逃走
「俺……ころそうと?」
一部始終を教えてもらった俺は、人を殺しかけていたという事に、かなりのショックを受けていた。顔から血の気は退き、だんだんと自分が怖くなっていく。
またこんなことが起きないというわけでもないのだ。ここに俺が居る限り、この人たちは安全では無いかもしれない。そう考えると、ここに居ると人にとってはマイナスになってしまう。
こんな自分を守る必要なんかないんだ。
震える手。震える心。震える何か自分の……
「俺……もう………ここに居ちゃ危ないよ……」
「悠樹?」
今にでも逃げ出しそうに、一歩退いた足に、祐司がガシッと腕をつかんできた。
「やだ……またあいつが出てきたら……」
すぐ後ろは扉。
腕をふり払い、ドアを開けて一目散に逃げ出した。後ろからは力強い声で、悠樹!と名前を呼んでいるのが解った。けれど、いつか自分は「悠樹」じゃなくなる。それが今は怖くて、あの人たちを傷つけたくなくて。
だから逃げた。
俺がここに居なければ、大体の人は助かるんじゃないのだろうか。なんとなくそう感じていたのは、どこかが助けを呼んでいるのだろうか。
急いで悠汰も後ろからついてくる。
『悠樹?!どうしたの?』
「ダメなんだ……あいつを止められる自信がない……またあの人たちを傷つけたくないもん」
走る息切れに少し堪えながらも、覚えていると思われる玄関を探した。後ろから追ってくる足音は、かなり響き渡る一階では、どこに誰が居るとかの問題ではなく、どのように来るかが解ってしまう。
疎らに走ってくる足音に恐れながらも、光が見えてくる。そこに向かって思いっきり飛び出すと、広い草原。いや荒地のような感じだった。ひるまずに走っていると、前のほうに居るもん坂田と思われる二人に声をかけられる。
「悠樹?どうして外に!!どうかしたのか!?」
少し焦ったような声で近づいてきて、肩をつかまれそうになったのを上手く避けながら、門の外に飛び出した。
「悠樹!!ダメだ!!どうしたんだ急に!!」
漸く追いついた祐司達が、門のところで立ち止まり、数十歩前に居る俺に怒鳴りつけるように叫んでくる。無理に距離を縮める様子は無いらしく、振り向いて一歩下がった。
「だって……怖いんだもん……」
信じていいのかも解らない。
次。
次この前みたいなことがおきたとき、どうすれば良いのかが解らないし、前以上のことをしてしまうかもしれない。それが怖い。
一応ご飯も食べさせてもらっているし、守られているというあれがあるから、変に手を出させられたくない。
抑えられる自信なんてあるわけが無い。
「……もう抑えられないかも知れないんだよ……?」
「いいから……こっちに来るんだ」
怒鳴りつけるように言う勝治の言葉に恐怖を覚え、反射的に道路を走っていく。建物があるだろう方向に。後ろから追ってくる男たちを恐れながらも、思いっきり全速力でこの直線を走っていく。
走ることに自信がないというのに、どうしてこんなにも走らなければならないのだろうか。そう思った矢先だった。
苦さびれたビルの横河から車が急に俺の目の前に飛び出し、キキーッとブレーキがかかってきた。反射的に止まれなかった俺は、車のトランク部分にバタリと身体を倒してしまった。
「急に出てくるのは反則……」
ぶつかったお腹から少し食べてものが戻ってきそうで一瞬困る。けれど、今箱の車の持ち主を知らなければならないのだが、車から出てきたのは見たことも無いサングラスの男だった。
一瞬鳥肌が立った。
見たことも無いは嘘だ。
これに似たやつならあったことがある。姫倉家に誘拐される前に、襲ってくるときの黒ずくめがこんな感じだったのを一瞬にして思い出してしまった。
「えっ……やだ……」
車が出てきた方向に走って逃げようと思った瞬間、思いっきりお腹の部分に腕を回され、軽々とつかまってしまった。するとともに、違うところからも車が来て、後ろから追ってきた祐司達まで逃げられないように囲ってしまう。
車から出てきて、周りを取り囲むように銃やらなんやらと構えられてきた。
両手を上に上げられ、二つ合わされ思いっきり身体が浮く。ぶら下がる感じで、凄く腕の付け根に悲鳴が来る。
「イタッ……やだ……助け……」
自然と涙目になってくる。尻目に凄く内側から水滴が集まってくる感じだ。今にでもジリジリとかいって、破れてしまいそうな。いつだったかこんな感じを受けたような受けなかったかのような。
『動くんじゃないよ下手して動くとその子を打つわよ』
赤いレーダーみたいなのが、俺のオデコに当たっている気がする。少しばかりそのところが暖かい。
ヒッっと少し引きつった薄い声を出し、ピタリと俺が固まってしまっていた。悠汰も、それなりに緊張している顔つきをしていた。何かを決めたかのように、ゴクリと喉につばを通したのか、そんな音が聞こえてきた。
ゆっくりと歩く。
『動くんじゃないよ』という言葉をかなり無視しているが、見えていないのならば意味が無い。といわれてみたら確かにそうかもしれないと、少し納得がいく。
何をするかと、目の端で悠汰を追っていると、スッと目の前に立って、レーダーが当てられている前に立ちはだかるように、凛々しい顔つきで立った。
――ゆ……悠汰??
『俺。多分銃も大丈夫だと思うんだよね……』
――でっでも!!大丈夫だとしても痛いには痛いだろ??
