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資産

若者達をかえした後、先生は私を向かい側に座らせた。

そして私に諭すように、

ゆっくりと語りだした。

私の目を見て瞬間的に私の心を読まれた気がした。


「先ほどの問題は色々な考え方があるようです。

人間にとっての最大の悩みと言っても過言ではないでしょう。

今も世の中にはたくさんの宗教がありそれにより、

たくさんの争い事もあります。

私個人的には、神というものは人間が作り出した、

精神安定剤の役目をするコンテンツに過ぎないと思います。」


先生の口からコンテンツという言葉が出てきて驚いた。

「ええそうですか。」

あくまでも現実主義の先生に神についての議論をするつもりはない。

今日はそれ以外のことを聞きに来たのだ。


「ところで、今日はどういったお話で・・・・?」

またしても先生は私の気持ちを読んだのか、

私に用件を話すように促した。


「はい、ええ・・。聞けば先生はどのような質問にも答えてくれるとか・・・。」

「ええ。何でもお気軽に聞いてください。」


「実は前回お邪魔したときから気になっていたんですが、・・・。」

私は言葉を濁した。

「何でしょう私にお力になれることであれば、お気になさらずお聞きください。」


「・・それは先生の個人的なことでもよろしいのでしょうか?」

「えっ?」

先生は少し困惑したようだった。

「何でも答えてくれるのであれば、私は先生ご自身のことについて

お聞きしたいのです。

プライベートなことなので失礼とは思いますが・・・。」


「私のことなど、人にお話するようなものではありませんが、

答えられる範囲であればお答えします。」


「ありがとうございます。それではまず先生の現在の生活についてです。

お見受けするところ、相当な財産をお持ちのように見受けられますが、

収入はどうされているのですか?」

「収入はわずかな年金と資産運用です。」


「大変失礼ですが、相談者から寄付を頂いているのでは?」

「それはありません。私は年寄りの楽しみでやっているので、

お金を頂くようなことはありません。」

先生は失礼な質問に対しても、穏やかに紳士的に答えた。


「そうですか。ありがとうございます。」

「何か取材のようですな。」

先生は笑った。


「ええすみません。資産運用と申されましたが、具体的には?」

「そこまで話さなければなりませんか。

大まかに言うと、株と不動産です。」


「なるほど、では先生のご退職するまでの経歴を聞きたいのですが。」

私は株と聞いて、どこか大会社の役員ではないかと思ったのだ。


「残念ながらあなたが想像するような華やかなものではありませんよ。

戦争が終わってから、私はテープメーカの工場で

工員として、定年まで働いていました。」

「テープメーカ?」

「そうです。こうペタッと貼るあのテープです。」


「はあー。それは意外でした。私はてっきり・・・。」

「ははは、がっかりしましたか。」

「いえ、そんな。」


工員と聞いてなんだか先生がとても身近に感じられた。

親近感が沸くとはこういうことだろうか?


「工員というのはあれでいて、なかなか大変でして、

私も若い頃は汗まみれになって働きました。

ただ、あの仕事は定時に終わるので、時間はたくさんあるのです。」

私は先生の若い頃を想像してみた。

「サイレンが鳴ると、遊びに行くものもありますが、

あいにく私は酒はやらないので、本ばかり読んでいました。

仲間からはよく堅すぎると言われました。」


「そうですか。ご苦労なさったのですね。ではこのご自宅は代々?」

「いいえ。私が買いました。」


「それはすごい。どのようにして?」

「どういうわけか私が退職するときは好景気でしてね。」

「ああ、いわゆるバブルですね。」

「そうです。あの時分退職金を貰えば、何かしら事業を起こしたりする

人も少なくありませんでした。」

「それでは先生も?」

「いいえ、私は商売と言う柄ではありませんから。

真面目だけがとりえの、頭の固い男です。」

「はあ。」


「私は退職金で株をはじめたのです。」

「株ですか。」

「ええ。もっとも工員時代から経済には興味がありまして、

実際に株を買うまでにだいぶ勉強はしていたのですが・・」


「やはり努力家ですね。」

「いえいえ。そういうのが好きなのです。」


「しかし、よくバブルの崩壊を乗り切れましたね。」

「ええ。自分でも不思議なのですが、私の周りの人間も相当損をした

人も多いようです。

それは欲を掻きすぎたのだと思います。

自分の身の丈に合わない取引をしていたのですから。

その代償も大きいのでしょう。

多くは不動産に手を出した人が大変だったみたいですね。」


私はバブルのことを詳しくは知らないが、

自分なりに整理してみた。

日経平均が4万以上した時代だ。

株価のうなぎのぼりはすごいだろう。

先生はバブルを見事に売り抜けたのだろう。


「株である程度もうかると、私のところもよく銀行が融資の話に来ました。

あの当時は借り手市場ですから、銀行も不動産の購入にはじゃんじゃん

貸していましたからね。」

「借りなかったのですか?」

「ええ。」

「不動産には興味なかったのですか?」

「ええ。何しろ一週間単位で、ワンルームマンションの値段が上がった

りする時代ですから。今考えると異常ですよ。

毎週月曜日には不動産屋の前には行列ができたりしていたのですよ。」

「へー。知らなかった。」

不動産業界にいる者として少し恥ずかしい。

うらやましい話だなと思った。


「ところで、先ほど案内してくれた女性は先生の・・・?」

「ああ・娘ですよ。」


今話を聞いた限りでは、怪しい点はない。

本当に趣味でやっているだけなのか。


「少しは信用して頂けましたかな。」

先生は私の猜疑心を知っていて答えてくれたようだった。

「あっ。ええすみません。」

「あやまることはありませんよ。」


私は物事を歪んだ目でしか見られない

自分を恥じた。


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