音
ずっと静かになると思っていた。が、急に下のほうから銃声やらなんやらといろんな音がいろいろと鳴り響く。何が起きているのかと、反射的に悠汰も体を起こし、周りを見回していた。
何が起きているのかと、靴をきちんとはき、立ち上がろうとすると、真治が思いっきり肩を押して再びベッドに座らされる。皆して立ち上がり、俺をベッドの中心に追いやる。
靴を脱いでいないから、清潔感としてベッドに足をやることは精神的に無理だ。
『様子見てこようか?』
――ダメ……ここに居て……
ゆっくりと俺は悠汰の手を触れる。
――怖い
この部屋のすぐそこで、いろんなところをぶつけるような音が鳴り響いているのだ。銃声はなくなったものの、なんだかこの部屋の事を知り尽くしているように、確実に近づいてきていた。
ゆっくりではなく、まっすぐに歩くスピードと同じくらいに。
出来るだけ悠汰に近づいて、身体を小さくする。
バン!!
勢いよく扉が開いた。
その扉に居たのは、ショートヘアーで、どこかで見たことのあるような人。にやりと微笑んだとき、誰かがわかった。
「あっ……あなた……」
「悠樹君お久し振り」
にっこりと微笑む人。震える自分。
真治は驚いたような瞳で見つめていた。
コツコツというよりも、絨毯の上を歩く靴の音は、しんみりとしていてボソっという感じに近かった。
「悠樹!!逃げろ!!」
ドアのところから急いで走ってきた勝治と祐司が、その女の人を止めるように銃を構えていた。けれど、俺の体は何かに凍りついたかのように固まってしまって、思考すらも動いていない。
この前にも会った人。
あの時は助けるかのように話をかけてきてくれて、確かに部屋につれてきてくれた。あの時本当は連れて行ったほうがこんなにも面倒なことにならなかっただろうに、どうしてあの時助けたのか。そんなことを考えていたはずなのに、なかなかあたまがまわらない。
何かに取り付かれたかのように、身体がピタリと固まってしまった。
今自分がどのような表情をしているのか解らない。目の前に一緒に来ていた男の人たちが、ざぁっと並ぶように立っている。真治はベッドの上をまたぐように後ろ側に行き、後ろから俺の腕をつかむ。
『悠樹立って!!逃げるよ』
悠汰も、必死に腕をつかんで動かそうとするが、ボーっとしているのか唖然としているのか、自分でもわからない。解らないからその女の人の瞳が怖い。
すべてを見据えて、解りつくしたような瞳。
勝ち誇ったような瞳。
「ねぇ悠樹?久し振り。私のところに来ない?忘れたなんていわないよね?こんなに寂れたようなところじゃなくて、もうチョッと裕福にして上げれるわよ?豪華な食事に。どうせ今日の朝ごはんだって頂いてないんでしょ??ね?」
「悠樹逃げろ!!」
祐司が怒鳴り散らしている。逃げなきゃいけないのは頭ではきちんとわかってる。ただ。足が全く動かない。
「ちょっと待て。お前いつ悠樹に会ったって言うんだ!!」
勝治が思いっきり怒鳴る。それにフッと鼻で笑うように笑い飛ばし、女はスパッと昨日といった。
「昨日の夜。この子が迷っているところを助けてあげたのよ。本当はさっきなんか言われるかと思ったけど、知らなかったなんてね。悠樹……あなた偉いわね。言わなかったんだ」
えばる様に見下ろしてくるその女性に、俺は漸く足が動いた。ゆっくりと前に。
「悠樹!行っちゃダメだって」
思いっきり後ろから真治に抱き上げられる。一瞬にして、窓の方にまで下がっていく。
『悠樹?俺に命令して!!』
――え……
『いいからあの女一発殴るから「はぁくいしばれ」とでもいって!!早く』
そういって、さっさと女の目の前にまで立ちはだかるようにたった。
にやりと微笑み、ゆっくりと口を動かした。
「そこのくそ女!!歯ぁ食い縛れ!!」
「悠樹??」
周りのやつらは何が行われるのかと、あっちを見たりこっちをみたりだ。悠汰はにっこり笑って思いっきり女の事を殴り飛ばした。
急な事過ぎて回りはキョトンとしている。
どうせ外にもこいつらの手のものは居るだろう。けれど、ここに居るのはこの女だけ。にっこり笑って俺は真治の方を向きなおす。
「勝った」
ピースをして力の弱まっている真治の腕から開放されるように、さっさと祐司たちのほうに向かう。いや。祐司ではなくその転げた女の人から、5歩くらい下がったところから見下ろすように見つめる。
