第8話 ケモミミ少女
エステルが来てから、俺の生活は一変した。
適当に済ませていた食事も、栄養価や彩を考えたり。ボロい借家だった住まいも、綺麗な新築物件に引っ越そうかと考えるようになったり。
クエストのやり方も変わった。
ソロプレイが基本だった俺だが、今ではエステルとパーティープレイだ。
魔石の収集が桁違いに上がり、報酬の額も大幅アップした。
「そういえば……この人も変ったような?」
ふと独り言をつぶやいた俺の先には、クエストスクロールを準備しているサーシャさんがいる。
「えっと、きゃっ! じゅ、準備できました♡」
ドタバタと慌てて準備していたサーシャさんが、真っ赤な顔でスクロールを手渡してきた。
「ありがとうございます。その、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないですよぉ!」
大丈夫じゃなかった。
「ああぁ、あんな醜態を見せてしまい、申し訳ございません」
あれから何日も経っているのに、顔を合わせるたびにサーシャさんが謝ってくるのだ。
「気にしてませんから。誰だって酔いたくなる日はありますよね」
「たまたまなんです。たまたま。あの時は飲み過ぎてしまい……って、そうじゃなくて!」
そうじゃなかったのか?
「わ、私、変なこと言ってましたよね?」
「変なこと? 既婚者に騙されそうになった――」
「わぁああああ! わぁああああ!」
突然、サーシャさんが俺の口を塞いできた。
「ど、どうしたんですか?」
「違うんです。あの時のことは忘れてください」
「はあ、分かりました」
だよな。誰だって色恋沙汰は他人に知られたくないよな。ましてや不倫だなんて。
「大丈夫です。誰にも言いませんから」
「でも本人に聞かれちゃってるんですけどぉ」
「えっ?」
「なな、何でもないですよ」
やっぱりサーシャさんの様子がおかしい。早く本調子に戻れば良いのに。
「でも、不倫は止めた方が……」
「ふ、不倫なんかしてません! 純粋な恋心です!」
しまった。不倫じゃないようだ。
余計なことを言ってしまった。
◆ ◇ ◆
討伐クエストの帰り、俺とエステルは大通りを歩いていた。
今日も大成功だ。金貨も貯まったし、そろそろ広い家に引っ越しを考えるとするか。
このままお金を貯めて、娘と一軒家でスローライフも良いよな。
「お、お父さん……」
歓楽街の近くを通りかかった時だった。エステルが俺の服の裾を掴んできた。
「どうした、エステル?」
「あれ」
エステルが指さした方に目をやると、そこには手枷をかけられた若い女性や子供が、馬車から降ろされている光景が広がっていた。
その中には、エステルと同じくらいの年頃の少女まで見える。
「あれは……奴隷商が新しい奴隷を仕入れているのか……」
元世界でも労働基準法を無視したブラック企業があったが、この世界でのそれとは次元が違う。
何らかの理由で売られてしまった人や、亜人の子供などが、ああして酷い扱いを受けているのだ。
下人として働かされる場合も多いが、若い女は娼婦にさせられたり、貴族や金持ちの所有物として扱われるのだろう。
「お父さん……」
エステルの目が、『助けてあげたい』と訴えている。
「エステル……」
「ううっ」
エステルの視線の先には、ケモミミの少女の姿があった。
獣人族だろうか? まだ幼く痛々しい。
クソッ! あんな小さな子が……。
エステルと一緒に暮らしてから、初めて家族というのを実感したからだろうか。あの子を見ていると、まるで自分の子供のように思えてしまう。
エステルと同い年くらいじゃないか。あんなに悲しそうな顔をして……。
「そうだな……助けてあげようか」
「はい!」
俺の言葉で、沈んでいたエステルの目に光が戻った。
そうだよな。娘の目には酷い世界を見せたくないよな。
こんなの偽善だと言われるだろう。一人の奴隷を救っても、この世界には数多の不幸な人が溢れているのだ。
その全てを救えないのに、たった一人を救って良い気になっているのかと。
でも…………。
「おい、ちょっと良いか」
奴隷商の入り口に立っている男に声をかけると、その男は嫌な含み笑いをしながら俺を見た。
「へい、奴隷をお探しですかな?」
吐き気がする。できることなら、この男の顔をぶん殴りたい。暴力は全てを解決するっていうからな。
だが、俺は怒りを抑えて口を開く。
「そこの獣人族の子供はいくらだ?」
「おお、お客さん、お目が高いですな。ぐへへ。この獣人族はまだ幼く使えませんが、すぐに大きくなって最高の抱き心地になりますぜ」
ググッ!
