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心臓の逃げ道  作者: 壬哉
16/17

もう少し……

すべてを手に入れた


 最後に聞いた言葉はそれだった。








「んっ………」


 スッと目を覚ますと、一度見覚えのある場所だった。

 赤めの太いカーテンが周りに囲んでいて、ヤッパリ周りには男ばかりが囲んでいる。どうしてここまで「悠樹」に過保護なのだろうか。皆して贔屓ひいきなのでは無いだろうか。

 本当は「俺」が「悠樹」なのに。どうしてあいつを贔屓するのだろうか。そんなに「俺」はいらない?「悠樹」が居ればそれでいいのか?

 どうせお前らだって「心臓」いや。「俺」を必要としているのに。


「悠樹……!」

 

 少し嬉しそうな顔で、「俺」の方を見てくる。ソッと肩に手を当ててきて、その手が少し震えていた。何が嬉しかったのだろうか。


「大丈夫か?身体はつらくないか?」


 この前はここで暴れて失敗した。もう「あいつ」は出てこないから「俺」が変わりに「悠樹」を演じてみせる。そして隙を狙って殺してみせる。

 絶対に。

 絶対にこの身体は「俺」のものとして扱ってみせる。


「うん……ごめんもう大丈夫だよ?」


 柔らかいベッドに腕を乗せて、ゆっくりと上半身を起こして、左側に居る祐司をじっと見つめてみた。

 こいつが一番「悠樹」を甘やかしていたやつ。それであって、右側に居る勝治は、全体的に厳しくて、力強い目つき。


「何時間寝てた??」


「大体三日だ」


「三日!?」


 さすがに驚いた。そんなにも長い間「あいつ」とあぁだこうだいいまくっていたのだろうか。凄く短い間に感じていたのに、何をそんなにも戸惑っていただろうか。

 あえて言うならあれは多くて一時間だろう。三日も争っていたとは思えない。この殻だが疲れきっていたということなのだろうか。


「そっか。ごめん心配かけて」


「けどどうしたんだ?急に」


「わかんない……胸が苦しくなって……。けど今はもう大丈夫だよ」

 

 にっこりと笑ってできるだけ自然のような口調で。周りを見回すと、まだ心配そうな顔つきは戻らなかった。けれど、それでいい。

 もっと心配してもっと厳重になるんだ。もっと。

 特にこれといった作戦なんかは思いつかない。これからどう使用なんかは全く持って考えていないけど、とりあえずこいつらをいつか殺さなければならない。理由なんか知らない。身体の本能がそうこたえているだけ。

 「俺」の本能がまさにこの心臓の本能だという事。この心臓こそが今起こらなければならないことなのだ。

 

――けどどうやって?








 ≪こいつ……悠樹……じゃない≫

 

 悠汰には解っていた。

 何かがあったら一番に悠汰に笑いかけるはずの悠樹が、「悠汰」という存在を全く持って知らないかのような感じだ。

 

 ≪悠樹……≫


 周りを見回して、どうにかして何かを知らせたかった。勝治だけででも、祐司だけにでも、「悠汰」という存在を知っている人に、今の「悠樹」は「悠樹」ではないことを、はっきりと伝えたかった。

 人にふれることはできる。出来るから違う方法でもいいから、何か物理的でも、積極的にでもどうでもいいから教えようと必死に何か物を探した。

 人に触れるということは、反射的に何かを伝えることが出来ない。


 ≪紙……≫

 

 紙に書いて、その場所に祐司でも勝治でも真治でも、連れてきて読ませれば良いのだ。けれど、紙はあってもペンが無い。

 

 ≪意外と不自由だな……≫


 できるだけ早く、できるだけ確実に知らせるには、かなり不自由な場所だった。

 勉強する必要が無いから、筆記用具がない。普通何かを書くためとして何か一つでもあるはずなのに。

 どうして皆信じてしまうのだろうか。

 今の悠汰には、不安でいっぱいになるところだった。こんなにも態度が違うのに。今までの口調と少し違うところがあるのに。どうして気付いてくれないのだろうか。

 今の「悠樹」が企んでいる事は、なんとなく前回のあれでわかっているのに。どうしてみんな疑問に思ってくれないのだろうか。それを考えるだけで、悠汰の心はモヤモヤしてしまっていた。

