平凡な一日だったのに
矛先が変わった銃を握り締めていた悠汰は、その銃を持って近づいてきて、ソッと俺に渡してきた。けれど、これでここに居る土村家を殺すわけには行かない。
ここで俺が殺してしまえば、犯罪者になってしまう。それでは全くもって意味が無かった。いや。寧ろ、警察に捕まって漫画によくあるようなあんな牢屋に閉じ込められる。逃げるためならそれも一つの案かもしれない。
けれど、逃げる必要はなくなった。
いつか姫倉家に裏切られるかもしれない。捨てられるかもしれない。殺されそうになるかもしれない。それならそれで別にいいさ。力強い味方が、本当にすぐ近くに居てくれたせいで、逆に気付かなかったが、漸く気付いた。
もともとの俺。悠樹として育ってきていたが、ある出来事で過去に戻ってきたという悠汰。悠汰が一番の力になる。力になりすぎて困る事は無い。
利用をするような方法になってしまうかもしれないけど、それは多分悠汰も百も承知かもしれない。それに、俺よりも、俺の力のことを少しでも知っているかもしれない。知らなくても、ずっと一緒にいてくれる。そういってくれているような気がして、なんだかほっとしてしまった。
もし。
もしだが、そんな悠汰に裏切られるような事になってしまったら、俺はその場で死のうとおもう。
相手が祐司たちで無ければ、祐司たちに助けを求めるかも知れない。
けど。
出来ればその思考を、いつも助けてくれた変わりに助け出したくなると思う。
その時になれば、キッと俺も本心のものに取り憑かれると思われる。いや。本心で助けたい。
そう決めた今、誰にもこの思考を、大きく曲げることは出来ないだろう。細かく何かの方向に向かわせる事はできても、絶対に主旨は変わらない。そう心に決め付けた。
「悠樹」
逃げ出し失敗から二日がたった。
暢気に勝治とトランプで燃えていたとき、部屋の隅のほうにいる祐司が、何かを思い出したように声をかけてきた。
「ん?」
「少し聞きたいのだが……」
「なに?」
「ユウタってだれだ?」
唐突な質問。
しかも、かなり真剣な瞳で見つめてくる。それを思い出したかのように、勝治もじっと俺を見つめてくる。
今までは、トランプで負けるなり、もう一回とか、忘れていたかのように楽しんでいたのに、今になってそんなにも真剣な空気にされてしまった。
「……えっ?なんで?」
「お前が暴れたとき。ユウタって呼んでた。誰かの事を。それにその暴れたやつがなんか聞こえるって」
『あっそういえば…』
悠汰は、何か知っていたかのような口ぶりだった。
――どういうこと?
『暴れた時、逃げろって』
――えぇ〜……
どうしようか。
ここで言ってしまえば、今まで頑張ってきたこともパァになる。けれど、ここでなんのこと?といっても、またなにかフッとした時にいわなければならない。そんな時に嘘だったのかという問題になるのは少しいやかもしれない。
けれど、このことを言って本当かどうかを信じてくれるかどうかだ。
「…………言っても……言っても信じてくれないから」
「いいからいえ。信じるのはこっちだ。信じるも信じないもこっちの事だ。いいからすべて言え」
逃げないように、ガシッと腕を勝治につかまれた。どうしてさっきまで楽しんでいたのに、こんなにも真剣でしんみりとした話しになってしまっているのだろう。
悠汰も少し困っているような視線になってしまっている。こんな時に何の前触れも無く聞いてきたのは、狙っていたのか狙っていなかったのか、不意打ちは作戦会議みたいに、悠汰と離せなくなる。
少しでもつじつまの合う嘘を。
けれど、ここで嘘を言ってもヤッパリ意味が無いのだろうか。
『悠樹……すべて言っちゃってよ。俺はなんも構わないから』
俺の手をとんとんと叩きながら、ソッと顔を覗きこんでくる。叩いてきたその悠汰の手を、ソッとつかみ、軽く遊んで見る。
「ここ。俺のここにちゃんと居るんだよ悠汰が。本当は名前悠樹だけどね」
最後の方は軽くクスクス笑いながら、ソッと悠汰の腕を軽くなぞっていく。
「本当は悠樹?」
「そっ。何で俺が祐司の名前解ったと思う??……悠汰が教えてくれたの。未来の俺。二度目の今を悠樹は悠汰として俺を助けてくれてるんだよ」
「いつから?」
