第2話 暴力は全てを解決する
ここは王都の魔法学院、元の世界でいう高校みたいな場所だ。
スキルが判明してからというもの、俺は『種馬のレイン』とか『レイン死ね』と噂されるようになってしまった。
これじゃゲームシナリオ通りじゃねえか!
これまで女性に優しくしてきた俺の努力は何だったんだ。
「くそっ! 何かゲームシナリオに戻すような強制力でも働いているのか? おかしい、ゲームとは全く違う展開になっているはずなのに」
俺が独り言をつぶやいていると、廊下の向こうから男子生徒が歩いてきた。
その姿を見た俺は、とっさに身構える。
「やあやあ、そこにいるのはレインじゃないか。こんな所で何をしているんだい? もしかして、女子生徒を付け狙っているのかな?」
この、人を小馬鹿にした態度で話しかけてきた男は、ジャスティン・ベックフォード。
学院トップの成績を誇る、女子人気ナンバーワンのモテ男。ゲームでは勇者だった男である。
だった……と表現したように、この世界では勇者になっていない。
スキル測定の時は気づかなかったが、その他大勢の中に紛れていたらしい。
本来なら、あの時に勇者スキルが判明し、一躍スターにのし上がるストーリーだったはずだが。
「やあ、ジャスティンじゃないか。前にも言っただろ、俺は女子を付け狙ったりしていないって」
俺は努めて友好的に接していた。敵を作らないように。
だが、奴の方はそうでもないようで。
「またまたぁ、お前が女子を狙っているのは皆が知っているんだよ。種馬のレイン君」
「だからそれはスキルの話だろ」
「俺はね、女子を守るよう善意で働いているのだよ。キミが犯罪に手を染めないようにね」
いつもこうだ、この男は。
「だから何度も言ってるけど――」
「ああ、そうだった! キミの種が五種族に均等配分されるのだったね。怖い怖い」
またその話か。
俺の種は恐るべき戦略兵器とも噂され、瞬く間に世界中に知れ渡ってしまった。
結果、特定の種族に種を独占させないよう、五種族間で協定が結ばれたのだ。
その協定を『天帝の種共有協定』と呼ぶ。
「協定なんて俺は知らないんだ。国が勝手に進めているだけだからな」
「女子が心配しているのだよ。レインに犯されるって」
「だから、そんな心配は無いって言ってるだろ」
「俺は女子の味方だからね。悪い男がいたら排除するのが正義だと思うんだ」
ダメだ、こいつは話が通じない。
最初から俺を悪だと決めつけている。
「ジャスティン先輩!」
「あっ、ジャスティン先輩だ!」
「きゃっ、ジャスティン先輩、いつ見ても素敵ぃ」
不意に女子集団が現れ、俺たちは囲まれてしまった。
と言っても、女子の目当てはジャスティンなのだが。
女子の一人がジャスティンの前に躍り出る。
「ジャスティン先輩、何をしているのですか?」
「ああ、俺はここにいるレインに説教していたところなんだよ。女子を襲うんじゃないって」
ジャスティンが、とんでもないことを言い出した。完全な濡れ衣だ。
「おい、ジャスティン! 俺は何もしていないって言ってるだろ」
「怖い怖い。レイン、犯人は皆そう言うんだ。俺はやってないってね」
「いい加減にしろよ!」
我慢の限界になった俺は、ジャスティンの胸倉を掴んだ。冤罪で性犯罪者呼ばわりされるのだけは許せない。
「「「きゃああっ!」」」
「やめろレイン! 罪を重ねるな! ほら、これだよ! 女の敵はいつもこうだ!」
女子たちが騒ぎ、ジャスティンは大袈裟に叫ぶ。
完全に俺が悪者にされてしまった。
「これ以上、女性の敵を放置しておけない! レイン・スタッド! 俺は貴様に決闘を申し込む!」
ジャスティンはそう言うと、手袋を俺に向かって投げ付けた。決闘の宣言のつもりだろうか。
そもそも、何処に手袋なんか隠し持ってやがった?
「ジャスティン先輩、頑張ってください!」
「そうです、女の敵を叩き潰してくださいね!」
「ジャスティン先輩、素敵です!」
取り巻きの女子たちまで盛り上がっている。皆、ジャスティンの応援をして、俺への声援は皆無だ。
こうして、俺は勇者候補の男と決闘する羽目になってしまった。
◆ ◇ ◆
魔法学院の闘技場、観覧席で多くの生徒が見守る中、俺とジャスティンは剣を構えて向かい合う。
まあ、決闘といっても、剣技による練習試合という名目だが。
「俺は正義のために戦う! 女性の敵は、断固として許さないぞ!」
剣を掲げて宣言するジャスティンに、会場から大きな歓声が上がる。
ここまで俺を嫌うのは、ゲームの主人公補正か、それとも単に性格がアレなだけなのか。
「レイン、これを」
そう言って、ジャスティンは液体の入ったビンを差し出してきた。
「何だこれは?」
「聖水さ。決闘前にグラスを合わせ飲むんだよ。身を清める儀礼さ」
「何だそりゃ。聞いたことがないぞ」
「お前は決闘の儀礼も知らんのか? 貴族たるもの当然の礼節だぞ」
何だか知らんが、俺は聖水とやらを飲み干した。
ジャスティンも一気にグラスを空ける。
「よし、レイン・スタッド、お互い正々堂々と勝負だ!」
「ああっ、やってやる」
ここまで来たらやるしかない。
この勇者候補の男を倒し、身の潔白を証明してやる。
このために俺は努力してきたんだ!
