第24話 魔族の使者
引っ越し先の家は、俺の要望通りの間取りで快適だった。
書斎と寝室を兼ねた俺の部屋に、子供部屋が三つ。子供部屋にはベッドが二つずつあり、十分な広さが確保されている。
他には、ダイニングキッチンと浴室とトイレに、リズさん用の使用人室だ。
新居探しをどうしようかと思っていたけど、リズさんが俺の希望条件から探し、交渉と契約と手続きを済ませてくれた。
こうして考えると、メイドを雇って良かったよな。色々と細かな仕事を任せられるから。
知らない人に頼むより、旧知の仲のリズさんなら安心だ。
「お坊ちゃま……じゃなく、レイン様。朝食の準備ができました」
ちょうどリズさんが俺を呼びに来た。
「わふっ! お腹空いたの」
「今日のメニューは何かしら?」
「良いのでしょうか? 料理を作らないと落ち着きません」
娘たちも一斉に声を上げた。
「って、ちょっと待て! 何で子供部屋があるのに、三人とも俺の部屋で遊んでるんだ?」
そう、娘たちが俺から離れようとしない。やっぱりファザコン気味だ。
「ほらシャル、抱っこしてないで食事にするぞ」
「わふっ」
大型犬みたいに抱っこで甘えるシャルを、俺は膝から降ろした。体は大きくなったのに、性格は甘えん坊なままだ。
「リゼットは部屋が無いって怒ってたよな? 何で自分の部屋に行かないんだ?」
ドヤ顔で俺の横をキープするリゼットに、俺はツッコミを入れた。
「あら、夫婦は常に一緒の部屋ですわ♡」
「部屋が欲しいって言ってたよね? あと、親子だぞ」
俺はプイッと顔を背けてしまったリゼットに呆れながら、今度はエステルの方を向く。
「エステルは頑張りすぎだから、たまに休んでも良いんだぞ」
「でも、お父さん……」
エステルが困ったような顔になった。
真面目なエステルは、いつも俺の役に立とうと頑張っちゃうんだよな。でも、一人だけ負担が増えるのはダメだし。
エステルの自己肯定感を上げつつ、無理をさせないようにしないと。
「そうだ、エステルには今度スイーツを作ってもらおうかな? ほら、この間のパイ料理だったか?」
「は、はい!」
エステルの顔が、パアッと明るくなった。
たまにはエステルに料理を作ってもらおうか。
三者三葉の性格をした娘たちだ。それぞれの個性を尊重し、長所を伸ばす育て方をしないと。
「引っ越しも落ち着いたし、今日はクエストに行こうかな?」
俺のつぶやきを聞いたのか、リズさんが駆け寄ってきた。
「片付けは私がやっておきますね。レイン様は、心置きなく行ってらっしゃいませ」
「何だか悪いですね。何から何まで」
「そんな、レイン様は私のご主人様じゃないですか。ここに置いてくださるだけで助かってますよ」
本当にリズさんをメイドにして良かった。
「たまには『このメス豚』って言いながらお尻を打ってくれればなお良いのですが」
「それは遠慮します」
これさえ無ければだけど。
娘の前でやめてくれ。リゼットがジト目で睨んでいるから。
◆ ◇ ◆
久々に冒険者ギルトの門をくぐると、場の空気は一変していた。
いつもは強面野郎ばかりでむさ苦しいのに、今日はコンサート会場みたいに賑やかだ。
「レイン! じゃなくて、旦那様ぁ♡ どこをほっつき歩いてたのよ!」
何故か騒ぎの中心にはヴィクトリアがいた。
「おい、お前は王都中央ギルドの所属だろ。何で街外れの荒くれ者ギルドに顔を出してるんだ?」
俺がヴィクトリアに尋ねると、横からサーシャさんが「荒くれ者ギルドじゃないですよ。王都西ギルドですよ」と小声で訂正してきた。
そして肝心のヴィクトリアというと、何か感極まったように涙を流し始めたのだが。
「うわぁああああぁ~ん! レインのバカぁ! 王覧試合で優勝したと思ったら、私を放置して会場を後にしちゃうし! 家を探して訪ねてみれば、夜逃げみたいにもぬけの殻になってるし! 酷いわぁああぁ!」
夜逃げはしてねえぞ。
「引っ越したんだよ。部屋が手狭だったから」
「なら私も連れてってよぉ」
「何でだよ」
「大丈夫よ。私、あの声が大きいけど、部屋を防音設備にすれば問題ないわ♡」
そんな情報はいらねえ……。
てか、処女なのにあの声が大きいって……。
「何よ何よ、私と結婚するって言ったくせに♡」
「言った覚えはねえ」
「私、絶対に諦めないわよ♡ ふぇ~ん」
ドMっぽい泣き顔で迫るヴィクトリアに、俺の腰の奥がゾクゾクする。
この女は危険だ。見た目は気品ある女王様っぽいのに、その実ドMでポンコツで一途ときた。しかもスタイル抜群でたまらねえ体をしてやがる。
俺も男だし、種も溜めてるし。
こんな良い女にグイグイ迫られたら、どこまで我慢できるのか分からねえぞ。
まあ、娘の手前、簡単に流されたりはしないけどよ。
「とにかく、俺は娘を育てるのに忙しいんだ。他をあたってくれ」
「そんなぁ! 私を手酷く振る男なんて、あなたが初めてよ! 自慢じゃないけど、私って幼少期から男子にモテまくってたんだからね!」
「自慢じゃねえか」
俺は肩をすくめながらカウンターへ向かう。
「レインさん、レインさん」
サーシャさんが俺の耳に顔を寄せてきた。
「わ、私、たぶん家事とか育児とか得意ですよ。きゃっ♡」
えっ? 何アピール?