 勝治と真治と悠樹たち。祐司以外は、お腹がすいたからと部屋を出て行った。部屋には、悠汰と、シーツを綺麗にしたり、昨日の片付けなどをする祐司だけが残っていた。


 ≪チャンスかも……≫

 

 ベッドの上に居た悠汰は、祐司がシーツを動かしたとき、に錘としてなってしまったのか、ゆっくりと降りるとき、すっと祐司の手が止まった。

 顔を上げて、目線を悠汰に向けたかと思うと、キョロキョロ周りを見回していた。


「悠汰……だっけか?いるのか?……気の所為か……」


 気の所為として、シーツをたたんで持ち上げようとしたシーツの上に反射的に上って座った。重みがグンと来て、一瞬上がりかけた祐司の腕は、再びバウンドの効くベッドの上に戻ってしまった。

 

「いるのか……」

 

 漸く気付いてくれたらしく、悠汰は勢い欲祐司の方に手を当てた。


「え?」


 『悠樹を助けて!!』


 思いっきり怒鳴りつけたのに、全く持って聞こえたような感じはしてくれなかった。聞こえてくれたのならば嬉しかったのに、全く聞こえてくれたような気配はしない。

 周りを見回してどこに居るのかと見回していた。けれど、目の前にいるというのはなんとなくわかってくれたのか、ソッと自分の肩に手を当てるのかと思ったら、その悠汰の手をソッとつかみ、そのまま触れたものをなぞっていく。

 腕を上り、肩に行き、フッと首元まで到達した。


「居たのかお前。ちゃんと。見えないって不思議だな……何か話せたりするのかな?……ちょっとまってろ。ここに居ろよ?じゃねぇと絶対に見つからない気がする。何かペンと紙持ってくるから」

 

 漸く解ってくれたかのように、ソッと手を放させると、急いで悠樹の部屋を出て行った。

 どこまで行くのかはわからないが、なんとなくここを離れたら後でかなり怒られるような事になるのは、今までの経験上なんとなくだがわかっていた。

 特に祐司だから、おしとやかな人ほど怒ると怖い。

 寧ろ勝治に怒ってくれた方が、こういう人だってわかっているから、逆に怖くない気もするのだ。だから人間大人しい人ほど味方に付けろだ。

 特に祐司は物分りが良かったりもするし、短期では無いから、相談するにはもってこいのタイプだ。それに、世話を焼くのが好きみたいで、軽く乱暴を振るってもしつけのうちだとたまに性格が変わる。

 一番いい例が、初めて祐司と悠樹が会話をした時だろう。かなり乱暴のように扱っていたが、今ではこんなにも甘やかすんじゃないかというような口回しだ。

 

 再びガチャリと扉が開くと、早足で祐司が近寄ってきた。

 重ねたシーツの上に乗ってる悠汰を探すかのように、ソッと手を伸ばしてきた。その手に、ゆっくりと指を絡めて行くと、ホッと息を吐くように優しげな微笑と、ため息がこぼれていた。


「これに字かけるか?……ここじゃ無理だろう?こっちに」


 軽く腕を一・二回引っ張ってその場から離れるように示し、昨日にトランプを広げていたテーブルの元へと連れて行った。

 ゆっくりと椅子に座ると、紙をテーブルの上に乗せ、ペンを渡された。

 これを悠汰がもったら、きっと浮いていることになるのだろう。想像しただけでも心霊現象に見えていやだ。

 久々に持つペンが、凄く硬く感じられる。今まで別に何を持つこともなかったから余計に硬く感じてしまう。

 少し震える手を支えながら、ゆっくりとテーブルに向かい、紙と格闘を続けた。

 書き終えて、祐司に渡すと、目を流すだけで読めるくらいの短文であった所為で、すぐに顔色は変わっていった。


「これ……本当なのか?」

 

 紙を再び悠汰の元に戻し、なにか書くように指定される。本当という二文字を出すと、段と力強く立ち上がった。

 「嘘に決まってんだろ?」と怒鳴りつけて部屋から出て行くかと思ったら。


「チクショウ……悠汰。お前も来い。紙ならいっぱいあるから……ペンは俺が持っていこう」


 立ち上がりながら、太いメモ帳を持ち上げ、ペンをくれと手を出されたから、ソッとその手の上にペンを落とした。

 来いと言って、部屋を出て行った。急いで悠汰も後ろから付いていった。




 

