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若者達

先生に会った次の日、私はいつものように会社でマイソクの整理をしていた。

昨日先生が言った、闇の中で瞬く光という言葉について、

どこかで聞いたような気がしていたので、ずっと考えていた。

しかし思い出せない。

私は記憶力が良いほうでもないので、諦めようとしていたが、

何か引っかかっていた。


確かに先生の言ったことは辻褄があっていたが、

あの風体といいどうも胡散臭い。

いかにも先生といったような、顎鬚に品の良い着物。

そして明治時代のような立派な客間の和室。

かなりのお金持ちと見受ける。

退職する前にはどのような仕事をしていたのだろうか?

それとも現在スポンサーのような信者がいるのだろうか?

いずれにしてもただの隠居したじいさんではない。

只者ではないのだ。


会社で内勤をしていると先生のことばかり考えてしまう。


私はやはり気になるので、同僚の宮沢君に何気なく聞いてみた。

「宮沢君。{闇の中に瞬く光}ってきいたことない?」

「何ですか?いきなり。」


「いや。朝から何の言葉だったずっと気になっていて。」

「さぁ・・?聞いたことありませんね。

でも、何か怪しい響きがしますね。

何かの宗教みたいな。」


「宗教・?」

「ええ。よく無料で配ってるやつとかあるじゃないですか。

会報見たいの。そういうイメージですね。

あっ。ただ思いつきで言ってみただけなので、気にしないで下さい。」


宗教ではない。

私は無宗教だし、そのような冊子を手に取ることもない。


「そういうのじゃなくて、もっと軽いものだつた様な気がする。

何か小説とか映画のような気がするが、

何だっただろう?

まあ。いいや。悪かったね突然。」

「ほんとですよ。吉田さんたまに急に変なこと言い出すから、

あせりますよ。」


小説といえば思い出したのだが、

武者小路実篤の小説で先生みたいなやつがあったな。

私は一人で思い出して笑った。


「今度は何一人でにやけてるんですか。気持ち悪いですよ。」

「ああ。ちょっと思い出してね。」


「思い出し笑いをする人はエロいって言いますよね。」

事務の山崎さんが会話に入ってくる。

美人で、仕事も早い女性社員。

彼女が経理などの事務をしているからうちの支店ももっているようなものだ。

ちなみに彼氏持ち。


「えっ。今頃知ったの。」

私は乗ってみた。

「いえ、吉田さんの場合は前から知ってましたけど。」

結構きつい。


「それと吉田さん。さっきのって、ナウシカじゃありません?」

「ナウシカ。?」


「そう。風の谷のナウシカ。」

ああそうだった。

よく覚えていないが、主人公ナウシカの言った台詞だ。


「僕。ナウシカ好きで、ビデオも持ってるけど、

そんなのありましたっけ。?」

宮沢君は不信そうだ。

「違うんだ。うん。確かにそうだよ。漫画の方でしょ。

後半の部分でナウシカの言った台詞だ。」


「ええー。ナウシカに漫画なんてあっんですか?

知らなかった。」


やはり山崎さんはできる女だ。

しかし、あの老人がナウシカのしかも漫画版なんて読むだろうか?

やはりただの偶然か。

私は今週もまた先生のところへ行ってみようかなという気になっていた。



早速次の水曜日私は再び先生のところを訪ねた。

先生の家は私の家から電車で30分程の私鉄沿線の閑静な住宅街の一角にある。

周りの家も立派だが、先生の家は伝統的な日本家屋で、

やはりひときわ目を引く。

土地は150坪といったところか。

資産価値はかなりのものだ。

一低じゃなきゃ、マンション業者が喉から手が出るほどほしいだろう。


その日は前回のように、先生は玄関まで迎えにきてくれなかった。

その代わり中年の女性が私を客間まで、案内してくれた。

東北人のような色の白さで、長い髪を後ろで束ねてたなかなかの美人だった。

後ろを歩いていてチラと見えるうなじが妙に色っぽかった。

女はやはり和服を着ていた。

品のある歩き方から

ひょっとしたら先生の娘さんかなと思った。


部屋に入ると、その日は先客があった。

二人の若者が先生の前で向かい合って座っていた。

何やら議論しているようだった。


「やあ。吉田さんよく来て下さった。」

先生は私に気づき私を手招きした。

「さあ。こちらへ。」

二人の若者も私をちらりと見て、軽く頭を下げた。


「ああどうも、先日は・・。」

私は招かれるまま、先生の横へ座った。


「さあ、続けなさい。」

「はい。」


先生は若者たちに議論を続けるよう指示した。

先生は、綺麗な鶯色の着物を着ていた。

どこかのお宝鑑定士のようだ。


「ここで、言う神とは共通心理の上で成り立った

偶像化され形であらわせられる宗教で言う神のようなものを

言うわけであって、

君の言うようなものではわからないよ。」

「それでは言おう。

僕はただ神は人間の心の中にあるものだと言ったに過ぎない。

君の言う共通心理とかそういったものは全て後の話だ。

例えばそういった共通心理を持たない無神論者でも、

悪いことができないのは何故か?

僕はそれが言いたいのだ。」


どうやら神について、話しているらしかった。

「つまりそれは良心ではないのか?」

「良心とも言える。

しかし僕はまだ頭が悪いので、上手く表現できないが、

何かそれを含めた大きなものがある。」


「難しい問題ですな。」

先生は前を向いたまま私に語りかけてきた。

「あっ。はい。」

先生の目は二人の若者を通り過ごして、

随分先を見ているような遠い目をしていた。


神について考えることなど、学生時代以外に日常生活であるだろうか?

私もものすごく幸せなことや、その逆があった時に

神について考えることもあるが、

もちろん結論はでない。

私はどちらかといえば、眼鏡の若者が言ったように、

人それぞれ考え方が違う心の中にあるものだと思う。


無理に他人に理解させようとするのはどうも胡散臭い。


激論は続いていたが、先生はこれ以上の発展はないとしたのか、

議論は中断された。


若者たちはまだ、言いたいことがありそうだった。





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