本当の真相・真実の嘘
解った
とそれだけいって、階段を再び上っていく。少し息の切れて、乾きかけた喉になんてなんも気を使わないように、さっさと走って言った。なぜ渇いているかも解らない喉。なぜ切れてしまったのか解らない息。
自分の事がわからなすぎてしまっている今。自分がパニックに陥ってしまっている事くらい、今までの経験上。いや。こんなこと経験したことないけれど、パニックに陥ってしまったときの頭の整理くらいはできていると思っていた。
いや。自分ではきちんとわかっているつもりだった。なのに、全く持って整理できていないし、息だって上がったまま。
渇いた喉だって。
ゆっくりとドアノブに手をかけ、回しながら戸を開ける。部屋を開けると少し悲しい目をしている『悠汰』と名乗る誰かが座っていた。
「聞いてきたんだ」
すこし。悲しそうな瞳をしている。そんなのは何度も頭の中に入れているけど、そんな事にも頭になんか入っていない。
「………双子なんて居ないじゃないか」
目線をずらして、ベッドに力強く座って床を見つめる。
大きく胸を動かすように大きなため息をつき、ひざに肘を乗せて頬杖をつく。
怒鳴りつけようと思っていた言葉が、凄く弱々しく聞こえてしまっただろう。それもそのはずせっかく信じてやろうということも、こいつは悉く裏切っていってしまったのだ。すべてを失うように、頭の中をグチャグチャにした『悠汰』は見つめてくるだけで、何もしてこなかった。
なにもしゃべらない。
最初の言葉が弱々しくなってしまった分。俺にはもう、それを保とうとしていた糸が切れてしまった。
「なんだよ。俺の真似して何もかも知っているような口調でそういうって……結局俺を馬鹿にして楽しんでいるだけなんだろ?!なんなんだよお前は!!泥坊とでも叫んでやろうか!!」
かなりの怒鳴り口調でそう怒鳴ってやると、なんでかわからないけど、凄く自分をどん底に陥れているような感じがする。
自分でいった事なのに。相手に言ったはずなのに、凄く自分に言っているような雰囲気がしてくる。じっと睨んでやると、目線を外さずに。けれど、悲しい瞳だけは変わらなかった。
「……叫びたければ叫べば良い。確かに俺は大きなウソをついた。確かに双子ではないが、俺はお前だ」
冷静で、なんにも干渉しないかのような言い草。けれど、それでもヤッパリ言葉の中には決められた言葉が入っているような気がしてくる。
「なに言ってんだよ!!少しは現実に戻れバカ!!」
これが下の人に聞こえてもおかしくはない大きな声で怒鳴りつける。
頭がだんだんグチャグチャになって混乱しているせいで、相手の言葉なんかだんだんどうでもよくなってくる。
何か本当のことを言おうとしているけど。
――絶対嘘だ……
なんていいつけてしまう。
「じゃあこれから少し現実離れしてしまうがいいのか?」
少し怒ったような口調で、睨みつけてくるように目が変わり、ビクッと肩が上がる。
威圧
というのだろうか。さっきまで何かを投げつけていた空気を、思いっきり返してくるようなこの力強い目つきと、口調。
「なんだよ」
再び弱くなってしまう。震えてしまう。そんな言葉を表に出さないように、ゆっくりと声を出した。
「お前は俺だ。俺はお前だ。さっき言った変な男たちが来るって言うのはお前だ。これからの話しだ。簡単に言えば、俺は未来から来た」
未来。
未来というのは、来ると思われている先の話であって、今起きているものが現実。
簡単に行ってしまった言葉と、この先のことを言われた言葉。すべてを覆したくなるようなこの今に、ゴクリと喉に唾を通す。
「じゃあ。俺が変な男たちにこれから狙われるって言うのかよ!」
「そうだ」
うんとゆっくり頷くそいつに、思いっきり近くにあった枕を投げつけた。
「ふざけんな!何が未来から来ただ!!そんな漫画みたいな言葉に振り回されてたまるかよ!!」
勢いよく立ち上がって、力強く戸を開け、力強く戸を閉める。
ごく当たり前に、普通の人が怒ったら起こる症状。そんなこともわかっていて、こんな事をしてストレス発散をしてはいけないとは思っていても、怒ってしまった自分を抑えることはできない。
今までこんなにも怒ったことはないし、こんなにも感情的になってことは無い。だからこそ、今の自分が何をしてしまうのか解らない。だから怖かった。怖くて戸を背にしたまま寄りかかる。それ以外は出来なかった。
