3話
同級生のカイ曰く、宝座璃優は全国統一模試で必ず上位に入る才女なのだとか。しかし興味本位で話をかけても会話が成立せず、今まで多々問題があったらしい。先生たちからは半ば諦められていて、他の生徒たちから奇異の目で見られている。付けられたあだ名が「インパクト」。初対面での理解し難い言動、そして無意味に奪われたニケツのことを思い返せば、確かにインパクトのある子だ。
有名になるだけのことはある。
そして、俺はまだまだ甘かった。
あの時、徹底的に断っていれば良かったのだ。むしろ無視して帰れば良かった。
突然カイが顔をこわばらせた。
「あわ、あわわ」
とか言いながら、青ざめた顔で俺を指さしてくる。
どーしたんだよ? と訝しんで見返すと、目線が合わず、どうやら俺を見ているのではないことがわかった。俺は窓側の席で、カイ側から俺の後ろを指さしたってそこには三階からみた外の景色が見えるだけなのだが。カイは俺の後ろ、窓の方を見て固まっている。
「何だよ急に」
その視線の先を追って、窓側の方をちらっと振りかえると、
「にぬあっ」
思わず自分でも信じられない素っ頓狂な声がもれた。
そして、すぐにまた向き直った。
何も見なかった。そういうことにしておきたかった。絶対に触れちゃならない。こればかりは係わってはいけないと本能が訴えている。
だが、どうやら遅いようだった。
教室中がすでに驚愕のうちに静まりかえっている。
「マジか……」
俺は額に手を当て、うなだれる。
「な、なんで、なんでここに」
カイは驚き過ぎて声が途中で裏返っている。
無理もない。
三階教室の窓の外に、インパクトがぴったり張りついていたのだから。
ちらっと見ると、ニコッと返される。
「……なにやってんの」
「窓に張りついてるよ」
「みりゃわかる! なんで張りついてんのか、ってこと!」
「胸に手をあてて自分に聞いたら?」
その方がいいわ、にこにこ! とほほえむインパクト。
ゆっくり窓を開けて、とりあえず教室に引っ張り入れる。
「落っこちたらどーすんだよ! あぶないだろうが!」
「心配してくれる気持ちがうれしい!」
「ちがう! そーゆーのじゃない!」
わなわな怒りがこみあげてきて震える俺の肩を、カイがぽんぽん叩いた。
「まあ、おちつけよ。彼女も本気ってことなんじゃないのか。ここまでするだなんて」
「本気だからって三階の窓に張りつくか? 異常だよ!」
「まって勘違いしないで。こんなのまだまだ本気じゃない。もっとがんばれる」
インパクト、がっつポーズ!
「がんばるな! そんな意味わかんないこと青春の無駄使いだ! いいか? この際だから、はっきり言わせてもらうけど、俺はムリだよ。絶対おまえなんかとは付き合えない」
「そうだね。付き合うとかいうレベルの話じゃないものね。永遠の愛を確かめあう仲っていうことだし、うんうん」
「どう歪曲して考えたらそうなるの!? ポジティブなの!?」
もう目を丸くして愕然とする。
「それじゃあ私、授業があるからこれで失礼するわ。しばしのお別れ」
くちびるに指をそえて「チュッ」と放たれた投げキッスに、俺はぞくぞく身震いした。
§§
昼休み。おなかが空いたバリバリの体育系にとって、栄養摂取を為す大切な時間だ。何人たりともその邪魔だけは絶対にさせてはならない。
「べつに邪魔してないわ。一緒にたべようって言っただけだもの」
「勝手に地の文からこころを読むな。つうか、まだ許諾してもないのに目の前で食べ始めるとか俺、すげーと思うぞ」
「まあ弁当おいしい!」
「スルーっ!? ……悪いけどさ、おれ屋上で食べてくるからお前ここで食べてろよ」
自席から立ち上がると、インパクトもほぼ同時にがっと立ち上がった。こわい。
「あなたが屋上で食べるならわたしもそこで食べるわ」
「やだよ、まわりから勘違いされるだろ!」
「何を勘違いされるの?」
ときめく乙女ばりに目をぱちぱちさせるインパクト。バカなのか狡猾なのか。
「いろいろ、だよ! とにかくやなの!」
「そんなの、わたしもやなの!」
言い返せば言い返す激昂アヒルよろしくがっーがっー! 文句を言いつつ付いてくるインパクトを完全無視して屋上へ逃げたが結局は鐘の鳴る最後の最後まで一緒だった。
§§
放課後、部活終わりのへとへとな時間。俺は、隠れていた。理由はほかでもない、ストーカーガール・ザ・インパクトの脅威から逃れるべくだ。場所は部室の窓から抜け出した校舎の脇道をすこしいった倉庫の中の外用バスケットボール入れの後ろ。さすがのインパクトも、部活終わり1時間以上を経過したらば「ああ帰ったな」と判断して諦めるだろう。思い返せば、朝には「三階の窓に張り付く」事件、お昼休みには「一緒にたべよ付きまとう」事件。さんざんだ。もうほんと疲れる部活終わりだけは、絶対に逃れなければならない。
「なにしてるの?」
「あああああああああァァァァァァァ――――――――――?」
心臓を口からぶっ吐き出しかねない絶叫をあげる。うしろにいたインパクトが、肩をぽんぽん叩いて声をかけてきたのだ。
「はあ、はあ、はあ」
「ドキドキしているね?」
「あたり前だ! びっくりして死ぬかと思ったよ! いつからいた!?」
「最初から」
「なら、声ぐらいかけろよ! なんなんだよこのタイミング! やりすごした意味ぶちこわしだ!」
「なーんだ」
すっと立ち上がるインパクト。
「声をかけてほしかったなら早く言ってくれればいいのにー。じゃあ、じゃんじゃんかけるね?」
「あの、だからさ、なんかもう……」
――ポジティブなの?