第4話 居場所
俺に安らげる場所なんてなかった。
もちろん俺を愛する者もいない。
そう、俺は孤独だ。
『はい、優斗、誕生日プレゼントよ』
見たことのあるダイニングキッチン。テーブルには女性と子供。
意地の悪そうな顔をした女性が、子供にプレゼントを渡している。
当然ながら俺にではない。弟の優斗にだ。
この女性は俺の母親だ。後で知ったのだが、血の繋がりはない。継母というらしい。
『うわーい! ありがとう、お母さん』
優斗は満面の笑みではしゃいでいる。
『今日は誕生日だからレストランに行きましょ。優斗の好きなハンバーグよ』
『わーい! ハンバーグ大好き』
出かけようとする二人に、俺は恐る恐る声をかける。
『あ、あの、僕は……』
そうだ。これは俺の前世だ。
前世の記憶だ。
俺の前世の名前は、有馬零だ。
『はあ? アンタの食事はそこに置いてあるでしょ』
女性が指を差したテーブルには、安売りのカップラーメンが置いてある。一個98円(税別)の特売品。
これが俺の食事らしい。
そうだ、いつもそうだった。
弟は母に可愛がられ、俺は邪魔者扱いだ。
『ったく、本当に卑しい子だねえ! 食べさせてもらってるだけ有難いと思いなさいよ!』
眉間にシワを寄せ怒鳴った女性は、俺に対する時とは別人のような笑顔になって優斗の方を向く。
『優斗、今日は美味しいものいっぱい食べましょうね』
『わーい。楽しみぃ。ありがとう、お母さん』
優斗は俺の方を振り向くと、勝ち誇ったような顔をする。
子供ながらに優越心に浸っているのだろうか。
ガチャン!
無情にも閉まった玄関ドアを見つめながら、俺は悟っていたのだ。俺は誰にも愛されていないと。
本当の母親は、俺が生まれてすぐ死んだらしい。
あの女性は父親の再婚相手だ。
継母は、実の子である弟だけを溺愛し、俺には事あるごとに辛くあたった。
その態度は、俺が大きくなるにつれあからさまになり、高校生になる頃には、完全に邪魔者扱いされることになる。
父親は仕事で家を開けがちで、家庭を顧みない男だった。当然ながら継母は日常的にイライラだ。
そのストレスの捌け口として、継母は俺に辛くあたったのかもしれない。
『出て行きなさい! ここにアンタの居場所なんてないのよ!』
これが継母の口癖だ。ヒステリックに叫ぶように。
居場所がないのは分かっていた。
この家で俺は異物だからな。
そうだ、俺は邪魔者なんだ。
当然ながら、俺は高校卒業と同時に家を出た。
これ以上、この人たちと関わっていたら、俺の心が耐えられないから。
それから時は流れた。
ガヤガヤガヤガヤガヤ――
昼間の公園は、家族連れで賑わっていた。
ベビーカーを押す母親や、ママ友同士で会話しながら子供を遊ばせる者たち。
俺は夜勤明けにコンビニで買った菓子パンの包みをクシャっと握りつぶし、飲みかけの缶コーヒーを喉の奥に流し込む。
『ごくっごくっ……ふぅ。俺も今日で四十歳か。相変わらず誰にも誕生日プレゼントを貰えないけどな』
あれからも俺の人生は苦難の連続だった。
住み込みで就職した会社は超が付くほどのブラック企業。当然のように残業手当なしで酷使された。
転職した会社は賃金が安く、ギリギリの生活だ。しかも入社一年で会社は倒産。賃金未払いのまま社長は逃げやがった。
何度か転職を繰り返し、今の警備の仕事に就いた。
貧しいながらも落ち着いた生活ができると思った矢先、信じていた友人に、借金の連帯保証人にされる裏切りに遭った。
どうやら友人だと思っていたのは俺だけで、相手は金づるとでも思っていたのだろう。
『はぁ……アラフォーか』
ため息をつきながら目の前の親子連れを眺める。
当然というか必然というか、裏切られ続け人を信用できない俺は独身だ。
ふと顔を上げると、子供が芝生で元気に飛び跳ねている。
『子供か……。俺も結婚していたら違う人生があったのだろうか?』
自問自答してみても結論は出ない。
俺には信じられる人も愛してくれる人も、誰もいなかったからな。
そんな俺に更なる災難が降りかかるだなんて、誰が想像できるだろうか。
『ここで何をしているのかね!』
『身分証明書を出しなさい!』
突然、声をかけられ顔を上げると、そこには水色のシャツに紺色のベストを着た制服姿の男が二人立っていた。
警察官だ。
『えっ、あの、俺は、ちょ、朝食を……』
慌てて言葉が出てこない。
俺はコンビニで買ったパンとコーヒーを食べていただけだ。
『公園に不審者がいると通報があってね』
『子供をジロジロ見ていたんだろ?』
最初から俺を不審者扱いしている警察官に、俺は必死に弁明しようとする。
『そ、そんな、俺は休憩していただけで……』
説明する俺に、警察官は厳しい目で睨むばかり。
『ちょっと署まで来ていただけますか?』
『ま、待てよ! 俺は何もしていないだろ! パンを食べてただけで! 中年男性は公園に入ることも許されねえのかよ!』
『そういうのは署で聞くから』
必死に抵抗しようとしたところで、俺の胸に鋭い痛みが走った。
『ガァアアッ! む、胸が!』
倒れた俺に、警察官が右往左往する。
『お、おい、大丈夫か!?』
『心筋梗塞かもしれません!』
『救急車だ!』
『はい! 通信指令室ですか、至急、緊急車両を』
ウゥウウウウウウゥ――――
鳴り響くサイレンの音と人々のざわめきの中で、俺は必死に願っていた。
し、死にたくない! こんな無様な最後なんて嫌だ!