「そうですか。将来、良いお嫁さんになりそうですね」
「もうっ、レインさんのイジワルぅ」
何だか良く分からないが、サーシャさんは泣きそうになりがならクエストスクロールを準備している。
こんな状況に、ザークやガランなどの冒険者たちが、俺の噂話を始めやがった。
「さすがレインだぜ。フラっと王覧試合に出たかと思えば、優勝賞金と剣姫をかっさらってきたからな」
「何でも聖騎士団長を拳てボコボコにしたらしいぜ」
「何だよそりゃ、圧倒的だろ」
「あの美しい剣姫もベッドで泣かせたんだろうな」
「羨ましいぜ」
ベッドで泣かせてねえよ! もう変な噂が広がってるじゃねええか!
どうしてこうなった。
◆ ◇ ◆
今日はリゼットを加入させ、初の四人パーティーだ。
今まではヒーラーがいなかったけど、これからは回復や治癒も可能となる。行動範囲も格段に広がるはずだ。
「ホーリライト!」
シュバァー! ちゅどーん!
俺は夢でも見ているのだろうか?
リゼットのホーリーライトが、俺の知っているホーリーライトじゃない。レーザービームのように放たれたそれは、恐るべき殺傷力で魔物を消滅させてゆく。
もはや光学兵器だ。
「お父様、どうですか、わたくしの活躍は?」
「お、おう。ちょっとアドバイスしただけで、もう使いこなしてるんだな」
「ふふーんですわ!」
ドヤ顔で胸を張るリゼットが可愛い。ちょっと調子に乗りすぎにも見えるが。
「わ、私も頑張ります」
それを見たエステルが俄然やる気になった。
「龍雷撃!」
ズババババッ! バリバリバリバリバリ!
凄まじい閃光と共に幾筋もの雷撃が迸る。それはダンジョン内を縦横無尽に駆け巡り、空間に存在する魔物を殲滅した。
「待て待て待て! 加減しろエステル! ダンジョンが壊れるって!」
◆ ◇ ◆
ダンジョンからの帰り道、俺は落ち込むエステルを労わっていた。
エステルの超強力な魔法で、ダンジョンが崩れて生き埋めになりかけたのだ。
「えっと、エステルは頑張ってるよな。でも、ちょっとだけ力をセーブしような」
「すみません……失敗ばかりで……」
ああ、またエステルが落ち込んでしまった。
俺に良いところを見せようとして空回りしちゃってるんだよな。
分かるよ、その気持ち。
俺も前世の子供の頃はそうだった。義母に良いところをみせようと、勉強を頑張ったりお手伝いをしようとして。
でも、その努力は報われることはなかった。
義母は最初から俺を嫌っていたから。
でも俺は違う。
「エステル、大丈夫だぞ。誰もお前を責めたりしないから。エステルは俺の大切な娘だ。安心しろ」
「お父さん」
俺がエステルの頭を撫でると、彼女は真っ直ぐな目で見つめてきた。
横で聞いていたリゼットまで俺に頭を向けてきたけど。
「ふふーんですわ! わたくしも褒めてよろしくてよ」
「リゼットは少し遠慮しろ」
「もうっお父様ったら」
文句を言いながらも俺はリゼットの頭を撫でる。
その時だった。家路を辿る俺たちの前に、木陰から女性が飛び出してきた。
周囲は王都正門に繋がる森の中だ。他に誰も居ない。
「レイン殿とお見受けします。どうか、私の話を聞いていただけますか? 私は同胞から命を狙われているのです」
その女性が声を発した。妖艶で脳に直接響くような声を。
一目で分かった。その女性の頭には、ツノが生えていたから。そして瞳の中には、猫のように綺麗な縦長の瞳孔。魔族だ。
「レイン殿、この少女を保護していただきたいのです」
その妖艶な魔族女性の横には、小さな女の子が立っていた。




