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心臓の逃げ道  作者: 壬哉
2/17

心臓

 「ちょっと待てよ……心臓って……どうして心臓なんて?」


 焦った気持ちを押さえようとしていても、ヤッパリ動揺するこの心音は止まらない。全く持って止まる様子もなく、自分の心臓をギュッと握るように、押さえつけていた。

 手なんかで止まるはずがないことくらい解っている。解っているからこそ、余計に怖かった。この心臓が、いつの間にか爆発して、自分自身ごとなくなってしまうのではないかと。心配で心配で、誰かに大丈夫だよと、安心するような言葉を、一つや二つくらい待っていても、自分自身おかしくないと思う。

 

 「心臓が人間のエネルギー源の一つだって事はわかっているか?」

  

 冷静な口調で、一つ一つ説明していくかのように、真剣な瞳で見つめてきた。それだけで余計に緊張して、ゴクリと唾を喉に通す。そんな音すら、響き渡っていそうで怖いくらい静まり返ってしまっているのだ。

 先ほどから父さんや母さんのいる存在が薄い。さっき階段を上る前に、少し母さんがいそうな雰囲気がリビングの方から漂っていたことも気付いていた。だから少し安心していたのに、こんなにも静かだと、余計に怖くなってきた。

 本当に今すぐ窓ガラスがわれ、思いっきり変な人!!っていうくらいの黒ずくめがきて、俺を奪い去っていきそうな勢い。多分俺はそう簡単にはつかまらないと思うのだが。

 少し考えて、ゆっくりと首を縦に振った。


 心臓。


 それの存在は俺もわかっているし、どんな働きをするのかも、一応わかっているはずだから。

 ゆっくりと頷くしかできなかった。

 

 「そこにはたくさんの血が行き来している事も知っていますか?」

 

 うん。

 知っている。

 細かいつくりはわからないが、心臓はポンプのような働きをしている。と思う。

 

 「その悠樹の心臓を違う身体に移植する気だよ」

 

 う………ん?

 

 ――えっと。何の説明にもなっていないのですが……


 今は何の説明をしようとしているのだろうか。

 どうして俺の心臓が必要なのか。ということが知りたいのに、未だその不思議が解決に走っている様子は見当たらない。全く持って見当たらないからこそ、呆然と悠汰を見つめた。

 渋い顔になっているのはわかっている。それを戻す気にはならないし、戻してどうにもならないことはわかっている。

 

 「移植してどうするの?」

 

 「あぁ。そっか。それがわかんないんだっけ。えっとね?悠樹の心臓には、俺らじゃわかんないような力を持っているんだって。なんていうか……不老不死……みたいな?何かが起きたのをきっかけとして不老になるらしいんだ」

 

 「ってことはその何かが起きたら俺………それ以来歳を取らないってこと?!」

 

 飛び起きるかのような勢いで怒鳴りつけるなり、ピタリと固まってしまった。

 どういうことなのかをゆっくりと理解しようとはしているのだが、頭の中が真っ白で、何も考えられなくなってしまいそうな勢い。だからこそ、ピタリと心臓を納めるように、ゆっくりと呼吸をする。

 

 ――焦るな……今を生きていることを実感するんだ……

 

 ゆっくりと瞳を閉じて、言われた事をゆっくりと整理をしていく。

 不老不死。

 それは人魚のうろこを食べるとどうにかなると言う話しも、聞かなかったことが無いわけではないからこそ、本当かどうかも気になるし、その前に本当に不老不死なんて言葉を存在させていいものなのかとも思う。

 変に現実逃避してしまった頭を現実に引き戻し、再び深い深呼吸をした。

 

 「そういうことになるな。まぁその何かがわかんないから、どんな事が起きてどのくらい悠樹の身体に負担がかかるかわからない。だから俺はこれからずっと悠樹のそばにいてやるからな」 

 

 にっこり微笑んで、悠汰はそう言ってくれた。だからほっと息を吐いて安心してしまった。本当のところはどうなのかわからない。今こいつを信じていいのかどうかもわからない。けれど、危ない奴から逃げなければならないということはわかる。

 だから今危ないとわかっているそれを、どうにかしなければならないことくらいわかっている。俺にはきちんと走れる足がある。

 

 「………けど……」

 

 けどまだ不安がある。

 一応双子だという事を、知らない俺はそれを信じることしかできないのはわかっている。だからこそ、話した事もないこいつを……。

 

 「傷つけるかもしれないぞ?俺……俺。まだお前のこと知らないし。だからお前を巻き込むのは……」

 

 この話は少し非現実的な話だし、まだ狙われている確信だって、本当のところ全く自覚もないし、そんな行動を見たことも無い。だからこそ、こいつがこんなにも真剣で良いのだろうか。

 だんだん不安になっている俺の心を差し置いて話を進められてはいたのだが、どこからどう信じ込めばいいのかも解らないからこそ、こいつをきちんと信じていいのか。これに巻き込ませても良いのだろうかという不安がこみ上げてきてしまうのだ。

