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夕のひかり


 その調査隊の中に、一人の青年がいました。

 紺色の髪をした彼は、隊の中では最年少でした。

 そして、最もこの調査に興味がありませんでした。ほんの少しだけ、他の人より歴史や地理に詳しいだけでメンバーに組み込まれただけなのです。

 始め、彼は嫌々参加していました。そして今も、嫌々参加しています。

 本当は嫌で嫌で堪らない太陽の下に出て、汚いのが大嫌いなのに砂の中を漁り続けるのは青年にとっては苦でした。苦以外の何でもないのです。

 肌は黒くなり、汗は滴り、服を砂と泥で汚しても、この遺跡からは何も出てきません。重たい砂の中を探索するのはとても体力を削る作業です。疲れても出てくるご飯は不味く、お世辞にも快適とは言えない環境のせいで寝ることもままなりません。

 そんな劣悪な作業でしたから、嫌がっているのは別に彼の青年だけではありませんでした。ただ、その青年がもっともこの調査を嫌っていました。

 さっさと家に帰りたいな……。

 こんなふざけたこと、してられないよ……。

 青年はよく愚痴を零していました。

 ですが、そんな我慢ももう少しで終わります。隊長が滞在期間を縮めたのです。

 これには他の隊員も大喜びしました。それもそのはずで、誰一人としてこの遺跡にいることを楽しんでいなかったからです。

 今日の発掘作業さえ終われば、明日の朝にはここを離れることができます。


「皆ずいぶんと浮かれてるな……」

 騒ぐ仲間たちを冷めた目で見ながら、青年は塩気のないスープをすすります。帰国が近づいているのを喜ぶのは分かります。はしゃぎたいのも分からないことはないですが、自らしようとは思えません。元々静かな性格の彼は、黙って騒ぎ立てる仲間を見ていました。

 今はちょうど夕餉時です。発掘作業を終えた隊員たちが広場に集い、砂と汗にまみれたまま食事をしています。明日には帰れると、朝からテンションの高かった彼らは、一日の終わりの食事にありつけてお祭り気分なのです。だから彼らは大騒ぎし、それ故うるさいのが嫌いな青年が眉をひそめています。

 誰かが「酒だー!」 と叫びました。こんな辺鄙な所への旅ですし、政府のお偉いさんからの命令である調査ですから、当然そんなものはありません。青年が見ると、仲間の一人がブリキのカップを片手に喚いていて、それを別の人たちが煽っていました。カップの中身は琥珀色の液体で、もちろんお酒などではありません。非常に渋いお茶です。

 どうやらアルコールにではなく気分に酔った彼らは、お茶をお酒に見立てて遊び出したようです。確かに色だけを見たらそう見えるかもしれませんが。

 阿呆らしい……。

 仲間が起こすどんちゃん騒ぎに嫌気がさした青年は、少し休もうと腰を上げました。どうした? と聞いてくる友人に、ちょっと、とだけ短く答えて、彼は広場から抜け出しました。

 持ち出した固いパンを齧りながら、夕焼けに廃都市の中を歩きます。隊員は全員食事中なので、街中には人気はありません。広場で騒ぐ声は風にかき消されてとても静かです。

 日光と雨風に晒されて崩れた壁の一部に腰かけて、パサパサのパンを食べます。不味いというよりはもはや味がしません。一週間食べ続けても慣れないそれを飲み込みながら、青年は言えに帰ったらごちそうを食べようと密に決心しました。

 細かい砂に夕日が反射してキラキラと輝いています。青年はここが嫌いでしたが、ここの景色だけは気に入っていました。植物は何もないですから、それらの風景を作り出すのは砂と風と空だけですが、緑がなくても美しい光景は作れるんだなと青年を感動させてくれました。

 特に今の時間帯は遺跡全体が輝いて見えます。青年は一度、この国の一番高い所――、何かの集会所もしくは城だったとされる建物から全体を見下してみたのですが、かなりの絶景でした。気温もちょうどいい時間だったので、心行くまで楽しめました。

 パンを食べ終え、青年はぼんやりと暮れゆく街を眺めます。

 どれくらい経ったでしょうか。辺りは薄闇に包まれていました。

 そろそろ戻らないと怒られるかな……。

 怒られるのは嫌なので、青年は伸びをして立ち上がりました。

 そのときふと視界に何かが引っ掛かり、何だろうと思って周囲を見回しますが、どこにも違和感はありませ――。

 ……いえ、ありました。

 道の端に人がいました。人です。ですが隊員ではありません。もっと背が低くて、もっと小柄で、同じように砂に汚れてはいますが明らかに服装が違います。少しかすんだ色のドレスです。

 そう――、女性でした。成長過程にある女性、つまり少女でした。

「え……」

 青年は思わず声を漏らしてしまいました。

 その声のせいでしょうか。少女はビクリと反応し、つややかな黒髪をなびかせて走り去っていきました。どこかぎくしゃくとした動きで。

 青年は今見たものが信じられず、半ば呆然としながら広場へ戻りました。

 そこではまだ大騒ぎが続いていました。青年が抜けた時よりひどくなっています。ビーフジャーキーをステーキと見るほどテンションがおかしくなっているらしいです。隊長までがそんな状態ですから、手に負えません。

 戻ってきた青年に気付いた彼の友人が声をかけてきました。

「おかえり。遅かったな」

「あぁ、うん……。ごめん。………なあ」

「ん?」

 友人がカップを渡してくれました。青年はそれを受け取りながら言葉を続けます。

「……この調査隊に女の子っていたっけ」

「はあ? いや、いないけど」

「そうか……」

 ――なるほど。

 一人納得して、青年は中身を確かめもせずにカップを呷りました。

 そして、大変な荷嵩を感じて咽たところを、その友人に笑われました。


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