう遅い時間だということが分かりました。窓の外の青白い月は高いところまでのぼっています。
「さて、そろそろ寝ようかね」
老人は孫に言い聞かせ、自分も立ちました。
まだ少し残っている暖炉の火を消して、孫と手を繋いで寝室へ移動します。
ふかふかのベッドに孫を寝かし、老人は部屋を出ようとしました。そんな老人を、舌足らずな声が呼び止めます。
「おじいちゃん、」
「うん?」
振り返ると、孫が不思議そうな顔をしていました。
「おはなしのせいねんってひと、おじいちゃん?」
老人は、笑って答えませんでした。
青年は、といっても今は立派な大人を通り過ぎて老人ですが、青年は今でも少し悩むことがあります。
本当にあれでよかったのかと。
アルハサンではないのに、エトワールに愛していると言ったことは、よかったのかなと。
エトワールは、救われたのかなと。
今でも時々考えます。
考えますが、それは誰にも分からないことです。