俺だって幸せになる権利くらいあるだろ!
クソッ! クソクソクソッ!
嫌だ! こんな人生は嫌だ!
もし生まれ変われるのなら、今度は愛される人になりたい。人に疎まれ続け、騙される人生なんてまっぴらごめんだ。俺は人に愛されて幸せになりたいんだ――――
「――――さん!」
んっ? 何だ……ここは?
「お父さん! どうしたんですか!?」
お……父さん? 俺が? 何で?
「お父さん! 苦しそうでしたよ。どうしたんですか?」
目を開けると、小さなエルフ少女が俺を覗き込んでいるのが見えた。
キラキラの金髪に宝石のような青い目をした少女だ。
髪をツインテールにしているのが、子供っぽくて可愛らしい。
「お父さん……俺が? そ、そうだ!」
思い出した。
昨日、クエストを終えて自宅に帰ってみると、ドアの前にこの子が座り込んでいたんだった。
いきなりお父さんと言われても全く身に覚えがない。まだ童貞だしな。
その時は日も暮れて時間が遅かったから、仕方なく一晩泊めてやったのだが。
「お父さん、怖い夢でも見たのですか? うなされてましたよ」
エルフ少女は心配そうな顔をする。
「ああ、ちょっと昔の記憶を思い出してな」
昔と言っても前世の記憶だが。
それより子供の話だよ。
この子は何者なんだ?
「えっと、キミは……」
「エステルです」
そういえばエステルとか言ってたな。
昨日は疲れていたし遅かったから、この子を客用の布団で寝かせたんだった。
「その、エステルは何で俺を父親だと……?」
「エルフの族長から聞きました。私は『天帝の種共有協定』で生まれた子だって」
ゾクッ!
思い出した。
そうだ、十数年前だったか。俺の種を巡り種族間で盟約を結んで……。
まさか、本当に俺の遺伝子から子供がつくられたのか!
計画は失敗だったと聞いたはずだけど。
「その、俺のことは何処で……」
「族長から教えてもらいました。この街で冒険者をしていると。ギルドで聞けば家が分かると思いまして」
エステルは緊張の面持ちで話している。俺に気を遣うように。
しかし……。
親だと言われても、一度も会ったことのない男の家に泊まるのはどうなんだ。
「あの実験は失敗だと聞いたのだが」
「…………」
実験の話をすると、エステルは黙り込んでしまった。
「えっと、俺に子供がいたなんて驚いたよ。本当に俺の……」
「そ、掃除は得意です」
俺の話を遮るよう、エステルは話し続ける。
「掃除と洗濯と料理もできます。ここに置いてください」
掃除と聞いて周囲を見回すと、部屋が片付いている気がする。
部屋を出てキッチンに向かうと、ゴチャゴチャしていたはずの料理道具や皿が、きちんと並べられていた。
「これはエステルが?」
「はい!」
少しだけ得意げな顔になったエステルが背伸びする。
「料理もできます。すぐ用意しますね」
そう言ったエステルがキッチンに向かう。
「お、おい、べつに料理を作らなくても……」
「任せてください」
意気揚々と料理を始めたエステルだが、どう見ても手つきが危なっかしい。キッチンの床に台を置いて、その上に立っていて冷や冷やする。
ガチャーン!
料理を作り始めて少し経った時だった、突然、エステルが鍋を引っ繰り返してしまったのだ。
小さな体で重い鍋を持つには無理があったのだろう。
「お、おい……」
俺が声をかけようとしたら、エステルは青い顔をして震え出した。
「ご、ごめんなさい! すぐに作り直します」
「いいよ、俺が作る――」
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
必死に頭を下げるエステル。この世の終わりみたいな怯えた表情で。
「そ、そんなに怯えなくても――」
その時、俺の脳裏にガラの悪い男たちの会話が思い浮かんだ。
『こいつハーフエルフじゃねえか? ハーフエルフはエルフ族でも嫌われ者らしいぜ』
『裏切者として迫害対象なんだよな』
ま、まさか、エステルはエルフ族の里から追い出されたのか? 行く当てもなく、父親だと聞いていた俺のところに……。