何がおきたのかわかっていないその女性は、殴られた頬に触れ、ゆっくりとこっちに視線をずらした。
本当はここで捕まえてやりたいのだろうが、頭が多少パニクっているのだろう。なんていったって、軽く遠隔操作みたいなことをしているのと同じことだろう。
「あなた今何をしたの!?」
かすれた声で、しゃべるのも痛そうな唇で、そう叫んできた。
何をしたかといえば、殴る以外、何もいえない。悠汰は何か勝ち誇ったように、エッヘンとして女性の目の前に立った。
「何したんだろうねぇ〜。心霊現象じゃない??」
にっこりと微笑むように、俺も見下ろしてやった。
本当に何か勝てたような気がするが、これで終わりではないことくらいわかっている。なんて言ったって、その女性の腰の部分には、拳銃が装備されている。それにゆっくりと指をかけることくらい解っていた。
それに気づいた周りの男たちは、力強く倒れている女性を取り押さえるように肩を掴むやつと、手足を抑えるやつ。などで男の集団に囲まれていた。
軽がると縄なのか何かで掴まれている女性を見ると、何か嬉しくなってクスッと笑ってしまった。それよりも先に、悠汰が声を上げて笑い叫んでいた。きっとそれにつられたのだろう。だんだんクスクスと笑ってしまう。
女性を立たせると、さっさと後ろで腕をつかんだのか、そのまま連行して部屋を出て行った。それを見送る勝治と祐司。ゆっくりと近づいてきた真治。三人して俺たちのほうを向いていた。
本当にさっきのを心霊現象と思ってくれるととても嬉しいのだが、よく考えてみれば、これをどうやって説明しようかだ。それを考えただけで、笑いは吹き飛び、だんだんと血の気が退いていくような気がした。ソッとその手を祐司がつかむ。
「今の。何が起きたんだ」
真剣な瞳でもあり、何か前の誰かと同じ化物を見るような瞳。
なんだかもう、それになれた感じだ。なんて言ったって最初の印象が最初の印象で、名前を知っているなりドアが閉まったり。
なんだかもう全体的に全部が心霊現象に思えてきてもいいくらいなのに、今更本当のことを言うのもいいかもしれないけど、言わないのも面白そうだ。といっても、この理由を何か言わなきゃいけないことくらいは理解している。
何にしようと考えていると、なんだか三人して睨みつけてくる。
「えっとぉ〜…………………………えぇ〜っと」
目線を外して、この作戦を考えた悠汰の方を見る。が、知らん振りをするように、悠汰まで目線をずらしてきた。
ずるいとおもったが、確かに賛成して言うことを言ったのは俺だし、ドアを開けるように命令したのも俺だ。最初の方は確かに俺だけど、今のは違う。
「だから心霊現象じゃないの?……」
恐々とそう言ってみるが、呆れるというよりも、何かに怒ったような瞳をされる。ヤッパリ起こっているのだろうか。けれど、確かにあの女の人が言っていることは当たっている。
朝ごはん。貰ってない。
なんか拉致られたあとに、プチ監禁。その上チャッカリ餌を与えられない犬みたいな状況だ。飯くらいくれても良いのにとは確かに思うし、外に出たい。けど、今日のことで狂ったやつらがいるということは理解した。
これが俺の力だって言うんだったら別にいいけど、こんなの俺ではなく悠汰だ。俺は悠汰であって悠汰は俺である、けれど精神的には悠汰は俺ではない。
このことをどのように説明することも出来ない。
一歩下がると、真治が腕をつかむ。その力は思った以上の力があるし、俺を抱き上げるくらいの力を持っていることは、本当に意外すぎて、少しばかり恐怖を覚える。
『このさい思いっきり、大きなことしてみたりしたらどうしましょ?』
なんて凄く他人事のように言ってくる悠汰に、大きなため息を向けてやりたかったが、そのため息を真治達に聞かせるわけには行かなかった。
今のこの力のことよりも、今は先ずどうしてあの時扉が閉まったのか。と、どうして鍵の閉めたこの扉がいきなりあんなにも軽々と、開いてしまったのか。この二点については触れてくれないのかと疑問に思う。
――お願いだからことを大きくしない方が身のため…………なぁ、もし皆が言っている俺の力って言うのが、悠汰のことだったらどうする?
