覚醒
苦しさはなくなった。
「悠樹」が握っていた胸を放し、ゆっくりと状態を起こした。
「悠樹!!大丈夫か??逃げろって何のこ……と……」
動ける。それとともに目の前にいたこの祐司。記憶の中での祐司の首を絞めている。力も入る。
いける。大丈夫だ。
ぎりぎりと鳴り響くその首を絞める力。
「悠樹!!放すんだ!!」
握り締めている腕を勝治。勝治が軽く叩いてくる。俺の視界に入ってきて、「悠樹」と呼ぶ。
この器は確かに「悠樹」かもしれないが。今の俺には名前がない。あえて「悠樹」を演じるのもいいかもしれない。
けれど。
「悠樹」に知っていて「俺」に知らない何かがある。何か忘れているのか。見えていないのか。どっちか解らない何かがある。
『悠樹!!その手を放すんだ!!』
「うわぁっ……」
どこからか聞こえてきたその声に、反射的に手を放してしまった。
周りを見回してもその声の主だと思えるやつは居ない。
「誰だ……今の声は誰だ」
『僕だよ悠樹!!見えてないの?』
「誰だ貴様は……」
急いで見回しても、誰も居ない。人入るけどその声の主は居ない。
首を絞めていた祐司は、漸く放してもらえた開放感に、肩を上下して呼吸をしていた。苦しかったかのように、絞められていた首に手を添えて。
「悠樹!!どうしたんだ!!」
真治。真治が俺の肩を掴み、思いっきり動かしてくる。
邪魔臭い
逆の手で、思いっきりそいつの首を絞める。そして、祐司を締めていたほうの右手でも、ソッと触れ、ゆっくりと力を入れていく。
「あっ………がっ……ゆ……き」
「悠樹!!どうしたんだ放せ!!」
勝治が必死に仲間を助けようとしていた。助けるかのように、首を絞めている俺の腕を握り締めてくる。
「悠樹??だれそれ」
クスッと笑って、力を加える。
『やめるんだ悠樹!!どうしたんだよ!!』
その声に反応してしまうこの器。反射的に力を抜いてしまい、そのまま頭を抱え込む。
「誰だ……貴様は誰なんだ……」
ソッと冷たい手が、俺のその腕をつかんできたかのように、腕の一部が手の形でひんやりとしてくる。
「うわっやだ……いる。そこにへんなのが……見えない変なのが……」
『悠樹!!?見えないの??』
≪悠汰……逃げて……皆……≫
「悠樹」が勝手に何かをしゃべっている。何か誰かに話しかけるように頭のどこかで声がしてくる。
『悠樹??今のは悠樹?』
≪なんか……変なやつに乗っ取られてる気分……悠汰お願いだから皆を逃がして……殺しちゃうよ≫
「だまれ!!貴様は誰なんだ」
『お前こそ誰なんだ!!』
その見えない何かが、「悠樹」に向ってではなく、何か直接俺に言ってきている。その言葉に反論したいが、その声に皆走らないような口ぶりだ。
反射的に靴を履いてみんなの中から出て行った。
「悠樹!!」
勝治や祐司が「悠樹」の名前を呼ぶ。
「貴様ら全員殺してやる……」
「目の色が違う…………乗っ取られてるのか??」
何かを推測するように、苦しそうな顔をしている真治が、ジッとこっちを見てきている。乗っ取られているのではない。乗ってっているのだ。ちがう。返し貰ったのだ。
俺の器を
やめて!!
苦しい。なんだろうか。つぎは俺が苦しい。何か。昔の自分が……違う。悠樹だ。悠樹が俺を……。
胸を押さえつけ、苦しい事を示すように座り込む。
はぁっはぁっと息は激しく苦しくなり、小刻みに身体を動かしてしまう。
『悠樹!!お願いだから悠樹を返せ!!』
返して……傷つかせるくらいだったら俺似返せ……ここの人たちを傷つけるな!!
「悠樹」が怒鳴ってる。俺を。お前の俺を殺そうと。いや。ちがう。何か違う何かがある。
「悠樹!!」
祐司だって勝治だって。真治だってその他の名前の知らないやつらだって、「俺」ではなく「悠樹」を知りたがってる。「悠樹」だけを助けたいかのように。
「俺」を助けるんじゃないのかお前らは。
「おま……えら……は…はぁっはぁっだめ……だ……悠樹……まだ出てきちゃ……だめ……だこれは……俺の……器……なんだか…ら……はぁっ……はぁっ……うっ……」
「お前は誰だ??」
もう目の前が見えないや。
◇◆◇◆◇◆
「ん……」
まぶしい光を浴びてることは解った。凄くまぶしい。この建物の中じゃ凄く珍しい光だった。
軽く瞼の上に手をやって光をさえぎりながら、ゆっくりと目を開いてみた。見る限りじゃ回りに心配そうな瞳の勝治や祐司。それに真治がいた。
さっきまでの何かの乱動は夢だったのだろうか。けれど、寝る前まではこんなにも人はいなかった。それに寝ているのに何でこんなにも明るいのだ。
「まぶしいよ……」
「悠樹……大丈夫か?」
「いや……大丈夫とかそういう問題以前にまぶしい……」
ゴソゴソと布団を書き上げようとするが、布団が見当たらない。いや。なんかおかしい。その所為で、眠かった目はさっぱり綺麗に開放され、かけていたはずの布団が、身体の下にあることに気付く。
少し思考を停止して、どうしてこうなっているのかを疑問のようにじっと布団を見つめる。
「あれ?俺布団被って寝てなかったっけ……?」
再び身体を上に向かせて状態を起こし、周りを見回した。
祐司と真治。勝治は寝る前まであやす様にいたからいいとして、どうして勝治も真治もいるのだろうか。
「祐司と……真治さんいつのまにきたの?あれ???俺記憶飛んでる??いや。寝てたもんな。飛ぶよね……あれ?」
全く持って現状がわかっていないことに、何か悠汰までも皆も大きなため息を疲れた。
――俺なんかしたー?!
もちろんなにかしたことを、一部始終すべてを勝治から聞いたのは、俺のパニックが収まったときだった。