第7話 構って欲しい小生意気
「凄いです! さすがレインさんですね!」
俺たちが大量の魔石を持って冒険者ギルドに戻ったら、受付嬢のサーシャさんが驚きの表情で迎えてくれた。
ちょっと気恥ずかしい。その魔石は、ほとんどエステルが討伐した報酬なのだが。
「そうです! お父さんは凄いんです!」
エステルまで俺を褒めている。
だから凄いのはエステルなんだって!
あれからもエステルの無詠唱魔法は冴えわたっていた。
次々と現れるモンスターを、ビシバシと魔法で殲滅し、気がついてみたら魔石の山が築かれていたというわけだ。
そんなわけで、俺とエステルは魔石を金貨に交換してギルドを出た。
「ふんふふんふふ~ん♪」
俺と手をつないで歩くエステルが、嬉しそうに鼻歌を口ずさんでいる。
きっと、初めてのダンジョン探索で活躍できたからだろう。
「エステルは凄いな。もうあんなに魔法を扱えるようになって」
俺が声をかけると、エステルは満面の笑顔で振り向いた。
「お父さんのおかげです。無能といわれ続けた私が、お父さんの適切な助言で魔法が使えるようになりました」
「俺は何もしてないさ。エステルが頑張ったんだ」
「お父さん」
「今日は美味しいものでも食べようか? エステルは何が食べたい?」
俺はエステルの手を引き歩き始めた。今夜の食事は何にしようかと話しながら。
「あっ! お父様!」
大通りを曲がろうとしたとき、背後から聞いたことのある声がした。
「この声は……」
「あら、お父様じゃありませんか!」
振り返ると、そこには長い黒髪の少女が立っていた。
銀色の刺繍が入った白い神官ローブを着ている。
見た目は清楚なお嬢様姿の美少女だ。
俺は、この少女を知っている。
「リゼットじゃないか。俺に会いに来たのか?」
俺の声を聞いたリゼットが、フンっと顔を背ける。
「ザコお父様なんかに用はありませんわ。たまたま近くに用があったからです。勘違いしないでくださいまし。お父様なんて興味ありませんことよ」
この子も俺の娘だ。
でも、相変わらず口が悪い。
エステルが現れるまでは、唯一俺が知っている『天帝の種共有協定』の子供だった。
人族の子として生まれ、今は教会で聖女見習いをしている。
普段は王都中心にある大聖堂に住んでいるようだ。たまに、こうして王都の外れにあるギルド近くに来ては、俺に文句を言ってくる。
きっと俺を恨んでいるのだろう。
「リゼットには迷惑をかけたな」
俺は素直に頭を下げた。
「お、お父様?」
「勝手に種族間の協定を結び、過度なプレッシャーの中での生活を強いる結果になってしまった」
エステルと知り合ってから気づいたんだ。協定によって生まれた子は、それぞれ国や種族から重圧を受けているのだと。
きっとリゼットも、聖女になるよう英才教育されているのだろう。
「お、お父様は何も悪くないですわ。あれは国が勝手にやったことですから……。か、勘違いさないでくださいまし! お父様は、ザコすぎて関係ないという意味ですわ」
リゼットは落ち着かない様子で、指で髪をクルクルと巻いている。相変わらず口が悪いが、少しだけ優しさを感じた。
彼女なりに気を遣ってくれたのだろうか。
「ところで、そこのエルフ少女は誰ですの?」
リゼットが、俺の後ろに隠れているエステルを指差した。
さっきから、チラチラ見ていたようだが。
「ああ、この子は俺の娘だ。名前はエステルっていってな、リゼットとは姉妹に――」
「えっ…………」
俺の話を聞いた途端、リゼットからスッと笑顔が消えた。
黒い瞳は、まるで光を失ったかのように、冷たい拒絶の色を湛えている。
「お、お父様のバカっ! 嫌い! 死んじゃえ! わぁあああああぁ!」
ひとしきり罵声を浴びせてから、リゼットは走り去ってしまった。
「あ、あれ……リゼット? やっぱり俺のことを恨んでいるのかな……」
娘に嫌われてしまい、俺は肩を落とす。
前から嫌われているとは思っていたけど、こうして面と向かって『嫌い』と言われるとキツいものがあるな。
「お父さん……」
エステルが不安そうに俺を見つめている。
「エステル、変なところを見せちゃったな。あの子も俺の娘なんだ。エルテルと同じ、『天帝の種共有協定』で生まれた人族の子だよ。俺のことを嫌ってるみたいだけどな……」
エステルは、俺の手を握り返してくれた。
「お父さん、あの子……リゼットちゃんは、お父さんを嫌ってないと思いますよ」
「えっ?」
「もしかしたら、お父さんに構って欲しいのかもしれません」
