お話をしましょう
「――おじいちゃん、おじいちゃん」
舌足らずな声が、老人を呼んでいます。
暖炉の前の揺り椅子で、うたた寝をしていた彼は薄く目を開けて、元気一杯に駆け寄ってくる子供を確認しました。自慢の可愛い孫です。
「……どうしたんだい?」
老人はゆっくりと体を起こして、幼い孫の頭を撫でました。
「きょうもまたおはなしして! だっておじいちゃんのおはなし、おもしろいんだもの!」
無邪気に孫は語ります。
そうかなぁと、老人は首をかしげながらも、可愛い孫の言うことですから、お願いを聞くことにしました。つくづく自分はこの子に甘いと、自覚します。
「そうだなぁ……。昨日は、どんな話をしたかな?」
孫は可愛らしい仕草で、一瞬考え込みましたが、すぐに「おはな!」と叫びました。
「花?」
「そう、おはな! おはなの、おひめさまのおはなしだったよ」
あぁ、と老人は納得しました。そう言えば、そんな話をした気がします。
「そうだったなー。んんー……お人形さんのお話は、したことがあるかな?」
記憶を漁って、老人はよさげな話をいくつか思い出しました。
その内の一つは、老人にとっては少し悲しいお話で、ですが誰かに話さないといけないと常々思っていた、今夜にぴったりなお話です。その日も、今夜みたいに寒くて、月が綺麗な夜でしたから。
そのお話が、『お人形さんのお話』です。
「おにんぎょーさん?」
「そうだよ。もう聞いたものかな?」
椅子の肘掛けに寄りかかっていた孫は、ふるふると首を横に振りました。
「ううん」
「ならよかった。お人形さんは、嫌いじゃない?」
「大好き!」
孫は元気一杯に答えました。
その子の表情を見て、老人は微笑みます。
「ねぇ、ねえ! それで、どんなおはなしなの、おじいちゃん」
「そんなに急かさないでおくれ」
早く話をとせがむ孫にそう言って、老人は暖炉に薪を数本投げ込みました。『お人形さんのお話』は長いお話です。今夜は冷えていますから、暖炉の火を絶やしたら大事な孫が風邪を引いてしまうのです。
太めの薪はあっと言う間に火に呑まれ、パチパチと繊維が爆ぜました。木目を赤い火の舌がちろちろとなぞるのを少しだけ眺め、老人は孫を膝の上に乗せました。
ブランケットを二人で分けあってから、ようやく老人は口を開きます――。
それは、たった一人の青年だけが知っていた、昔のお話。