レベルも41まで上がった。俺は相手のステータスも見ることができる。これならいい勝負ができるはずだ。
「よし、ステータスオープ……あれっ」
ジャスティンのステータスを読み取ろうとしたそのとき、俺の視界がグニャリと歪み、思わず足がふらついた。
「さあ、試合開始だ! レイン!」
ジャスティンが剣を上段に構えると、一気に踏み込み剣を振り下ろした。
ガキンッ!
何とか剣を横にして一撃を防いだが、腕に力が入らない。
ジャスティンは、上から力を込めて剣を押し込んでくる。
「ぐあっ! どうなってやがる!」
「ふふふっ、効いているようだな」
剣と剣を合わせたところで、ジャスティンは俺の耳に顔を寄せてきた。
「くくっ、レイン、お前は馬鹿な奴だ。まんまと俺の術中にハマるとはな」
「なっ、ま、まさか……あの聖水は?」
「そのまさかさ。お前は無様に負けて、俺の肥やしになるんだ。種馬のレインさんよ」
そういうことか!
あの俺が飲んだ聖水には毒が入っていやがったんだ!
そもそも最初から聖水を飲みかわす儀式なんて無いのだろう。
「クソッ! 卑怯な!」
「卑怯とは何だ。勝てば良いのさ。レインのような奴は皆でイジメ抜いて潰す」
「くっ、お前、それでも学院トップか」
「そうだ、俺の方が優れている。お前がいなければ俺が勇者になっていたはずなんだ。お前を学院から追放してやる」
ガンッ! ガキンッ!
ジャスティンの鋭い一撃を、俺は防ぐので精一杯だ。
毒のせいで目は霞み体に力が入らない。
クソッ! 何が勇者になっていただ。確かにゲームでは勇者になっていたんだけどよ。
こんなクズが勇者のはずがねえだろ!
勝手なことを言いやがって! そんな理由で追放されてたまるかよ!
キンッ! キンッ! ガキンッ! カランカラン!
奴の切り上げた剣により、俺の剣は弾き飛ばされてしまった。
「終わりだ、レイン・スタッド! どりゃぁああ!」
丸腰の俺に、ジャスティンの強烈な一撃が振り下ろされる。最悪だ。
くっ、ちくしょう!
もう意識が……。俺はこんな奴に負けるのか?
こんな卑怯者でも勇者になる男だったはずなのに。もしかして、俺の悪口を広めてたのもこいつかもな。
ところでこいつ、結局レベルはいくつだったんだ? 勇者だから俺より強いはずだよな?
もう、どうでも良いか。
最後に一発だけでも、このムカつく男にぶち込んでやる。俺の拳を、すかしたモテ男の顔面にな。
そうだ、人は分かり合えない! 前世の頃から分かってたはずだ!
結局のところ、世の中は暴力が全てを解決するんだ!
「クソッ、この偽勇者がぁああああああ!」
ズドンッ!
「グバボゲぇええええええええ!」
決死の覚悟で繰り出した俺の右ストレートが、ジャスティンの顔面に命中した。
奴は派手に吹っ飛んで、顔を血で染めながら闘技場に転がる。
「あれっ? 勝った……のか?」
霞む視界でジャスティンを確認すると、奴は闘技場の地面に倒れたまま動かない。壊れた人形のように、変な格好のまま。
「しょ、勝者、レイン・スタッド!」
ウォオオオオオオオオオオオオオ!
俺の名前が呼び上げられ、どっと歓声が沸く。
それは俺の声援なのか、予想外の結果に対するどよめきなのか。もう疲れ果てた俺には分からない。
◆ ◇ ◆
あれから数日にわたって寝込んだ俺は、やっと全快して学院に登校していた。
酷い目に遭ったぜ。
「ひっ!」
今、廊下の角からジャスティンが出てきた気がしたけど……。気のせいかな?
しかし意外と勇者候補も弱かったな。あんなのゲームじゃモブキャラレベルだろ。勇者になるならドラゴンに勝てるくらいじゃねえと。
そもそも、この世界の人間はゲームみたいにレベル上げをしてないようだけど。
まあ、あのクソみたいな男が、これで大人しくなるとは思ってねえけどな。
「レイン! 俺は悪には負けないぞ!」
気のせいじゃなかった。
ジャスティンが廊下の角から顔を出して、俺を罵倒している。
「この女の敵! 種馬男! 俺のファンクラブを潰しやがって! いつかお前を社会的に抹殺してやる! 覚えとけよ!」
ジャスティンは俺を罵るだけ罵って、さっさと逃げていった。
「ふうっ、もう面倒事は懲り懲りだぜ」
この時の俺は知らなかった。
これが序章にすぎないことを。この男の執念深さを。降りかかる面倒事が、こんなもんじゃないということを。
そして、この俺に娘がたくさんできることを。
最強の愛娘たちを従え、クソみたいな悪党どもをぶちのめすのだと。