エステルの顔は真剣だ。本当にそう思っているのだろう。
「そうかな? ちょくちょく俺に会いに来ては、ああして罵ってくるんだよ」
「本当に嫌いなら会いに来ませんよ」
エステルに言われて気づいた。
確かにそうだ。わざわざ会いに来るのは、何か意味があるのかもしれない。
「リゼットが俺に会いに……か」
「きっと、お父さんに甘えたいんですよ」
「そうかな。そうだと良いな」
「はい」
俺はエステルの手を引いて歩く。
いつかリゼットも一緒に暮らせたらと、そんな未来を夢見ながら。
◆ ◇ ◆
俺とエステルは、街で噂のレストランに入った。最近、ギルドでも美味しいと評判になっている店だ。
「エステル、どれでも好きなのを注文して良いぞ」
俺がメニュー表を渡すと、エステルは食い入るように覗き込む。
「うわぁ、どれも美味しそうです。でも、良いのですか? こんな高価な……」
エステルは遠慮がちに俺を見る。
「エステルの初クエスト記念だからな、気にせずジャンジャン頼んで良いぞ」
「私の?」
「そうだぞ。エステルはクエストを頑張っただろ。ご褒美だよ」
「わぁ」
エステルは、目をキラキラさせながらメニュ表を覗き込む。
普段は真面目でしっかりしている印象だけど、こういうところは普通の子供みたいで可愛いな。
そもそも、今日のクエストで稼げたのは。エステルのお陰でもある。
今まではソロでモンスターをサクサクやっていたが、魔法使いのエステルが一緒なら討伐数も段違いだ。
「うわぁ! すごく美味しそうです」
ずらっとテーブルに並んだ料理に、エステルは顔をほころばせた。今にも涎を垂らしそうなほどに。
「よし食べよう」
「いただきまーす」
エステルは口いっぱいに料理を頬張っている。たくさん食べる子供を見るのは、なんとも微笑ましい。
「ほら、ほっぺにソースが付いてるぞ」
エステルの頬をハンカチで拭いてあげた。
こうしていると、本当に父親になったのだと実感する。
前世では得られなかった、愛する家族の姿だ。
「うぃいいいいっ! もうっ、何なのよぉ!」
食事も終盤に差し掛かった頃、後ろの席から酔っ払いがくだを巻く声が聞こえてきた。
せっかくエステルと親子の絆を深めようとしているのに、邪魔しないでくれ。
それとなく注意するか。
「あの、ちょっと静かに……って、サーシャさん!?」
振り向いてみると、酔っ払いの正体は受付嬢のサーシャさんだった。
よほど飲んでいるのか、ぐでんぐでんに酔っている。
「ちょっとサーシャさん、大丈夫ですか?」
「らいじょうぶじゃないれすよぉ」
本当に大丈夫じゃなかった。
「らってぇ、受付嬢だって楽じゃないんですよ。クレーマーも多いし」
「はあ……」
「こないだだって、事前に『このクエストは難しい』って言っておいたのに、『クエスト失敗したのは受付嬢のせいだ、弁償しろ!』って」
「それは酷いですね」
「そうなんれすよぉ! もうっ!」
最近は、そんなアホなクレームも多いのか。冒険者のスキル不足を受付嬢のせいにするのは論外だな。
「それに、密かに想いを寄せていた冒険者さんがぁ、実は結婚していたんですよぉ!」
「えっ、不倫ですか? 酷い男ですね」
「そうなんれすよぉ。子供がいたんれすぅ」
清純そうなサーシャさんを騙すとか酷い男だな。女の敵だろ。どこのどいつだ。
「ひえっ、れ、れれ、レインさんじゃないですか!」
サーシャさんが、やっと俺に気づいた。
今まで誰と話していたと思ってたんだよ。
「サーシャさん、飲み過ぎですよ。水を飲みましょう」
「は、はい♡ しゅみません……」
急にサーシャさんが大人しくなった。
「歩けそうですか? 家まで送りますよ」
「はうっ♡ レインさんとお泊り?」
「お泊りはしないですよ。ほら、肩に掴まって」
俺はサーシャさんを背負うと、エステルを連れ店を出た。
夜の風が少し冷たい。
「サーシャさん、家はこっちで合ってますか?」
「うん♡」
「この道は曲がりますか?」
「はぁう♡ レインさぁん、チューしましょう♡」
「ダメですよ。誰と間違えてるんですか?」
サーシャさんが壊れ気味だ。普段は落ち着いた女性なのに、酔うとこんなになっちゃうのか。
男に騙されそうで心配だな。
それからも、俺の背中で甘えまくるサーシャさんを世話しながら、やっとのことで彼女を家まで送り届けた。
ベッドに引きずり込まれそうになったオマケ付きで。
子供の教育に悪いからやめてくれ。




