第3話 俺は静かに暮らしたいんだ
ここはイザリル王国の王都イストファン。と言っても街外れにある寂れた場所だが。
あれから時は流れた。
何かアニメの『十年後』って最終回みたいだけど違うぞ。
色々とクソ野郎どもの話があるが、とりあえずはクエストだ。
何度も見飽きた『冒険者ギルド』と書かれた頑丈な造りの木製扉を開けた俺は、真っ直ぐにカウンターに向かう。
「こんにちは、レインさん」
にこやかな顔で俺を出迎えたのは、冒険者ギルドの受付嬢。名前はサーシャ。
オレンジ色の髪を後ろで留めている、優し気な顔の女性だ。
「今日もダンジョンですか?」
「ああ、また初級のクエストを頼むよ」
俺はサーシャさんにクエストの依頼をする。
何度もやっているダンジョンの初級クエストだ。
これがレベル上げにもなるし金を稼ぐのにも効率的なんだよな。
まあ、前世でもゲームでデイリークエストをこなしてたから慣れてるけど。
ある日、不慮の死を遂げた俺は、記憶を持ったままこの世界に転生した。
気づいたらレイン・スタッドとして、このイザリル王国の王都にいたって感じだ。
俺のスキルは、この世界で天啓と呼ばれる最強スキル『天帝の種』だった。
何でも俺の種を使えば、世界を滅ぼしかねない魔王を生み出すのも可能らしい。
そんなに凄いのかよ! 俺の種は!
結果、この世界の五種族が盟約を結び、種は五つの種族に均等配分されることとなった。
どうやって種を採取したかって?
言わせるなよ。恥ずかしい。自分でだよ。
俺は女性経験が皆無だからな。
まあ、結果その実験は失敗だったらしい。俺はよく知らねえけどな。
俺の種はどうなったのだろうか?
知っているのはただ一人、大聖堂の次期聖女と名高い……を除いて。
あれから十数年。一時はバランスブレイカーだのと各国を混乱させた俺だが、今ではそれを知る者も少ない。
レアスキルが発覚してから俺の運命は大きく変わっちまった。
学院では『種馬のレイン』と噂され、ジャスティンをワンパンしたことで、余計に皆から怖がられる存在に。
下級貴族だったこの世界での両親は、俺を当てにして散財した挙句、多大な借金を残して消えやがった。
もうゲームシナリオとは大きく変わっている。
俺は屋敷を売っぱらい借金を返して、この街の外れに引っ越してきたって訳さ。
まあ、自由になれてスッキリした気分だがな。
今は一介の冒険者だ。この王都の外れにある冒険者ギルドに登録している。まだB級だけどな。
「お待たせしました、レインさん」
俺が物思いに耽っているうちに、受付嬢のサーシャさんが手続きを終わらせたようだ。
「ありがとう」
クエストを受注しダンジョンに向かうとしたその時、後ろからニタニタと薄ら笑いを浮かべた男たちが近づいてきた。
「よう、天啓のレインじゃねえか! お前は良いよな。レアスキルで楽できてよ」
「だよな。なんたってレインは最強のレアスキルだからな。使えねえハズレスキルだけどよ」
「違いねえ」
「ガハハハッ!」
嫌味ったらしい顔で笑うのは、冒険者のザークとガランだ。
こいつらは何かといえば俺に絡んでくる。暇なのか?
「俺に嫌味を言ってる暇があったらクエストでもやったらどうだ? 人の悪口を言っても銅貨一枚にもらなねえぞ」
俺の言葉で顔を真っ赤にして怒りの表情になる奴ら。図星だったか。
「な、何だと! コラッ!」
「やってやんよ! クエストの一つや二つ!」
相手をしたくないが、何か言い返そうとしたその時だった。ギルドの入り口付近で騒ぎが起こる。
ガタンッ!