 クスッと表情を柔らかくし、微笑んでくる悠汰。ゆっくりと視線を上げて、その表情を不安そうな瞳で見つめてしまう。それにもかかわらず、優しい瞳で優しい言葉を出してくる。

 

 「俺は悠樹の片割れだから。だからいいんだよ。俺は悠樹を助けたい」


 でも

 信じて良いのだろうか。

 そんなのかなり現実を狂わしているとは思わないのだろうか。だって。心臓を必要とするだなんて事。そんな事ありえないだろう。

 

 ――双子……ってのは信じておこうかな……

 

 少し上目遣いで悠汰の方を見つめる。

 優しい瞳の中に、真剣な瞳も混ざっているようなこの目を、疑っている。本当にそれで良いのだろうか。少しでも変装して。軽く化粧なんかもしてみれば、結構人間なんて人に似せる事なんて結構たやすいことかもしれない。

 実際。この日本で内臓などを売っているのだろうか。

 心臓を取ってどうするのか。

 

 「なんで。なんで君じゃなくて俺だって思うの?本当は君かもしれないじゃないか?」


 ――そうだよ。結局そこにつながるかも知れないんだ。その何かが起きたわけでもないんだから、まだ悠汰が違う。なんてこと、確信があるって言い切れるの?


 ゆっくり現実に戻ってみたら、そんなに焦るものでもなかった。

 そんな事にも気付かなかった自分を恨み、再び深く考えそうな頭をゆっくり上げると。少し。少しだけつらそうな瞳がこっちを向いていた。

 

 「……無理に信じようとしなくても良い。これから俺も悠樹と同じ暮らしをして、悠樹と同じ高校にも通う」 


 本当はこれ、子供だけの間で話すようなことではない。

 大人から聞けば、少しでも信じるのに、どうして急にこいつはそんなことを言ってきたのだろうか。だって本当は嘘かもしれない。そんなこと無いかもしれないのに。

 俺は軽くため息をついた。

 焦る必要なんてどこにもないんだ。何も考えなくていいから、出来れば何か。少し違う場所に放り投げてほしい気分にもなった。

 

 ――今までだって、別に狙われた覚えは無いんだ。


 布団に手を乗せていた俺は、ギュッと力強く布団を握り締める。

 騙されているかもしれないんだ。

 ギシッと音を鳴らして、俺が立ち上がる。けど、悠汰の瞳は俺のほうに向ったまま。どこにも向かないかのように、しっかりと見つめてきていた。

 

 こわい


 この瞳が凄く怖い。

 だからすぐに目線を外してしまった。

 

 だって。

 

 信じれるわけが無いんだ。

 

 だから……真実を聞きにいかなければならないんだ。



 ゆっくりと階段を降りていく。

 けれど、後ろから悠汰がついてくる様子なんて無い。

 いやな予感が着たかのように、心臓の奥不覚がドキドキしていて、結構早く階段を降りているのに、凄くスローモーションの映画を見ているように、何もかもが遅くなっている気がしてきた。

 凄く遅く。

 一番下までつくと、ほっと息を吐いて、リビングの戸を開けると、ポワーンと甘く何か香ばしい匂いが漂ってきた。

 

 「あら悠樹。お帰り。いつの間に帰ってきてたの??換気扇回してて気づかなかったごめんね」


 なんていつもの母が、大きな少し焦げの入った肉を、皿に盛っているところだ。

 何も変わらない家庭。少しばかり今日は豪勢じゃないか??なんてことも考えた。

 

 「今日は悠樹の誕生日だからねぇ〜」

 

 楽しげに、ルンルン鼻歌を歌いながら言う母の言葉。

 

 「あれ?そうだっけ?」

 

 「そうよー」

 

 そういわれてみれば、日にち的にも今日が誕生日なハズだ。

 

 「なぁ。俺に双子っていなかったよな?」

 

 唐突な質問。

 けれど、そんなことにも動じずに、母は楽しげに誕生日のことしか頭に無いかのように質問に答えてくる。

 

 「いるわけないじゃなーい。弟欲しかった?そういうことはもっと悠樹が小さい頃に言ってくれなきゃ」

 

 ――双子すら居ない??


 少し思考は止まり気味。

 なんていったって、少し双子の事くらいは信じてやろうと思っていたのに。

 

 ――どこからどこまでが……嘘なんだ……


 動揺していない自分に驚いた。

 どうしてここまで、動揺せずにいられるのかがわからない。

 さっきまで、言われたときは凄く焦っていて、冷や汗まで感じていたのに、今は嘘をつかれていたというだけ。じゃあさっきの奴は誰だったのか。

 そんな言葉すらでなかった。

 

 ――あっ……俺。凄く動揺してるんだ……


 でない。

 聞きたいことが焦っているのか動揺しているのかで出ない。

 胸をギュッと握り締めるようにして、漸くわかった。

 

 ――脳みそがついていけてないんだ。



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