第5話 俺の娘だ
エステルは『天帝の種共有協定』で生まれた子だって言ったよな。
でも実験は失敗だった。
つまり、勇者になりうるはずの最強の種を使って生み出したものの、確たる実績を出せなかったんじゃないのか?
だからハーフエルフのエステルは邪魔者扱いされ、エルフの里を追い出されたのかもしれない。
「何でもします! 掃除も洗濯も料理も……料理は下手ですが、きっと上手くなります。だから、ここに置いてください! もう私には行くところがないんです」
必死に頭を下げるエステルを見ていると、俺の心に抑えようのない悲しさと怒りが込み上げてきた。
この子は俺だ。前世の俺と同じだ。
親から邪魔者扱いされ、社会から除け者にされ、誰にも愛されず生きてきたのか。
「こんなのってないだろ……」
勝手に実験をして、最強の英雄を生み出そうとして、思うような結果が出なかったからってお払い箱かよ。
子供を何だと思ってるんだ!
種族の道具や親のアクセサリーじゃねえんだよ!
「お願いします。ここに居させてください。邪魔にならないようにしますから」
「エステル……」
俺は震えているエステルの肩に手を置いた。
「子供はそんなことを考えなくても良いんだ。邪魔にならないようにとか、大人の顔色を窺ったりとか……。子供はな、よく食べて元気に遊んでいれば良いんだぞ」
「お父……さん」
エステルが顔を上げた。
縋るような目で俺を見つめている。
「ここに居て良いから。一緒に暮らそう。だから、自分を卑下するんじゃないぞ」
「は、はい」
ぎこちない笑顔になるエステルは、俺を真っすぐに見つめていた。
◆ ◇ ◆
朝食を食べ終わった俺は、ちょこまかと動くエステルを眺めていた。
どうしても食器洗いのお手伝いをしたいと言うから、遠くから見守っているところなのだが。
「そんなに気を遣わなくても良いのに……」
自然とそんな言葉が口に出る。
いきなり親子になってしまい、まだお互い慣れないのもあるのだろう。態度もぎこちない感じだ。
「さて、どうしたものか……」
いつもならダンジョンに向かう時間だ。
しかし今はエステルがいる。
「一緒に潜る訳にはいかないよな……」
いくら初級クエストといっても、ダンジョンにはモンスターがいる。子供を連れて潜るのは危険だろう。
「もしかしてダンジョンクエストですか?」
目を輝かせたエステルが、ちょこちょこと駆け寄ってきた。
犬みたいで可愛い。
「ダンジョンに行くなら連れていってください」
「エステルは小さいから危険だぞ」
俺の一言でエステルが肩を落とした。
ちょっと心が痛む。
「えっと、そ、そうだ、エステルは魔法とか使えるのか?」
エルフは魔法が得意だからな。何か使えれば連れて行けるかもしれない。
しかし、エステルの顔は更に曇ってしまう。
「ううぅ……私は魔法が……苦手なエルフです」
もしかして、それでエルフの里を追い出されたのか?
マズい。エステルの心の傷を。何とかしないと……。
「え、エステルはまだ小さいんだ。魔法なんて、ゆっくり覚えれば良いんだよ」
「私は魔法の素質が無いです」
「えっ?」
エステルは寂しそうに笑った。
子供にこんな顔をさせるなんて。
「基礎の魔法詠唱もできませんでした」
「エステル……」
「それで族長に言われたんです。お前は無能だと。お母さんにも、要らない子だって」
「エステル!」
俺はエステルを抱きしめていた。体が勝手に動いたんだ。
「要らない子なんていない! 子供は、誰しも望まれて生まれてくるはずなんだ!」
こんなの綺麗ごとかもしれない! でも、親の都合で子供を苦しめて良いはずがないんだ!