 急いで階段を駆け下り、リビングの方に行くと、悠樹達が何か楽しみながら騒いでいた。その中に血相を変えてズンズン中に入っていく祐司に、周りの人たちはだんだん静まっていく。

 それに気付いた勝治達が祐司の前にたってきた。


「どうした?祐司」


「うるさい」


 勝治の腕をつかんでできるだけ悠樹から離し、真治も勝治の方に放り投げてできるだけ悠樹の周りに人を来させないようにした。


「祐司?どうした?」


 悠樹が何気なく笑顔で早期居てきていた。祐司は悠樹の胸倉を掴み、思いっきり身体ごと上げていく。


「うっ……なっ……」


 苦しそうに唸る悠樹。


「おいバカ祐司!!」


 勝治達が近づいて止めようとするのを、思いっきり悠汰が後ろ襟を掴み、ゴメンネと心の底から誤りながら、思いっきり後ろに倒した。真治にも同じことをして、その祐司の行為をとめないようにする。


「テメェは誰だ!!悠樹をどうしやがったんだよ!!」

 

 血相を変えて、思いっきり怒鳴りつける祐司に、勝治と真治とその他は何が起きているのかと、ポカーンとみているしかいられなかった。

 祐司がやっていることに間違えは少ない事は、周りのみんなも知っている。知っているからこそ、どうすればいいのか困ってしまうのがいけないところかもしれない。簡単に言えば、判断力が無いのだ。

 その判断力を補ってきているのは、真治のはずなのだが、真治にもなんとも言いにくい顔をしてしまっているのを、悠汰には解っていた。たしか悠汰の話をした時には、真治も勝治もいたはずだ。いや、真治は居たかどうかはわからないが、勝治はいた。けれど、ここで何か物を動かせば逆に困りどころの二の舞だ。


「悠樹をどうしたって……俺は……悠樹……だよ?わからない……の?どうしちゃっ……たの?祐司……こそ」


「なら貴様は悠汰を知っているか?」


「ゆ……うた……?」


「わからないだろうな」


「そっか」


 ポンと手を打ったのは、真治ではなく勝治の方だった。勝治はあの時信じているのか信じていないのかわからないような顔つきで、見つめていたから悠汰という存在を忘れていたのかもしれない。

 そうと解れば、簡単な事に話が進んでくれればいい話しだ。

 けれど、一つだけ問題があった。それが本当の「悠樹」ではなくとも、「悠樹」である事は間違えないから、そのまま首を絞めていたら間違えなく死にいってしまう。多分上手く力調整はしていようとも、長くは無理だろう。それに、どうやって本物の「悠樹」と取り戻すかだ。そう考えていったら、一つではなく、たくさんの問題が引きずり込んできてしまう。

 どうやって「悠樹」を元に戻すか。


「悠汰の存在を今すぐにいえない上体だったら仕方が無い……モシカシテあの……暴れたときのあいつなのか?」


 漸く答えに近づいてきた勝治。そうだと祐司は勝治に言うと、活字も力強い目つきで近づいていく。


「悠汰!!こいつに話しかけるんだ」


 『悠樹……目を覚ますんだ』


 祐司のその一声に、悠汰も心を決めた。唯一自分が一番悠樹を知っているから今の「悠樹」をどうにかする事ができないわけでもないのだ。それに、運よくなのか姿は見えていないみたいだし、存在もわかりきっていない状況みたいだ。

 そうなってしまっている今、一番の手になるのが悠汰なのかもしれない。


「うあぁ!!何なんだこの声は!!」


 力を離した祐司の下で、頭を抱え込みながら「悠樹」はしゃがみこんだ。声は聞こえているのに姿は見えていないのか。


「脳に……脳に直接……声が」


 『悠樹!!お願いだから負けないで!!悠樹ぃー!!』


「やめろー!!」


 思いっきり怒鳴りながら、周りのものをもってとりあえずいろんなところに投げ飛ばしていく。それに当たらないように、皆は「悠樹」から離れていくが、悠汰は全く持ってその場を動かない。

 ぶつかる心配もないし、ぶつかっても痛くは無い。

 

