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 私が先生の噂を耳にしたのは、二週間前のことだった。


私は池袋の不動産会社で働くごく普通の営業マンだ。

入社して9年になるが、役職もなく、

成績はよくも悪くもなく、何のとりえもない何処にでもいるような

サラリーマンだ。

不動産業といえば儲かるというイメージがあるかもしれないが、

それは売買の話。

ウチのような賃貸しかやっていない小さな会社は、

決して給料も良いとは言えない。


その日もいつものように満員電車に揺られ通勤し、

来店したお客様様を案内している時だった。


「帰りに先生に聞いてみよう。」


この仕事をしていると、やはり色々なお客様がいる。

風水や占いの先生に自分の住む部屋を診てもらう人も少なくない。

私自信はあまりそういうものに興味はないが、

長年の営業経験でそれなりに知識はもっている。


「先生とおっしゃいますと、風水の先生ですか?」

私は聞いてみた。

わかる範囲であれば話に加われるし、要望を聞いておきたいからだ。


「えっ。いや違うんですよ。部屋とはまったく関係ないんです。」


カップルの女の方が丁寧に答えた。

たいていカップルの場合部屋選びの決定権は女性が多い。

したがって私と会話するのも女性が多く感じられる。


「お恥ずかしい話ですが、先ほどから神について討論しておりましてね。」

男の発言は突飛おしもなかった。

インテリ風な眼鏡をかけた男性はまともな話方をするので、

信用していたが、人は見かけによらない。

「いや、勘違いしないで下さい。別に、宗教とかそういうのじゃないんです。

神とは何か? 本当にいるのかなどと女房と話しておりましてね。

ずっと考えていたのです。」


「はぁー。深い話ですね。」

私は何気なくあいずちをうった。


「私たち夫婦は夜に討論するのが趣味なんです。

経済の話から時代の流行など、お互いが納得するまで話し合うんです。

それが、たまたま昨日議題にあがったのが{神とは何か?}でしてね。

正直お互いぶつけ合う理論もあまり出てこないわけですよ。」


正直良い関係だな。とうらやましく思った。

私は独身だが、ここ何年か人と熱くそのような話を語り合うことなどない。

学生時代は朝まで真剣に友人と議論をぶつけ合ったりしたものだ。

それがいつのまにか難しい話だからと、話題にあげようともしない。

営業をやっているからというわけではないが、

非常に希薄になっている人間関係を感じずにはいられない。

私も頭の良い彼女と日本経済なんかについて、朝まで語りたいものだ。


「それで、一度気になってしまってたら、夜も眠れない性格でして、

なんらかの形で、納得したいと思っているんですよ。」


「なるほどそういうわけでしたか。」


「ええウチの人さっきから部屋を見ていても、真剣に見ているのかどうか。

男の人は一つのことしか考えられない人多いでしょう。」

「そうですね。」


「その点女は部屋を見ながら今日の夕飯や見たいテレビのことを考えていても、

しっかりと部屋のことも考えられるんです。

やっぱり最後に見せていただいた部屋が一番いいと思います。

あれに決めようと思います。」


「そうですか。私もお勧めしたかいがあります。

では社に戻ったら早速申し込みを入れましょう。」


さすがに言うとおりしっかりと見ている。

家賃 駅距離 設備 築年数 どれをとっても悪くないきめ物だ。

申し込みが入るのはいいが、

私はその先生のことが、気になって仕方なかった。

当然聞かずにはいられない。


「それでその先生というのは・・・?」

「えっ! 興味あります?」

男性はうれしそうに身を乗り出して聞いてきた。


「ええ。そんな質問に答えてくれる先生というのは一体どんな方

なのかと思いまして。」

「普通のおじいさんなんですがね。弁論師をしている人です。

辻村 弁論師でググッてみて下さい。

インターネットでは結構話題になっていますよ。」

「一部ではね。」

女は冷たく付け足した。

もしかしたら奥さんはあまり旦那の議論癖を好んでないのかも知れない。


「ありがとうございます。

今度は私が夜眠れなくなるところでしたよ。」

私はどうでも良い冗談を返して帰ったら、早速調べてみようと思った。







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