怒りで眩暈がした。俺は子供が虐待されているのを見ると、怒りで我を忘れそうになるんだ。
「おおっ、エルフの子供も使役しておるのですね。ぐへへ。これはこれは。旦那も好き者ですねぇ」
もう限界だ。殴っても良いかな。
俺の愛娘を奴隷呼ばわりするとか、万死に値する行為だぞ!
「おいっ、俺はいくらだと聞いたんだ。余計なことを言うな」
「へい、承知しました。この獣人族の子供は金貨100枚ですぜ」
金貨100枚か。引っ越し費用にする予定だった金があるから、買えない金額じゃないな。
「よし、じゃあその子供を――」
「他の奴隷もどうですかな? こっちの女もお買い得ですぜ」
「あの子だけでいい。俺はあの子が欲しいんだ。ほら金貨100枚だ」
「でしたら金貨200枚ですぜ」
「はぁ!?」
この男、吹っ掛けてきやがった。
「おい、さっきは金貨100枚と言ったはずだぞ!」
「さっきとは相場が変動したんですよ。需要と供給ですな」
「こいつ……」
「買わないのでしたら、他の者の手に渡るだけですぜ。獣人族の子供は人気ですからね。ぐへぐへ」
クソッ! 足元を見やがって!
金貨200枚か……俺のほぼ全財産だぞ。エステルと一緒に暮らすはずの。
俺は、見ず知らずの子供に全財産を使うのか?
「お父さん……」
エステルが泣きそうな目で俺を見つめる。
「ぐっ、分かった。金貨200枚だな」
「まいどあり」
俺が財布から金を出し渡すと、奴隷商の男は、獣人族の子供の手枷を外した。
「ぐへへ、旦那ぁ、奴隷紋はどうしましょうか? この子は森で捕獲したばかりでしてね、まだ奴隷紋も契約魔法もかけておりませんでしてね」
「そんなものは要らん! 早くその子を渡すんだ!」
「へいへい」
子供を受け取って、足早に奴隷商を後にする。
こんな場所には一秒たりとも居たくない。
エステルと一緒に、その獣人族の子供を家へと連れていく。
よほど衰弱しているのか、手足は棒きれのように細く弱々しい。
基本は人族と同じ体をしているが、頭にあるモフモフのケモミミと、お尻から伸びたしっぽが獣人族の証だ。
「お嬢ちゃん、名前は何ていうんだ?」
俺がそう尋ねると、ケモミミ少女はカサカサの唇を動かした。
「シャル……」
「シャルか。俺はレインだ。シャルは何処から来たんだ?」
「あっち」
少女は森の方を指差した。
「シャル、どうなっちゃうの? 今朝、お腹が空いて森で倒れていたら、変なおじさんに檻に入れられたの」
今朝捕まったばかりだったのか。まだ酷い拷問などをされてないようなのだけが幸いだな。
でも、何で森で衰弱してたんだろ?
「シャル、とりあえず俺の家に行こう。何か食べた方が良い」
「わぁああぁい……なの」
シャルは弱々しい笑顔になった。
◆ ◇ ◆
帰宅した俺は、シャルを椅子に座らせると、台所に向かった。
「ほら、ミルクだ。少し温めてあるぞ」
器に温めたミルクを注ぎ、シャルの前に置いた。
先ずは体力を回復させないとな。
「ありがとうなの。ごくごくごく……」
「飲んだらお風呂に入るんだ。泥だらけだぞ」
「はいなの」
俺はエステルの方を向く。
「はい、任せてください」
エステルが張り切っている。妹ができた感覚なのだろうか。
ザバッ! ジャバジャバ!
シャルがエステルと入浴している間、俺は今後のことを考えていた。
「どうしたものか。お金はまた討伐クエストで稼ぐとして、シャルは故郷に帰した方が良いのか?」
でも、エステルは姉妹を欲しがってる気がするんだよな。リゼットに会った時も感じてたけど。
「キレイになったの」
トタトタトタ!
風呂から飛び出してきたシャルの方を向いたら、何故か生まれたままの姿だった。
「おい、服を着ろ!」
「ブルブルブルブル!」
シャルは、返事の代わりに体をブルブル震わせ水を飛ばす。わんこみたいに。
「ああ、ダメですよ! タオルタオル」
エステルが追いかけてきて、シャルにタオルをかけた。
ただ、そのエステルもタオルが落ちそうだ。
「お、おい、エステルもタオルが」
「うわぁ、見ないでくださぁい」
もう大騒ぎだ。子供が増えると一気に騒がしくなるものなのか?
しかし……今までボロボロで気づかなかったけど、シャルも可愛い容姿をしている。
柔らかそうな茶色い髪に、澄んだ緑色の瞳だ。体はガリガリだけど、大型犬のようなケモミミは、将来強くなりそうな予感がする。
「ところで、シャルは何しにイザリル王国に来たんだ?」
「パパを探しにきたの」
ん? どこかで聞いたセリフだぞ。




