第22話 初夜ですわ
三人の娘を連れ自宅に戻った俺だが、肝心なことを忘れていたのに気づく。
ベットが二つしかないのだ。
元々、俺の使ってたベッドの他に、客用の布団があっただけである。
現状はそれで簡易的なベッドを作り、エステルとシャルを一緒に寝かせているのだ。
シャルの成長が早く、ベッドが手狭になってきたというのに、ここにきてリゼットも同居することになった。
これは完全に見落としていたぞ。
「ここがお父様の家ですか? 手狭ですわね」
物珍しそうな顔をしたリゼットが、室内を見て回っている。
ずっと大聖堂で生活していたリゼットには、庶民の部屋が新鮮なのだろう。
「ところでお父様、わたくしの部屋は何処かしら?」
リゼットが不思議そうな顔をしている。キョロキョロしなくても部屋なんか無いのだが。
「すまん、リゼット。部屋は無い。このベッドに三人で寝てくれ」
「はあ? こんな小さなベッドに三人は無理ですわ」
ですよね。俺も分かってるんだけどさ。
「でしたら、こちらのベッドでお父様と一緒に寝ますわ」
「それは勘弁してくれ」
父と娘が同衾なんて禁忌すぎるだろ!
しかもリゼットって大人っぽい雰囲気なんだよな。エステルやシャルと歳は同じくらいなのに。
「何でですの! わたくしたちは結婚するのです! 一緒に寝るのは当然ですことよ。お父様……いえ、ダーリン♡」
リゼットが、俺にしなだれかかってきた。
「しょ、初夜ですわね♡ ぽっ♡」
「リゼット、お前、意味分かって言ってるのか?」
「い、意味くらい知ってますわ♡ 夫婦は愛し合うものです♡」
「こらっ! 親子は夫婦になれないの!」
俺は駄々をこねるリゼットを引っぺがした。
あからさまに不満顔をしているが、もう少ししたら年頃になるのだから、男女の線引きはしないと。
そんな俺とリゼットのやり取りを見ていた二人が、不満を口にする。
「シャルもパパと一緒に寝るの」
「ダメですよ、シャルちゃん。わ、私がお父さんと寝ます」
おい!
「ところで初夜って何なの?」
シャルが素朴な疑問を口にして、エステルがオロオロし始めた。
「こ、子供はダメなんですよ。エッチ禁止です」
「何でダメなの? 何をするの?」
「そ、それは……ううっ♡ 男と女が愛し合い……おしべとめしべが……」
ちょっと待てエステル! それ以上は言わなくて良いから。
エステルを止めて事なきを得た。好奇心旺盛なシャルが、エッチなことを覚えたら危険だ。
「とにかく、狭いけど数日は我慢してくれ。明日になったら引っ越し先を探すから」
俺の話でエステルとシャルは納得したのだが、リゼットだけは不満顔だ。
「わたくしを妻に迎えるのに、新居を用意してないのはダメダメですわね」
「妻には迎えねえって。リゼットは娘だろ」
「愛があれば、これしきの障害など乗り越えられますわよ」
「愛って……前は俺を嫌ってたじゃないか」
「す、好き避けですわ♡ ぽっ♡」
すすす、好き避けぇええええ!?
「えっと、リゼットは本気で俺を?」
「うくぅ♡」
は? リゼットの顔が真っ赤なのだが?
何だろう。気のせいであってくれ。
やっぱり俺の娘がファザコンっぽくて心配になるぞ。
「と、とにかく、お父様には感謝しておりますわ。あの聖騎士団長ジャスティン様をぶちのめした強さ。す、素敵ですわ♡」
「おう……」
「あの荒々しさ♡ 雄々しき立ち姿♡ ちょっと乱暴だけど、わたくしを守る背中♡ 素敵ですわぁ♡」
「よし、夕食にしよう」
俺は話を切り上げキッチンに向かった。
リゼットが「聞きなさいな!」と吠えているがスルーだ。
明日になったら、すぐに広い家を探さないと。俺の娘が間違った道に進まないように。
「思春期に入りかけの娘を持つ父親って、こんな悩みを抱えているものなのだろうか?」
◆ ◇ ◆
「どうしてこうなった?」
夜、やっと一息つけると思った矢先、リゼットが俺の布団に潜り込んできたのだが。
三人一緒のベッドで寝かしつけようとしたが、やはり狭くて無理だった。娘たちが話し合いの結果、他の二人を言い負かしたリゼットが俺と寝ることになったのだ。
「うふふ♡ お父様と一緒ですわ♡」
リゼットは嬉しそうな顔で、俺の胸に顔を埋める。
「お、おいリゼット……」
「お父様だけなのですわ」
「えっ?」
俺の腕を掴むリゼットの手に、ギュッと力が入った。その体は、小さく震えているようにも感じる。
「わたくし……お母様は、何処の誰なのか知りませんの」
「リゼット」
「お父様の種を、初期能力の高い女性の卵子と掛け合わせる実験をしたのです」
まさか……より強い子供を作るために? そのために、何処の誰か分からない女にリゼットを産ませたのか?