エステルには、俺のようになってほしくない。
誰も愛さなかったのなら、俺が愛してやらないと。
「お、お父さん」
エステルの小さな手が、俺の背中を抱いた。
俺には結婚も子育ても経験が無い。
でも、この子は俺が幸せにしないと。
「エステル、魔法なんかできなくても――」
「詠唱無しなら少しは使えるのです。でも、詠唱しようとすると……」
「ん゛!?」
今なんつった!?
詠唱無しって言ったよな?
もしかして……。
「エステル、詠唱無しなら魔法が使えるのか?」
「は、はい……ほんの少しですが」
俯いていたエステルが顔を上げた。
「でも、詠唱すると全部失敗しちゃうのです。族長からも、魔法の基礎が理解できないから魔法術式を構築できないんだって」
「それって、無詠唱魔法が使えるんじゃないのか?」
「無詠唱? 何ですか、それ」
あれっ? この世界に無詠唱魔法って存在しないのか?
そういえば聞いたことがないような?
これは試してみる価値があるだろ。
「エステル、ちょっと外で見せてくれないか?」
家を出た俺とエステルは、庭に生えている木の前に立った。
ここは街外れだし魔法を放っても問題無いよな。
「ちょっと木に向けて撃ってくれないか?」
「はい」
エステルは腰にぶら下げていた木の杖を掲げる。
「うーん、たぁ!」
ズバババッ!
エステルの杖から放たれた雷撃が木に命中し、ガサガサと枝を揺らした。ハラハラと木の葉が舞い落ちる。
「これは……間違いない、無詠唱魔法だ」
俺は顎に手を当て考え込む。この世界で無詠唱魔法が存在しないのは何故なのかと。
魔法は詠唱により魔法術式を構築する。無詠唱魔法は、それをすっ飛ばして行使するのか?
もしかして、天帝の種が影響?
超強力な種から生まれたエステルは、生まれつき魔法に対する常識が人と違っているのかもしれない。
これは試してみないとな。
「エステル、今のはどうやって撃ったんだ?」
俺の問いかけに、エステルは首をかしげて見せた。
「えーっと、頭の中で思い浮かべて……」
「ふむふむ」
「それで、何か体の中に力が湧くような感じで」
間違いない。エステルのは無詠唱魔法だ。
前世の漫画やアニメであったよな。呪文詠唱の代わりに頭の中でイメージするってやつが。
よし!
「エステル、それは間違いなく無詠唱魔法だ」
「無詠唱……?」
「通常の魔法は詠唱により術式展開するだろ?」
「はい」
「無詠唱魔法は、詠唱ではなくイメージなんだ。頭の中で魔法をイメージするんだ」
「は、はい」
「エステルは無能なんかじゃない! 特別な存在なんだ」
「とくべつ……わぁ!」
エステルの目が輝いた。
「よし、もう一度やってみよう。頭の中で雷撃をイメージするんだ」
「はい、やってみます」
真剣な表情になったエステルが、杖を正面に構えた。
「んんっ、電撃!」
ズババババババッ! ズドォーン!
エステルの杖から放たれた雷撃は、一筋の閃光となって木に命中した。
瞬きする間に、木は真っ二つに裂け焼け焦げた。ブスブスと音を立てながら地面に倒れる。
「や、やった! やりました、お父さん!」
「ああ、やったな、エステル!」
「はいっ! はいっ!」
エステルは涙を浮かべながら頷く。何度も何度も。
「お父さん、凄いです!」
「えっ?」
エステルの目が俺を見つめる。全幅の信頼を寄せるように。
「お父さんは戦士系なのに魔法も得意なんですね」
「ん?」
「ギルドでも荒くれ者を倒しちゃいました」
「ああ、あれね……」
「お父さんは凄い人です」
キラッキラの目で俺を見つめるエステル。やめてくれ、俺は尊敬されるような人物じゃないのに。
どうやら俺は、娘から尊敬されてしまったようだ。
マズいぞ。娘の期待を裏切らないようにしないと。