『………どうだろう……違う……とは言い切れないかもしれないけど、少なからずとも違う力があるような気がするんだよね僕には』
――そっか……じゃあまだ様子を見たほうがいいよね
とは自分に言い聞かせるように言ったものの、不安なことには間違えなかった。なんていったって、本当のことを言ったとしても、これからのこともある。
それにこれが俺の力だなんていったところで、他に力が芽生えてしまったら、結局は言わなければならない。けれど、どっちにしたっていつかは悠汰のことを言わなくてはならないことにならなくもないのだ。
まだ土村家がこの家全体を囲っているのならば、それをどうにかしなければならないのに、こんな事一つのためにこんなにも、しんみりしなくてもいいのではないのだろうか。なんて思うのは、少しばかりいけないことなのだろうか。
だんだん自分での思考が出来てくると、かなり他人事のような言いようになってしまう。
こんなのはいけない。そうは思うものの、ヤッパリ何かぴんとこないものがある。
グゥゥゥゥッ……
ヤッパリ考えるには、お腹に何か蓄えたい。
お腹に手をやって、擦りながらも、ベッドの隣にある小さな台の下においておいたパンに手をつけ、袋から取り出しパクッと口に含めた。
「なんで俺が朝ごはん貰ってないこと知ってたんだろうあの人……」
「その前に昨日この建物の中に入ってきていたとはな」
祐司が腕を組みながら黙々と考え出した。それに対して、ハッと真治も勝治も、悩みこんでいた祐司も、監査室で言った言葉を思い出したみたいに、俺の顔を見てきた。
何でむいてきたのかわからなかった俺は、目線を三人に合わせるようにキョロキョロ見回しながら、パンを銜え、なに?という瞳で見てやった。
「お前!何であの時きちんと言わなかった!」
勝治が顔色変えて、思いっきり怒鳴りつけてきた。
だってあんなにもからかうように言われたら、言い返す気にもならないじゃないか。それにそんな事なんか気にもしていないようすだったから、適当に流してしまって、言われるまで気づかなかった。なんてことは言わないでおこう。
勢いよく肩を掴み、睨みつける。
「あの時きちんと言っておけばこのようなことは起きなかったかもしれないんだぞ?!」
「だって敵がチャッカリ中に入ってるなんて思わないじゃん!!それに一応助けてくれたようなもんだし……」
最後の方はボソボソッと口の中で消えて言ったような気がする。
なんだか今まで怒ってくるのは勝治のような気もするのだが、絶対このことについては、すみませんの一言をいわなければならない気がしてきた。
本当は女性のことを言おうとは思っていたのだが、困っていた。言おうかどうか本当に迷っていた。言った時に言ったあの「口説こうとしたのか?バカじゃねぇの?」という一言で、さっぱり言う気がしなくなっていた。
なかなか言わない俺の肩を掴んでいた手に、グッと力が入る。
「イッ……たっ……」
『大丈夫?悠樹……』
――痛いけど……うん
『勝治さんは素直な子には優しいよ』
凄く他人事だ。
「ご……ごめんなさ……い……」
素直にそういうと、少し複雑そうな顔をされてしまった。