 ≪ぶつかる心配は無い……?≫


 何かわかってきた気がしてきていた。何か。何か上手く行くような何かがあるはずだ。


 『悠樹!!』


 反射的に暴れている「悠樹」を抱きしめる。すると、叫びながら悠汰を離そうとするものの、全く持って離れる手ごたえが無いらしい。

 悠汰はまけなかった。心の中で「悠樹」を呼び覚まさせるように、力強く抱きしめて、耳元でずっと「悠樹」という名前を呼び続ける。

 

「もう……もう悠樹は居ない!!俺が奈落の底に落としたんだ!!俺が……俺が本当の悠樹なんだ!!だから俺は違う!新しい悠樹さ!皆がほしがっている「心臓」だ!!俺が本当なんだ!!悠樹は俺なんだ!!」


 『悠樹は悠樹のものだ!!お前なんかにやるもんか!!悠樹ー!!』


 叫んだ……

 叫びに叫んだ。






 

 

 

 心に響かせるような大きな声で。心の中で叫び続けた。



 

 

 

 

 

 


 

 

誰……?


 俺を呼ぶ、大きな声が聞こえてきた。それに気付いて、スッと真っ暗なところに目を開けているのか解らないくらい真っ暗なところに、体を起こした。

 起こしたような気がするだけで、本当に起こしているのかはわからない。どっちが上でどっちが下か。けれど、なんとなく懐かしい声が大きな声で呼んでくれている。

 いつも俺を支えてくれていて、文句も言わない。口答えもしなさすぎて、逆にこっちが困っていた。何かしたいことや、してほしいことがあれば言ってくれればいいのに。そう思っていたのに、なんでかはわからないけど、にっこり笑ってずっと一緒にいてくれた。

 心臓のことだって、いろいろと面倒なのに、ちゃんと説明してくれたのに、逃げてしまったのに。裏切っているようなことを何度もした。なのに、優しかった。そんな人が一緒にいてくれた気がする。

 人じゃなかったかもしれないけど、自分にしか見えていなくて、独り占めしているようでなんか気分が上がっていた。

 それだけだったのに、何でかな。


 名前が思い出せないや。


 だれだっけ?と考えるだけ考えて、何か見捨てるかのように全く思い出せない。姿かたちも思い出せない俺は、ヤッパリ裏切ってしまったのだろうか。

 けれど、何でかわからないけど心臓の記憶はある。

 心臓を盗まれると大変で。だけど、何がどう大変なのかわからなかった。死ぬとも言われてないし、一緒に居てくれた人も、自分たちを信じろなんていってなかった。

 

 あれ?一緒に居た人って


 まだ居るのだろうか。

 まだこの懐かしい声以外にも、自分には違う人たちが居ただろうか。


俺……誰だっけ?


 今まで何かを掴んでいたような気のするその手を、じっと見つめる。なんだか死んでいるような手をじっと見つめていると、だんだん気が遠くなってきた。それを食い止めるかのように、グッと力を入れて手を握る。

 大好きだったあの声は、力強く直接俺に伝わってくる。だんだん近づいてくるような。奥のほうからだんだん近づいてくる。


誰……?


「俺だよ……悠樹……」


……誰……


「わからないの?」

 

 目の前には見慣れた顔。見慣れた声。懐かしい顔ぶり。すごく今すぐ抱きしめてあげたいほど、懐かしかった。

 けれど、胸のどこかでそれを食い止めていた。何かを示すかのように、心の何かが伝え合っているかのように。


誰……?懐かしい感じのするあなたは誰?


「懐かしいんだ。嬉しいな。心のどこかではちゃんと解ってるじゃん……そんな話は後だ。あなたは自分を探して。自分を取り返して……心臓はあなたのものだから。逃がしたりしちゃダメだよ?逃げ道は作っちゃダメ。心臓の逃げ道は悠樹しかいないんだ。だから、悠樹自身その道を崩して。だから……おいで?悠樹は一人じゃないんだよ?」


 ソッと差し伸べてくれるその手を、俺はつかんでも良いのだろうか。昔の俺だったらどうしていただろうか。けれど、そんな事よりも本能が先に動いていた。

 手を。

 ゆっくりと掴んでいた。



 

 

 

 

 

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