「んーここにつれてこられる日学校から帰ったら居た。信じる?」
「ここまで現実に名前とかわかられてたらな。信じないわけには行かないだろ」
スッと微笑むその微笑みは、悲しいとは見られなかった。どちらかというと、何かが解って嬉しいというようなすっきりとした微笑になっていた。
ずっとここに居てくれて、ずっと俺を守ってくれていた。
「んであの扉開けたのも悠汰だよ」
「結局お前の仕業だったのか……」
「すみませーん」
軽く微笑んで言った。
なんだか嬉しかった。
こんなにも簡単に、早く言ってしまうなんて、全然思っても見なかった。もう少しでも後で、どういうことなんだと怒鳴りつけられそうになる。そんな想像ばかりをしていた。
だから嬉しかった。
すべてを吐き出せて、今までつまっていたものが、綺麗にすっきりとなってしまった。だから、フッと微笑んでありがとうといってみた。
なにが?という顔をしていたが、嬉ししそうな俺を見てフッと微笑んでくれた。
「なぁ、今度どっかでかけたいな買い物!」
「ばぁか。また襲われたらどうするんだ」
勝治がコツンとオデコを叩いて、体を後ろに倒すような力で押してくる。
「その時は守ってくれるんだろ??」
「プッ……他人事のように」
祐司はクスクス笑いながらそんなことをいってくれる。怒られると一瞬おもったが、こんなことを言ってみるのもいいかもしれない。
「まっ守ってやらないことも無いけどなぁ〜。いざって時には悠汰ってやつにも手伝ってもらうかな」
「ハハッそれもいいかもな」
なんて勝治も笑っていた。
これですべてが終わってくれれば良かったのだ。あの発作みたいなことも起きない。もうあんなやつらにも襲われない。そんなことがおきてくれれば、人生がすべて終わったような気にもなるのだ。
けれど、こんなところでジッとしているのもいやだし、親のほうも少しばかり気になる。学校は全く持って気にすることも無い。
外に出て、普通の人として紛れて、普通の買い物をしたい。
追われてることも襲われる事も、すべて記憶から消し去って買い物がしたい。そして、銃などの事をなしで、あんなやつらに誘拐されてみるのもこれまた楽しいかもしれない。とおもったけど、こんなことになるのならばもういやだ。
「で?いかないの?」
少し首をかしげながらスッと祐司の方を見つめてみた。すると、ゆっくりと祐司は勝治の方を見て、ゆっくりとした口ぶりで言った。
「いかないの?」
「……俺は今誰にまわせばいい?」
「えぇ〜うんって言葉をくれればいいよ」
「じゃあ……うんいかないよ」
「ひどい」
くすくす笑う二人に、思いっきりギャーッと飛びつく。
「なにお前らだけで楽しんでるんだよぉ〜」
ドアの向こう側から真治他たくさんの男たちがゾロゾロと入ってきた。
「真治さーん!!お願いがあるんだよー」
立ち上がって、さっさと真治のところに、ピトッとくっついて話しかける。
何が?という顔でじっと見つめてくる。それにスッと息を吸って言った。
「外にお買い
「ダメ」
「……まだ最後まで言ってないのにー」
うそ泣きプラスしつこく真治をつかんでいた裾を、引っ張ったり押したり、軽く甘えてみるけど、この頑固そうな口は開きそうも無かった。
他の人にも少し甘えてみたが、焦るだけでうんと首を縦に振ることは誰一人としてしてはくれなかった。他の方法を考えたが、特に甘えた事の無い俺には全くもって思いつかない。
うぅと唸りながら、ベッドに足を乗せ、ポロリと靴を脱がせてベッドの中にゾロゾロと入って言った。
「あれ?トランプ?」
真治がテーブルの上に広がっているものに気付いたらしく、元々俺が座っていた椅子に腰を下ろし、ガサガサとトランプを集めていた。
やるか?と寝る体勢に入っている俺の近くで、再びトランプを再開しようとしているのだ。別に疲れているわけでもない、ただ暗くていつも寝る時間帯というだけだから、べつんまだ騒いでいても平気だ。
寧ろ、基本的に煩くても眠れないわけじゃないから、別に何の問題があるわけでもなかった。
次の日なのだろうか。
暫くして、真っ暗になっていた。あのまま寝たのかと、薄めで感じながらもゆっくりと体を起こすと、ベッドの隣には勝治が腕を組みながら椅子の背もたれに寄りかかり、いつものように寝ていた。
