収支計算
希望物件は私の仕事柄すぐ見つかった。
駅から五分の場所に20坪で15万という安さで、
私が考えているような物件を抑えることができた。
しかも、運の良いことに学習塾の居抜きだ。
少子化のこの時代、学習塾経営も大手に押されてなかなか厳しいのだろう。
中は9坪弱の部屋2つに区切られていた。
保証金を4ヶ月にまけてもらい、礼金が1ヶ月。
仲介手数料は私の会社を通すことで、ただで済んだ。
私は物件の契約が終わると、準備の為会社を辞めた。
約1ヶ月
営業回り、求人募集、生徒募集で忙しい間に過ぎた。
経費節減のため、チラシも手作りで自宅のパソコンで原版を作り。
会社の輪転機で印刷させてもらった。
私はもともとこういう作業は苦手ではなかった。
生徒募集は住民基本台帳を閲覧し、
ターゲットの家にチラシを配った。
午前中は毎日このチラシ配りで終わり、
午後は近隣の飲食店や商店に営業回りをした。
オープン日は学校に併せて4月6日を予定していた。
「なかなかがんばっているようですな。」
オープンまで二週間を切ったこの日、チラシ配りから戻ると、
教室の前に先生がいた。
「先生。」
先生はいつものように和服姿で、先生の放つオーラは周りの人注目を集めていた。
私はいい宣伝効果になるなと思った。
「どうですか調子の方は?」
「はい、おかげさまで先生に34人もご紹介いただいたもので、
何とかなりそうです。
チラシの反響も5件ほどありまして、
今日も午後から一人アポが入っているのです。」
「そうですか、それは良かったですね。」
「先生ここではなんですから、中へ。」
私は先生を2階にある、教室へ案内した。
「随分片付きましたね。」
「ええ、何しろオープンまであと二週間ほどですから・・。」
先生は教室の一番前の席に座った。
回りを見回して満足そうな顔をしている。
「求人の方はどうなんです?」
「はい、昨日よい方が面接にこられましてとりあえず一人採用です。
まだ募集していますが・・・。」
ここまでは割と順調だった。
「広告主の方は?」
「ええまだ、オープンして実績がないので2件だけです。
斜め向かいの居酒屋さんと 駅前のコーヒーショップだけですね。
広告料は月1万なので、まだ2万円しか・・。」
私は力なく答えた。
「一月で2件も取れるなんて、たいしたものじゃないですか。
さすが営業ですね。」
先生は励ますつもりかも知れないが、私には嫌味に聞こえた。
「はあ・・・。」
「そこのダンボールは?」
「えっ?ああこれは二度撒きようのチラシです。」
「ちょっと見せていただけますか。」
「ええ。はいどうぞ。」
チラシを先生に渡した。
(おかげさまで、残り定員もわずかとなりました。)
チラシにはそう書いてある。
先生はチラシを暫く見て、何も言わずに置いた。
「オープンしてから撒く予定なんです。」
「そうですか。なかなか良いですね、人の心理を上手くついています。」
暫く沈黙が続く。
実のところ私はだいぶ不安だった。
収支計算が赤字になりそうだからだ。
結局月謝はテキスト代込みで8000円になったが、
40人で32万。
広告費で2万
収入は34万しかない。
そこから家賃と人件費を引くのだ。
一月目から赤字になりそうだった。
普通の会社ならありえないだろう・・・。
運転資金と私の私の貯金が底を尽きる前になんとしても
成功しなければならない。
「オープンが楽しみですな。」
先生はのんきに目の前のホワイトボードを見ながら言った。