1話
「好きです。私を、愛して下さい」
これはいけない。
前半は想いをストレートにぶつけた告白の文言なのだろうが、それは別に構わない。だが後半はおかしいだろう。想いを伝え、返事を待つのが告白というものだ。それを愛して下さいなんていう高度な感情まで要求するだなんて、おこがましいも甚だしい。
愛せるかどうかなんて、はじめのうちはわからない。そもそも俺は「愛」と「好き」を明確に分けているつもりだし、その癖言ってしまえば、経験が薄っぺらいから恋愛のいろはもわかっていない。そんな俺にこんな直球はだめだ。泡食って動揺するしかない。単純に言えば草食系だし、生涯をスポーツに捧げようとしている我が道タイプなんだ。
恋愛沙汰にからっきし疎い俺でも、言わせてもらえば、好きが始まりなら愛はもっと奥のほうにあるものだろう。長い時間をかけて、それこそ二人でじっくりつくり上げていくもの。それが愛ってもんなんじゃないのか。それをこんな風に一緒くたにするなんて、返事の仕方に困ってしまう。
と、言うよりさ。
誰なんだよ、この子。
制服は一緒だし、校章の色もミドリ。だから同じ学校、同学年っていうのはすぐにわかった。
けれどその容姿に当てはまるような人物は、俺の記憶にある同級生名簿には一切当てはまらない。片隅にも引っかからないんだ。一学年で八クラスもあるから知らない子もいて当然ちゃあ当然なんだけど、それでも、これだけ目立つ「可憐」さを持っているのに、見知る欠片も思い当たらないなんてちょっとおかしい気もする。
「きみは、ええと……」
「インパクト」
「へ?」
「みんな、わたしのこと“インパクト”って呼ぶの。だから名前はインパクト。……どうかな? 愛せそうかな?」
……唐突すぎて色々気になることがあるのだけど、とりあえずタイム。ここでストップだ。この場で失礼、というかまあ、当事者だから先決なところなんだけど、一応、先んじて外見の評価かからしておきたい。その方が絶対にいいと思う。落ち着くんだ俺。
率直に、可愛い。
お、ちょっとラッキーとも思った。素直に嬉しくあったし、性格が良ければ万事問題なしといったところだ。なんか清楚そうな感じもある。ちゃらちゃらしているわけでもなさそう。総じて点数は高い方だろう。
校内の照明を見事にも受け返して光るキューティクルヘアーは、艶やかな漆黒。ほっそりとした背中のラインに沿って腰の上まで垂れ下がっている。
と言って、見た目ですべてを流してしまうのは若者の潮流だ。俺は自制している方なんだ。女の子の“仮面舞踏”って、うまい子はホントにうまいからね。化粧っていう正当化された偽装もあるし。盛ろうと思えばいくらでも盛ることができるんだから。
と警戒しつつ話を戻す。
「いや、ちょっと待って。その愛するとか、愛さないとかっていう前にさ」
「宝座璃優。十六歳、三月七日生まれ、AB型。四人家族の長女、妹が同系列学校の中等部に在学中。趣味は天体観測と人間観察。部活動はしてないよ。けど毎週月曜と水曜と金曜はあなたが練習しているのを見に行くの。それが私の主活動。改まって自己紹介する必要はないと思うけれど、あなたの口から直接聞かせてくれる、というなら喜んで聴くつもり」
「いや、いやそうじゃなくて……はい?」
告白がてら自己紹介。
いやいやいや。もっと慎重に生きろよ。流行らないって。いくらなんでもおかしいだろ。つか自分が告白しているというのに、何だこの感じ。全然そういう雰囲気がない。顔が、どこか死んだようにのっぺりしている。期待とか、不安とか、恥じらいとか、緊張とか、普通はあるもんじゃないのか。ちょっともじもじしたりさ、目をそらしたり、なんかしら仕草があってもいいもんだろ。
すとーん、と突っ立って。
ただじっと、こっちを見ているだけ。これって、容姿の好条件がなければおもいっきり引いているところだぞ。
「……あ、あのさ。キミの、その、想い? っていうのかな。それは正直嬉しいんだ。けど俺、その、まったくキミの事知らないし。今日初めてそんなこと言われても、びっくりしちゃって。今は返事できそうにないよ」
ひとまずの処置、とは思う。引きもせず、踏み込みもしない。ほんとはちゃんと話をした方がいいんだろうけど、今はいいや。これで少し時間をもらって、少しずつ調べていけばいいんだ。本当にいい子なら、それがわかった段階で考ればいい。今日はとりあえずこれで済ましてもらおう。
練習終わりで、体がボロボロ。冗談抜きで倒れそうなんだ。はやく帰らせてほしい。
「大丈夫だよ。二人なら大丈夫。何も知らなくてもうまくやっていけるよ絶対。私、確信してる。赤い糸なんて言わないけれど。頑なに、雁字搦めに絡まってるんだよ。二人の絆は解くなんて無理。だからあなたの返事は既に決まっているの。ずっとずっと前からね」
……ああそうか。これは緊急事態なんだ。ヤバいんだこの子。危ない路線を走ってる。テレビで時々特集されるストーカー系なんだ。きっと断っても駄目だ。
なにか違う方向に持っていかないと。
「言ってる意味がよく理解できないよ。実は俺、今日あんまり時間無いんだ。ちょっと用事があって、もう帰らなきゃいけなくて。今度また話し合おうね……じゃ、じゃあね!」
とりあえずウソをついた。とにかく避ける。それしか考えが及ばない。練習終わりとかタイミングが悪すぎる。疲れて眠いし、頭がうまく働かない。
パッと身をひいて立ち去ろうとする俺のブレザーを、自称インパクトの女の子がぎゅっとつかんだ。
「ちょっと待って。分かりやすく言うよ。結ばれる運命、それが私たちの関係性を具体的に言い表したものなの。だから今考えても、明日考えても、来年考えてもね、答えは一緒なんだよ」