一歩踏み出す事もできなければ、なぜかわからないけど、親のところに行くことなんてできなかった。
――言えばいいのに……部屋に変なやつがいるって……
ナンデイエナインダロウ
どこか心の奥底で何かを信じてしまっているかのように、口が利けなくなってしまいそうだ。下手に言葉を出して、今まで起きてしまったことをすべて滑らしてしまう。なんかわからないけど、それが怖かった。
恐ろしかったし、何かを信じれといわれたわけではないのに、何か誰にも言ってはいけない。心の中にいる違う自分がそう言っている。なんかわかんないけど。何かを言ってはいけない。
下で歩く音が聞こえる。
リビングの戸を開け、ゆっくりと階段を上ってくる音。だんだん頭の方が見えてくるなり、だんだんと、心臓の鼓動が早くなってきている。
ギュッとその胸を押さえつけるように、ギュッと掴む。
「悠樹?どうかしたの?」
母だ。さっきも会ったはずなのに。凄く。すごく久し振りに感じてくる。この母さんの声も、母さんの瞳も。母さんという存在すら……。数年前に一度見たか聞いたか。それだけだったかのように、凄く耳慣れていないような声。その心配そうな瞳で見つめてくる。その瞳すらも、久しぶりに見た。凄く。懐かしい。
ゆっくりとした足取りで近づいてくる。
俺は。
ゆっくりと首を横に振る。
それしかできなかった。
「なんでも……ない……」
「誰かと会話してなかった?」
「してない!」
怒鳴りつけた瞬間。ヤバイとさすがに思い、ハッと顔を上げると。悲しそうな瞳。それと驚いたような瞳がかぶってみえる。もう遅い。何をどうやって訂正しても、きっと頭が狂っているからまともな言葉が出てこない。
ゆっくりと下を見つめ、母の隣を通って階段を降りようとする。
「ごめん」
そうぼそっとつぶやいてそのまま階段を降りて行った。
父も何か心配してきたのか、部屋から顔を出して、心配そうな瞳で俺を見つめていたが、それをあえて見ないように玄関で靴をはき、さっさと家を出て行った。
これ以上何を考えれば良いのだろうか。
悠汰とかいいやがったあいつは、心臓を狙うやつがいるから助けたい。そういっていた。けどどうしてこの日本で心臓をとられなきゃいけないのか。どうして心臓なんかが必要なのか。
他人に移植して出来る能力なら、俺にだって能力があるはずなのに、今までそんな能力らしい能力なんて発揮された事なんてなかった。
ごく普通の脳みそで、ごく普通の人よりも下の運動神経をもっている。
そんなにも自慢できることもないし、趣味という趣味もない。特技だってないし、これと言った何かが身体にあるというわけではなかった。
あいつが言うその心臓だって、内側にあるものだし、死なない限り盗まれることもない。別に盗んだって俺は何も価値がないと思っている。そんなに考える事を言われたわけではないと思っているし、あんなの放って置けばどうにかなると思っている。
けど。
けど。
――なんで泥坊なんて思えなかったんだろう
泥坊って思えれば、思いっきり怒鳴って親を呼んで追い出してもらうことくらい出来たかもしれないのに、何で出来なかったのか。
そう考えると、ドンドン落ち着かない気持ちになってくる。
あいつに心のどっかを奪われて言ったかのように、何かを信じてはいけないと思っていたなにかを取られた。そんな気分だ。すっかり綺麗に何かを奪い去って、空になってしまった何かが身体の中にある。
泥坊
身体の何かが盗まれたから。
そっちの面では本当にあいつは泥坊なんだな。なんとなく、それなら納得してしまう自分が悔しい。
わけのわからないことをいわれて、わけのわからない状態にさせて。すべて嘘だった。
けど、結局誘拐紛いな事をされるのは本当だなんていいだして。そして最終的には『お前は俺だ。俺はお前だ』なんていいだしやがって。
――なにが「未来から来た」だ。ならこの先どうなるか言ってみやが………
『じゃあ。俺が変な男たちにこれから狙われるって言うのかよ!』
そう怒鳴った俺の言葉にあいつは『そうだ』と答えやがった。当たり前だという真剣な瞳で。
そう考えただけなのに。
胸の鼓動が止まらない。
背筋にはかなりの冷や汗が流れ出てくるし、心臓は早いし。それで何より再び頭がパニックに襲われそうになって来る。
もしそれがほんとうだったら?
