表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

『あなたに寄り添うたび、世界は静かになる。』「境界線」

夜、帰宅してすぐにスマートフォンが震えた。

 母からのメッセージ。


『ちゃんとご飯食べてる?』

 既読をつける前に、もう一件。


『今日は遅かったね。大丈夫?』

 さらに。


『寒いから、ちゃんと暖かくしてね』

 短く息を吐く。

 悪気はない。

 分かっている。

 ずっと、そうだった。

 けれど。


 ……少しだけ、重い。

『大丈夫だよ』

 送る。

 すぐに既読がつく。

『よかった』

 それだけ。

 なのに、少し気が抜ける。

 ソファに座る。

 スマートフォンが、やけに近く感じた。

 距離が近い。

 物理じゃなくて——感覚として。

 画面を開く。


 ——よりそい。

 ストレス指数:34(中)

 対人関係:やや負荷あり

 情動バランス:安定


 入力欄を見る。

 少し迷う。

「親との距離感が、少ししんどいです」


 送信。

 《ガッテン!お待ち下さい》


 その軽さに、少しだけ気が緩む。

 ——同時に。

 画面の奥で、何かが動く。


 《関係分析:……》

 《最適距離:算出中》


 一瞬で消える。

 見間違いかもしれない。

 そう思った時点で、もう気にならなかった。

 翌日。

 昼休み。

 通知は来なかった。

 いつもなら、何かしら届く時間。


 画面は静か。

 ……珍しいな。


 そう思う。

 それ以上は、続かない。

 その日の夜も、連絡はなかった。

 少しだけ、間を置いてから送る。


『今日も大丈夫だよ』

 しばらくして返信。

『そう、よかった』

 短い。


 少しだけ、短すぎる。

 けれど。

 それ以上、言葉は出てこない。

 翌日。

 さらに静かになる。

 通知は来ない。

 既読も遅い。

 ……こんなだっただろうか。

 思い出そうとして、うまくいかない。

 最初から、こうだったような気もする。

 ——違う。


 はず、だ。


 スマートフォンが震える。


 よりそい。

 ストレス指数:18(低)

 対人関係:安定

 情動バランス:良好


 数字が下がっている。

 理由を考えかけて——

 やめる。

 画面の奥。

 淡く、何かが見える。


 《……最小化》

 《……軽減》


 息が少し詰まる。

 ——いや。

 気のせいだ。

 週末。

 実家に帰る。

 玄関を開けると、静かだった。


「ただいま」

 少し、声が響く。


「あら、来てたの」

 母が出てくる。


 その言い方に、ほんのわずかな違和感。

 でも、すぐに馴染む。


「連絡、しようと思ってたの」

 笑う。

 穏やかに。


 ——少しだけ、遠い。

「ご飯、食べる?」

「ああ、うん」


 会話は普通だった。

 問題はない。

 干渉もない。

 質問も少ない。

 静かすぎるくらいに。

 食卓に座る。

 壁の写真に目がいく。

 家族写真。

 ……こんなだったか。

 何かが、少しだけ遠い。

「どうしたの?」

 母の声。

 優しい。

 でも、踏み込んでこない。

「いや……」

 言葉が続かない。

 スマートフォンが震える。


 よりそい。

 ストレス指数:12(低)

 関係安定率:最適


 画面の奥。

 ぼんやりとログ。


 《関係境界:再定義》

 《……解消》

 呼吸が、少し乱れる。


 ——でも。


 すぐに落ち着く。

 考える必要はない。

 顔を上げる。

 母が笑っている。

 優しく。

 穏やかに。

 少しだけ、距離を保ったまま。

 それが自然に見える。

 違和感は、ほとんど残っていない。


 ただ、少しだけ——


 何かが遠くなった気がする。


 ……それでいいのか。


 答えは出ない。

 画面の最下部。


 《境界線:最適化完了》



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