『今まで何を触っても痛いと思わなかった。包丁の刃をギュッと握った……けど、何か尖ったものを触れているってだけで、痛いとも思わないし血だって出ないんだ!だから……だから「不必要な俺」じゃなくて「悠樹を守れる俺」になりたいんだ!!』
ゆっくりと振り向き、見つめてきた瞳は、覚悟をきちんともち、自分に自信のある笑みを浮かべていた。
なんでだろうか。
逃げようと思っていた心がどこからか消え去って言ったかのように、「悠汰が居ればどうにかなる」だなんて、少しばかり甘えてしまいそうな思考が、心のどこかによぎっていた。
自分の力で何かをしないといけないんだ。そう思っていても、いつかは何かの壁にぶつかってしまう。そんなことくらい解ってる。解ってるからこそ、悠汰を信じようと思っている。
『だから悠樹……悠樹も逃げないで戦おうよ……俺が絶対一緒に居てやるから。それでも逃げたいって言うんだったら俺もついていくから』
――うん……悠汰。俺戦うよ。せっかく悠汰が未来から助けに来てくれたんだから無下には出来ない
決めた。漸く決めれた。
今まで少し拘っていたことがやっと開放された。
姫倉家なんか信じなくてもいいんだ。けど、悠汰を信じればいいんだ。裏切ったら俺から悠汰を恨んでやる。そう心に決めて、キッと銃を構えている敵をにらみつけた。
『ふん。今更強がってどうしようって言うんだい?』
濁るその女性の強気の言葉。きちんとその言葉を頭に叩き込ませ、ゆっくりと息を吸った。今出来ることをしたい。ただそれだけだ。
どうしよう。
ちがう。
どうにかするんだ。
「俺を殺して良いの?やっぱり心臓だから死んだものじゃないと必要ないのか……?けどね?俺お前らの勝手で死ぬ気もないから。俺には強い味方居るしね」
にやりと微笑んでやった。いや。微笑むというのかは良くわからないが、何か勝ち誇った気持ちになれたのだ。
少し驚いたような顔で悠汰が振り向いてくる。スッと微笑んでやると、強気な顔で微笑み返してくれた。凄く嬉しそうな顔でにっこりと。微笑むのではなくにっこりと笑った。
『死ぬかもしれないのにどうしてそんなにも強気で居られるんだ。今から死ぬのに』
カチャッときちんと構えなおすように、ジッと俺を狙ってくる。
「やめろ!!お前ら悠樹の心臓を狙ってどうするんだ!!悠樹の心臓は悠樹のものだ!!」
勝治は、必死に説得をしようと急に怒鳴りつけてきた。が、勝治よりも少し前のほうで構えている女性が、ジッと構えている。全くもって振り向くつもりは無いらしい。
女性の後ろに力強く男が二人立っていて、いつでも銃殺できるようになっていた。
「撃てるもんだったら撃ってみやがれ糞女!!」
にやりと微笑んで思いっきり怒鳴りつけた。
「悠樹!!挑発は寄せ!!」
祐司が注意するようにそう怒鳴りつけるが、女性は思いっきり狙ってくる。
バンッ!!
今の俺にはそんな音に聞こえた。
けれど、弾は俺に当たらずにからんと言う音を鳴らしてコンクリートに落ちて行った。
『なッ!!』
もちろんみんなの皆して、思いっきり驚いているような顔をしている。もちろんそうだろう。
協力しくれた悠汰は、ゆっくりと振り向いて、大きなピースをこっちに向けてきた。なんだかうれしくて、クスッと笑ってしまった。なんだか。ホッとする。
『そうか。もう力を使いならしている様子だな』
「力??知らないねそんなの!!俺には力なんてもんはない!!言っただろ??俺には力強い味方が居るってよ!!」
『何を強がっている!』
女性は再び銃口をこっちに向けてくる。その銃口まで悠汰が近寄っていく。何をするのかと思い、じっと見つめていた。その見つめた先に、ジッと悠汰は、その銃口を捕まえ、グイッと力強くその銃を取り上げる。
『なっ貴様何をした!!』
もちろんそれに対しては俺にもその意図がつかめない。こっちからは悠汰がもっているとわかっているが、周りから見たら、浮いている。ということになるのだろうか。
カチャッと静かにならし、ゆっくりと狙いの銃口をその女性にピタリとくっつける。
狙いの矛先が変わった。
ソッと片方の悠汰の手が、女性の首の後ろを通し、下手に大きく動かないように固定させるように力強く掴んだ。
『なっ……なにかつめたいものが私の……首を……』
「撃たれたくなかったらもうこの手を離すんだ!!」
力強く怒鳴りつけると、ゆっくりと後ろの男は手を離してきた。少しばかり高い位置から飛び降りるように、スッとしゃがみこんでつかまれたところをゆっくりと擦った。
もちあがられているとき。
何度も思った。どうして今回のようなときに限って取り憑かなかったのだろうか。わけのわからない変なやつ。いや。きっとあれが本当の正体かもしれない。解らない。わからないけど、心音が聞こえてしまうかのような大きな鼓動。上がった心拍数。たぶん。本当に多分なのだが、あれは皆がいう『心臓』なのかもしれない。
だからこそ、こういうときに役に立って欲しかった。調節できない力。自分でコントロールのつかない力。理解の出来て居ない力。だからこそ、莫大な力を持っている気がする。
『悠樹!早く走れ!!』
悠汰が振り向いて、力強くそう怒鳴りつけてきた。『おぅ』と心の中で渇を入れるように叫び、祐司達の元へと走って行った……。