勝治が閉めたのだろうか、ベッドのカーテンも閉められていた。周りが見えないため、足を下に降ろし、靴をきちんと履いてテーブルの方を見た。
きちんとトランプは閉まっていて、椅子に座って眠っていた。
眠りが浅いから少しの音で気付いてしまうという悠汰の言葉を覚えていたから、隣で寝ていた悠汰をも起こさないように、ゆっくりと部屋から出て行く。
もう歩きなれた道。
柔らかい絨毯と、冷たい壁。暫く触っていない壁だけど、見るからに冷たいと解る。
「トイレー」
そう。本当は二度寝をしたかったけど、体を軽く起こした瞬間と入れに行きたくなり、ここまで来た。
トイレは凄く暗くて、逆に怖かった。電気を即座につけて、さっさと用を済ました。
トイレからでると、再び暗い中を歩かなければならないことになってしまっていた。それに少しため息を漏らしてしまう。
さっきまでが暖かかった所為か、凄く寒く感じる。さっさと部屋に戻ろうと思ったとき、なぜかお腹の虫が鳴きだした。しかも、一度聞いてしまうと、再びなりそうなくらいお腹がすいてしまう。
本当は起きたら必ず俺を起こせ。といつも勝治に言われていたのだが、そうも何度も中まで入ってこないだろうと、起こさずに来てしまったのだ。
今のところは別に何も問題は無い。
早足で階段を降りていき、いつも固まっているはずのリビングのところには、誰一人として眠っている人は居なかった。
棚の辺りからゴソゴソとパンを探り出す。確かあるはずなのだ。いつもここから数を数えながらも無くなる前に祐司に買ってきてもらっているのだ。
何かあったらすぐに逃げ出せるようにと、開けておいた扉から足音がした。スッと振り向くと、部屋全体が暗い所為で誰なのかがわからなかった。
――誰?!
ピタリと体を固まらせて、ゆっくりとできるだけ端の方に進んで言った。
「悠樹?」
どこかで聞きなれたような声。といっても、多分名前を余り呼ばない人だ。一日回りにほとんど居るのは真治と勝治と祐司くらいだ。
けれど、この中で一度利いたことあるような声で、ホッと安堵を落とした。
「びっくりさせないでよ〜……」
だんだんにハッキリする顔形に、だんだん力抜けていく。ヘタリと床に座ってしまう前に、腕をグイッとつかまれてきちんと立たせるかのように、肩もつかんでくれた。
「ごめんごめん。監査室に居て見えたから……。トイレだろ?一人であんまり動こうとするな。どうした?お腹でもすいたか?」
「うん。お腹が泣いた。空いたぞ〜って」
「そっか」
少し高めの棚から、少し小さめのパンを取り出してくれた。
「ほらっこんくらいにしておけ」
「はぁい」
ガサガサと袋から取り出し、パクッと口に含みながら、ソファに近づいていく。
「あんまりゆっくりしてると勝治が目を覚ました時にまたガミガミ煩くなるぞ」
「ん〜」
本当に小さいから、スッと手の中から綺麗に消えていった。ゴミ箱にポイッと捨てるとハァイといってリビングを出て行った。
周りを起こさないように、できるだけ静かに中を歩いていく。
部屋に着くと、ドアを開けるなり、お休みといって一緒に来てくれた人は監査室に戻っていってしまった。
ゆっくりと優しく閉め、カーテンを開けてベッドの中に入っていくと、その音でおきてしまったのか、ピクリと勝治の方は動いた。
「悠樹……?」
目の前にいるはずの俺がいないからか、少し焦ったような声がしていた。
「ここにいるよー」
大きな声を出す前に、俺が後ろから声をかけてやった。
「悠樹!お前どこに」
「トイレ。それだけに起こすのもいやだなって思って」
「バカッそれだけでも起こせ!!」
「静かに。おきちゃうよ?みんな。それに大丈夫だって途中で監査室に居た人に見つかったし」
ゴソゴソと布団の中に再び戻ると、布団の中はすでに冷たくなってしまっていた。
「朝になったらきちんと説教だな」
「寝起きの癖に威勢が強いよ……」
『ん〜………悠樹?』
「あっごめん悠汰まで起こしちゃった?」
『起きちゃった』
目を擦りながらもごめんちゃいなんて、俺が言わないようなことをチャッカリ言ってしまう。何があってそんな事を言うような自分になってしまったのだろうか。
