■第9話「詰みの手前」
勝負は、終わる直前が一番美しい。
勝つか、負けるか。
その境界が最も曖昧で、最も不確かな瞬間。
だからこそ。
その一手に、全てが乗る。
⸻
レギオン本部。
室内の空気は、明らかに変わっていた。
「……ここまで来た」
如月玲が小さく言う。
画面には、複数のルートが収束した結果が表示されている。
分岐していたはずの情報。
バラバラだった動き。
それらが、一本の線に繋がっている。
「確定だね」
キーボードを叩きながら続ける。
「この三人、完全に同一計画内」
氷室が頷く。
「拡散、接触、心理誘導、全てが一致している」
「つまり」
堂島が言う。
「最初から全部仕組まれてた」
「そういうこと」
如月は視線を上げる。
「しかも」
画面を切り替える。
「ここ」
一つのログを指す。
「このタイミング」
鷹宮が近づく。
「……なんだ」
「操作されてる」
如月は言い切る。
「外部から、明確に」
沈黙。
そして。
「位置は?」
鷹宮が問う。
「ほぼ特定できる」
その言葉で、空気が張り詰める。
「行けるのか」
「行ける」
如月は頷く。
「あと少しで、直接触れる」
⸻
同時刻。
雨宮澪は、モニターを見つめながら静かに笑っていた。
「来たね」
レギオンの動き。
解析の進行。
到達点。
「ここまで来るとは思ってたけど」
少しだけ目を細める。
「やっぱり優秀」
素直な感想だった。
だが。
「でも」
キーボードを叩く。
ログを切り替える。
データを上書きする。
「そこは“ゴール”じゃない」
わざと残したルート。
わざと繋がるようにした情報。
「ちゃんと辿ってきてる」
そして。
「ちゃんと間違えてる」
⸻
如月玲の画面に、新たな接続が表示される。
「来た」
小さく言う。
ついに、外部との接点。
リアルタイムで動いている。
「ここだ」
アクセスを試みる。
侵入。
解析。
接続。
そして。
「……捕まえた」
画面に、一つの端末が浮かび上がる。
完全ではない。
だが。
確実に、相手の“手”に触れている。
「位置、割り出せる?」
堂島が言う。
「今やってる」
如月は集中する。
数秒。
数十秒。
そして。
「……出た」
座標が表示される。
「ここ」
具体的な場所。
都内の一角。
「行くぞ」
堂島が立ち上がる。
だが。
「待て」
鷹宮が制止する。
「罠の可能性は」
氷室が即座に答える。
「高い」
「でも」
堂島が言う。
「ここで行かない理由あるか?」
正しい。
だからこそ。
危険だ。
鷹宮は一瞬だけ考える。
そして。
「……行く」
静かに決断する。
「だが、慎重にだ」
⸻
黒鉄蓮は、その動きを把握していた。
「動いたな」
小さく呟く。
レギオンが、ついに踏み込んだ。
位置も、ルートも。
ほぼ掴まれている。
だが。
「問題ない」
視線を落とす。
自分の端末。
そこに表示されているのは、別のルート。
「そこは、入口だ」
本体ではない。
核心でもない。
あくまで。
「見せてる場所」
⸻
神代昴は、静かにその全てを見ていた。
「いい」
小さく言う。
ここまで来た。
レギオンは、正解に辿り着いた。
だが。
「まだ、浅い」
画面を切り替える。
複数の層。
複数の構造。
「見えているのは一部」
そして。
「その一部すら、設計済み」
目を閉じる。
数秒。
そして開く。
「終わらせるか」
⸻
時任紗那は、静かにログを確認していた。
「……来た」
小さく呟く。
レギオンの到達。
予定通り。
むしろ理想的なタイミング。
「ここから」
次の分岐。
最終段階。
「全部、繋がる」
指が動く。
最後の入力。
⸻
現場。
堂島と数名の捜査官が、指定された場所に到着する。
「ここか」
静かな建物。
外見に異常はない。
だが。
「確かに、ここだ」
端末の表示を確認する。
「入るぞ」
ドアを開ける。
中に踏み込む。
空間は、無機質だった。
机。
機材。
そして。
「……誰もいない?」
堂島が眉をひそめる。
その瞬間。
如月の声が通信に入る。
「待って、それ」
「どうした」
「違う」
声が少しだけ強くなる。
「そこ、“終点”じゃない」
「は?」
「そこ、ただの中継地点」
その一言で、全てが変わる。
⸻
同時に。
如月の画面が、大きく変化する。
「……え」
目を見開く。
さっきまで繋がっていたルートが、全て。
消える。
「嘘でしょ」
ログが途切れる。
接続が切断される。
痕跡が消える。
「逃げた?」
違う。
違う。
これは。
「最初から……」
気づいた瞬間。
言葉が止まる。
⸻
神代昴は、静かに呟いた。
「詰みだ」
⸻
レギオンは、確かに辿り着いた。
正しいルートを。
正しい結論に。
だが。
それは。
最初から用意された“正解”だった。
そして。
本当の答えは。
まだ、どこにも見えていない。




