先生
「人は死ぬとどうなるのでしょう?」
「無ですよ。」
「は?・・。」
「無。」
先生のあまりの即答振りに私は戸惑った。
「その質問は、色々な人から何度も尋ねられました。
その度に私は無と答えているのです。」
先生は毅然とした態度でそうおっしゃられた。
正座した膝の上の両手は軽く握られたままピクリとも動かない。
「無といいますと?」
「宗教では天国や地獄。神の国・霊界などというものがありますが、
私はそういったものは存在しないと思うのです。
死というのは闇です。
暗闇です。
そして生、つまり生命は闇の中の光なのです。」
「そうすると我々人間も闇から生まれて闇に帰るというわけですね。」
「まあ、簡単に言うとそうです。」
「では我々の意識は闇の中でどうなるのですか。?」
「意識はありません。私は魂の存在自体を否定しますからね。」
「ちょっとまって下さい。
それでは時間という観念はどうなるのでしょうか。
歴史は常に動いているはずです。
生まれ変わりとか、仏教で言う輪廻転生みたいなもののほうが、判り易くて
筋が通っているような気がしますが・・・。」
先生は自分の顎鬚を右手でやさしくなで、一呼吸おいてから語りだした。
「それでは解りやすく説明しましょう。
この世の根本は闇です。それは宇宙を見て頂ければ判ると思います。
例えるなら我々の命はいわば、宇宙の中の星のようなものです。
そしてその生命の明滅は永遠に繰り返されるわけです。
光を放っている時はこの世に生を受けている時。
それが我々にとっての人生なのです。」
「星ですか。」
「あくまでも解りやすく例えた話ですが・・。」
「いくつか質問させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ。」
「では、例えば今の人生が一回目の光の点灯だとしますよね。
明滅は永遠に繰り返すわけだから、点いたり消えたりしますよね。
そして死んで闇の後に二回目の点灯がありますよね。
その時の人生はどうなるのですか?」
「同じです。一回目も二回目も。」
「は?・・。それでは先ほど言ったように、時間的観念から見た場合おかしいですよ。」
私は先生に口論で勝つつもりで、強い口調で言い放った。
「時間という概念は人間が作り出したものです。
宇宙の普遍的な真理ではありません。
私はさっき生命は闇の中にまたたく光で、星のようなものだと言いました。
その一つ一つの星には物語りがあるのです。
その物語は時間という概念を使って説明するなら、一定なのです。
つまり1967年7月4日に生まれた人ならば、
二回目のスタートも1967年7月4日なのです。
だから私が自分自身である限り、永遠に何回も今を経験するわけです。
もちろん宇宙的闇には時間という感覚がないので、
一回目・二回目という意識はなく、前に経験したことを覚えているなどということは
ありえないですから、人生に何の疑問もないのです。
しかし、極まれ記憶に残っていることがあります。
あなたはデ。ジャヴを経験した事はありませんかな?」
デ・ジャヴ・・
その言葉は知っていた。
前に同じようなことを経験したような錯覚にとらわれることだ。
私は何とか反論したかったが、知識がないのと
初対面ということで、遠慮もあり、素直に聞くことにした。
「先生のおっしゃるていることはなんとなくですが、
解るような気がします。
ありがとうございます。
今後もちょくちょくお邪魔してもよろしいでしょうか。」
「もちろん。いつでもいらして下さい。
しがない隠居生活の身ですから、時間はいくらでもあります。
それよりもうよろしいのですか?」
「はい。とても興味深いお話なのでもう少し聞いて見たいのですが、
私も仕事をしているので、長い時間お邪魔しているわけにはいかないのです。」
「そうですか。それは残念です。ではまた近いうちにお会いしましょう。」
「はい。必ず時間を作って参ります。
今日は本当にありがとうございました。」
「こちらこそ。どうも。」
先生は先ほどとは別人のような笑顔を見せた。
皺をよせたその笑顔はなんともいえないものだった。
その笑顔は暫く私の脳裏に焼きついて消えなかった。