「んじゃ再びオヤスミィ」
なんていう不思議と自然な一日だった。といっても夜だけだが。
なんだかこれだけでも幸せだった。いや。これ以上のことがおきても幸せだと思うけれど、逆にこれが一番幸せかもしれない。
何事もなく、皆で楽しく。
がいいのだが、外にも見回りの人や、見張りの人。監査室にいる人たちのことを考えると、幸せも何も消え去ってしまいそうな気もしてくる。
できればその人たちも混ざって、ワーワー楽しみたかった。
けれど、ふと考えてみれば、再び不思議なことを思い出した。
一度迷ってでてきたあの女の人は、意外にも警備がきちんとしていた事。矛盾しているような気もしないことは無いのだ。どうやってあの見張りと好みまわりの人たちの中で入り、見つけることが出来たのだろうか。
あの時はまだ警備が薄かったというのだろうか。
それを考えるたびに、気付けば知らないやつに誘拐されているんじゃないかと、たまに夜が怖くなったりもする。
殺す
スッと頭の中にその言葉が出てきた。
俺の言葉のようで違うような声。その声を聴いた瞬間、薄っすらと眠りかけた目は、再びパッチリと覚めてしまった。
胸の心拍数が早く、鼓動が外にまで聞こえてきてしまいそうなくらい、大きくなっている。一度感じたことのある暑さ。
首ではなく、胸を締め付けられるような苦しさ。唸る事も出来ず、金縛りにあったかのように、ピタリと固まってしまったからだ。その身体を無理して動かし、腕を胸に近づかせて、ギュッと心臓を握るように胸を握り締める。
「はぁ……はぁ……くるし……」
『悠……樹?』
「悠樹?どうかしたのか?」
「またあいつが……でてく……る……やだ……たすけっ……はぁはぁはぁはぁっはぁっっっ」
「悠樹!!しっかりするんだ!!」
『悠樹!!』
奥のほうからガタガタッと椅子を動かす音がする。キッと他の人たちまで起こしてしまったのだろう。カーテンを軽く開けて祐司も入ってきた。
「悠樹!!」
「やだ…………も……しにた……」
返せ……
苦しみが急にぱっと消えた。それとともに目の前は真っ暗だけど、くらくらしている様子は無い。何か、真っ暗な世界に放り投げられたようなものだ。
あの夢のときと同じような真っ暗な世界。
返して?
スッと後ろから自分の声が聞こえてくる。反射的に振り向くと、ジッと上目遣いで見つめられているのが解る。
死んでいるような瞳。それでも何か力強い目つき。一歩退くと、足の力が急に減ってく。ガクッと方が落ち、何かから落ちそうなのを、必死に掴むかのように、前に体重を返した。
気をつけて?その後ろは奈落のそこに通じてるから下がらないほうがいいよ?
にっこり微笑んで、地面にへばりついている俺を思いっきり見下ろしていた。
目の前が自分だからこそ怖い。俺なんかがこんな顔ができるんだなんて考えると、自分でもいつか仕出かしちゃうんじゃないかのように。
すごいよね。君にはあってあの未来の俺……悠汰にはないやつがあるんだよ?
「悠汰……にはないやつ?」
俺だよ
にっこり微笑んだまま、グイッと自分の親指を、力強く自分に向けていた。
確かにこんな事に悠汰がなったとはいっていなかったし、こんなのも初めてだといっていた。ということは、悠汰とは違う人生を送っていることになる。
一番初め。
姫倉ではなく土村の方に誘拐されたという悠汰。
土村から悠汰のおかげで逃げ出せた俺。
ヤッパリそこに違いがあるのだろうか。
悠汰にも居ると思った?いないよ?いるわけないじゃん。確かにあいつは未来の俺だけど俺とは違う未来を気付いてきていた。解る?
「……じゃあ何でお前が居るんだよ……」
なんで?そんなのお前は知らなくていいだよ?そこから落ちてくれれば良いのだ。そしたら俺がちゃんと演じてあげるから
「やだお前なんかにやらえてどうする」
そんな拒んでも仕方がないのに…………すべて……すべて俺に任せろよ
――どうして……?どうしてそんなにつらそうな声をするんだ……
そんな事もいえなくなるくらいに体力は落ち、だんだんと奈落に落ちていないはずなのに目の前が本当に真っ暗になってきてしまう。
夢の中に落ちるように。違うところに落ちてしまう。
どう拒んでも、心はだんだんと暗闇に落ちていってしまった。