「ん、何の騒ぎだ?」
入口の方に目をやると、ガラの悪い冒険者たちが小さな子供を取り囲んでいた。
「何でこんな所にエルフのガキが居るんだよ!」
「おいおい、お嬢ちゃん! こんな荒くれどもの溜まり場に、一人で何しに来たんだぁ?」
小さな子供に見えたのは、どうやらエルフのようだ。煌めく金髪に長い耳、美しい容姿をしている。
怯えた表情の子供を囲むとか、胸糞悪い光景だ。
「あ、アナタたちには関係ないでしょう。わ、私は人を探しているのです」
ガラの悪い男たちに取り囲まれた少女が、精いっぱいに背伸びをして言い返した。
恐怖からなのか足を震わせながら。
まだ子供なのか背も低い。男たちの腰くらいの背丈だ。
エルフ特有の美しさが際立ちながら、同時に幼さも兼ね備え、愛らしい容姿をしている。
一方、ガラの悪い男たちは、下卑た顔で少女に顔を近づける。品定めでもするかのように。
「エルフの子供が人族の国に来るなんて珍しいじゃねえか!」
「こいつハーフエルフじゃねえか? ハーフエルフはエルフ族でも嫌われ者らしいぜ」
「裏切者として迫害対象なんだよな」
「もしかして、高く売れるんじゃねえか? エルフのガキは引く手あまたって噂だぜ」
ここ、イザリル王国には、そもそもエルフが少ない。ハーフエルフともなれば極めて希少だ。
何処かの変態貴族が買い取って、玩具として酷い扱いをするのかもしれない。
「このまま見過ごす訳にはいかないよな」
多勢に無勢だ。見ず知らずの子供を助けても、それこそ銅貨一枚にもならないだろう。
だが俺は、子供が虐待されているのを見ると、抑えられない怒りが湧き上がってしまう。前世のトラウマのせいだろうか。
「チッ、何やってんだよ俺は……」
真面目に努力し善行を積めば、いつか報われて幸せになれる。
俺も昔はそう思っていたさ。
だが現実はそうじゃない。
世の中を見てみろよ。金持ちは汚い奴か悪人ばかりだ。善人なんて損してばかりだろ。
真面目で正直者なんてクソくらえだ。
何度も何度も騙され損をしてきた俺は、二度と真面目になんか生きてやるかって思っていた。
そう思っていたはずなんだけどな……。
「おい、その子が怯えてるじゃねえか! やめとけよ」
声をかけた俺に、荒くれ者どもはイキった顔で睨みを利かせる。
俗に言う『ガンを飛ばす』とか『メンチを切る』というやつだ。
「ああぁん! テメエ誰にモノを言ってやがる!」
「このガキは俺らが先に目を付けたんだ!」
「そうだそうだ! このガキを売り飛ばせば金になるんだよ!」
絵に描いたようなヤカラに、俺は少し苦笑した。
「ふっ、短絡的な奴らだな」
「何だとゴラァ!」
デカい男の顔が一瞬で紅潮したかと思ったら、丸太のように太い腕を振り上げた。
「オラァああッ!」
ブンッ!
鈍い音を立てながら、男の拳が飛んでくる。体重を乗せた重そうな一撃だ。
暴力に物を言わせれば思い通りになると考えているのだろう。
「偶然だな、俺も同じ考えだよ。暴力は全てを解決するんだ」
ガシッ!
男の拳を手で止めた俺は、そのまま握力を使って力を込める。
グギギギギッ! ゴキッ! ボキッ!
「ぎゃぁああああああああああああ! 痛っ! 痛ぇええええええええ! や、やめろ! やめてくれ!」
大男が膝をつき、俺の方が目線が上になった。
これには他の男たちも目を丸くする。
「なっ! し、信じられねえ! アニキが力負けするなんてよ!」
「ありえねえぞ! こいつ何者だ!?」
大男を組み伏せながら、俺は低い声で言い放つ。
「天啓のスキルって知ってるか?」
「て、てて、天啓だと!? あの世界最強の……」
「そうだ。この俺のスキルなんだけどな」
「あ、あああ、ありえねえ! 世界最強が、こんな場末の冒険者ギルドに」
場末とか失礼だな。お前らも同じ冒険者だろ。
グギギギギギ!
「ぎゃああああああああ! ゆ、許して! 許してください! もうしません」
ちょっと力を入れてやったら、大男は詫びを入れてきた。何だよ、見た目は強そうなのに大したことないな。
デカい筋肉は見掛け倒しか?
「分かったのなら、さっさと出てゆけ」
「へ、へい。分かりやした。へへっ」
放してやると、男は媚びへつらった顔になった。
そのまま後ずさりし、手下を連れ這う這うの体でギルドを出てゆく。
「レインさん、凄い! どうやってあんな大男を……」
後からサーシャさんの声が聞こえた。
あまり持ち上げないでくれよ。俺は静かに暮らしたいんだ。
「ふうっ、何とかやり過ごせたか」
ふと、視線を感じ顔を向けると、目をキラキラさせたエルフ少女が俺を見つめているじゃないか。
「オジサン凄いです」
まだオジサンじゃねえと言いたいところだが、子供から見たら十分おじさんなんだろう。
俺は軽く手を上げて冒険者ギルドを後にした。
しばらく通りを歩いてから大きく息を吐き出す。
「ふぅううっ、助かった。世界最強とかハッタリなんだけどな」
世界最強の天啓スキルというのは本当だ。そう、種だけはな。
これがハズレスキルの所以である。
「種だけは最強なんだよな。種だけは……」
俺の『天帝の種』スキルは、種にウルトラレアレベルの力を宿しているらしい。遺伝子を継いだ子供が伝説の勇者にも魔王にもなるような。
ただ、俺自身はそれほど強くない。せいぜいエリアボスモンスターを倒せるくらいだ。
えっ、十分強いって?
ゲームをやり込んでいた俺からしたら、こんなのまだまだ初級者だな。本来ならレベルも装備もカンストして、魔王軍と戦えるくらいにしねえと。
今のレベルは70を超えたくらいだ。これも子供の頃からレベル上げをした結果だな。
まあ、ゲームの時はレベル120でカンストしてたから。
一つだけ問題なのが、出してスッキリすると弱くなるところだ。
これがホントの賢者モード……賢者じゃないけどな。
「はぁ……クエスト前に溜めとかないとならないとか、どんなハズレスキルだよ」
俺は溜め息混じりにダンジョンへと向かった。
帰宅後に父親になっているとも知らないままに。