――考えたくない!!
頭を抱え込み、その場にしゃがみこんだ。その視界に見えたものは。
黒いベンツ。
黒い男。
サングラスをかけた………男…………
――うわぁ〜すごぉ〜い。本当にこんなに黒いんだぁ〜
もちろんその思考は一瞬にしてかき消した。なんていったって、ついさっきそのような話をしていた。
反射的に立ち上がり、一歩一歩下がって行く。
家からは結構走ったから、今すぐ踵を返して走ったとしても、車でついてこられれば簡単につかまってしまう距離。けど、この人たちが別に危ない人とは言い切れない。けど。
――あんな事を言われた後は……パニックに陥ってたら疑うって……
ゆっくりとそのサングラスの男は、だんだんと近づいてくる。何の躊躇もなく近づいてくる。
恐怖。
俺はただそれだけの言葉にやられて走ってしまった。
――なんて言ったって怪しいじゃないかサングラスですべて黒って!!
はじめてみて「うわぁ〜すごぉ〜い。本当にこんなに黒いんだぁ〜」なんて一瞬感心してしまった自分が凄く悔しい。
走って良いのかわからない。
少し暗くなってきているこの状態で、微かの家の隙間からやられては簡単にやられてしまう。そんなに鍛えているわけもなく、運動神経があるわけでもない。
いざという時のことを考えるなり、急に目の前が余計に暗くなってくる。血の気がサーッと消えていく感覚が流れ出てきた。
急いで俺はその向かった家のほうに走っていく。すると、向こうの方から悠汰が搗いてきたみたいだった。
『走れ!!とりあえず走るんだ!!俺がカバーする』
なんだか俺にしか聞こえないような声で、そう叫んできた。
聞こえ方が、凄くクリアで、それしか聞こえてこないような透き通った声だった。こんな声をしていたかと悩んだが、そのとおり走っていると、俺の隣を通り過ぎ、その男たちのほうに直接向ったのだ。
男たちは、悠汰のことなんか目に見えてないかのように俺に向って走ってくる。悠汰はそのまましゃがみこみ、野球部がするかのように思いっきりスライディングして、足を絡ませていくのだ。
軽々とその男たちは簡単に引っかかり、転げ落ちていく。
そのやりとりに疑問を持ってしまった俺は、ピタリと走っている形のまま後ろを振り向く形で見ていた。
『走れ!!』
怒るように怒鳴りつけられ、反射的に足が進んだ。
思いっきり走って、家を見つけるなりだんだん嬉しさに足が止まって行くとき。急に視界がグルリと回った。背中に何か暖かいものの所為で力が抜けた身体は支えられていた。
足には力が入らないし、凄くフラフラしてくる。身体がしっかり固定されていない。首の据わっていない子供みたいに。
『悠樹!!』
後ろから透き通る悠汰の声が聞こえてきたのに。
凄く強い睡魔にやられる。