そこまでして強い能力の子供を……。この国は、生まれた子供を兵器にでもするつもりなのかよ。
「お母様の記録は残っておりませんでしたわ。機密事項として隠蔽されたのか。もしくは、身分が低かったから消されてしまったのか……」
「そんな……」
「もう、わたくしには、お父様しかおりませぬの」
リゼットは俺に抱きつく。必死に縋るように。
そうか……リゼットが大人びて見えたのは、そうせざるを得なかったからなのか。
陰謀蠢く国や教会の中で、周囲は信用できない大人ばかり。そんな状況で、たった一人で生きてきたんだ。
「リゼット、もう大丈夫だ。これからは俺がお前を守る」
「お父様ぁ♡」
「だから安心しろ。ずっと一緒だから」
「はい♡」
リゼットのこれは、変な意味じゃないよな。親の愛情に飢えているだけなんだ。
「ダーリン♡ する?」
「んんぅ?」
たぶん……気のせいだ。変な意味じゃないはず。きっと。じゃないと困る!
「ふざけてないで早く寝ろ」
「はぁい」
少し拗ねた顔になったリゼットは、俺の腕の中で静かに寝息を立て始めた。
まいったな。愛情に飢えているのは何とかしてやりたいけど、ファザコンすぎて困るのだが。
ドラゴンの件やら、教会の件やら、魔族の件やら、色々と問題山積だ。
だが俺は、面倒なことは一旦忘れ、娘を守ることだけを考えて眠りについた。
◆ ◇ ◆
翌朝、我が家の食卓は賑やかだった。
「今夜はシャルがパパと寝るの」
「ああーっ、ダメですよ! シャルちゃんは、この前一緒に寝たでしょ! 次は私の番です!」
「今夜も当然わたくしですわ」
「シャルなの!」
「ダメぇええ!」
賑やか過ぎるぞ。
何で娘たちが、俺との添い寝を掛けてバトってんだよ。
「まあ、姉妹仲良くしてくれるのなら良いか」
自然と笑みが浮かぶ。
リゼットが二人と上手くやれるか心配だったけど、どうやら余計な心配だったらしい。
すぐに打ち解けて馴染んでいる。若干、馴染み過ぎて、普通に喧嘩しているようにも見えるが。
「ふふーんですわ。今夜もわたくしの勝利ですのよ」
「シャルなのぉ!」
「ダメダメダメ! ダメです!」
「お前ら、飯くらい静かに食え」
娘が三人に増えたらこれだ。先が思いやられそうな気もする。
◆ ◇ ◆
朝食後は街へと出掛けた。新しい家を探すためだ。
「ドラゴンの鱗を売って金も入ったし、ちょっと広めの家が良いよな。子供部屋付きの」
ドンッ!
俺が不動産屋の物件情報を眺めていると、客の女性と肩をぶつけてしまった。
「あっ、すみません」
「こちらこそ申し訳ございません」
その女性が、俺の顔を見たまま固まっている。
あれっ? この人、何処かで見たような気がするぞ。
「あの、大丈夫ですか?」
「あ、ああ……貴方は、レインお坊ちゃま!」
何だろう、この懐かしい響きは?
「どちら様でしたっけ?」
「私です、私、メイドのリズです」
リズ? リズ……あっ!
「俺の専属メイドのリズさん!?」
「それです。お坊ちゃまの奴隷……せ、専属メイドのリズです」
おい、今奴隷って言わなかったか?
でも懐かしいな。彼女は俺が小さい頃からメイドとして世話をしてくれた女性だ。
男爵家が財政破綻したので、退職金を渡して解雇した。ちょうど結婚の話も来たらしいので、安心していたのだが。
「あれから元気でやってましたか? 結婚したと聞いて……」
「レインお坊ちゃま! メイドは必要ございませんか?」
「ん?」
必死に縋る目をするリズさんに、俺はまた面倒事の予感がした。




