第19話 絶対に許さない!
俺は走った。なりふり構わず全力で。娘が待つ控室へと。
どうか、俺の杞憂であってくれ!
考えすぎだと、俺を笑って出迎えてくれ!
そんなことを考えながら、俺は走り続けた。
「エステル! シャル!」
控室のドアを開けた俺が見たのは、苦しそうな顔でうずくまる娘たちの姿だった。
「二人とも、しっかりしろ!」
「お腹が……痛いの」
「苦しいです……」
二人は脂汗を流しながらお腹を押さえている。
間違いない、毒を盛られたんだ!
「あ、あの、レインさん」
背中に声をかけられ振り向くと、そこにはおろおろと立ち尽くすサーシャさんがいた。
「サーシャさん!」
「あの、私も今きたところなのですが、ケーキを食べていた二人が急に……」
「サーシャさんは食べたんですか?」
「いえ、私は食べていません」
やっぱりケーキかジュースの中に毒が! 俺が一緒にいてあげていたら……。
いや、今は自分を責めている場合じゃない!
「待ってろ、お父さんが助けてやるからな」
二人をソファに寝かすと、俺は決意を決めて立ち上がった。
解毒薬か状態異常を解除できる者がいれば助かるはずだ。
「レインさん、一体何があったんですか!?」
サーシャさんが不安な顔で俺を見た。
「サーシャさん、差し入れの飲食物に毒が混入していたようです」
「そ、そんな!」
サーシャさんは、慌てて脚をもつれさせながら駆け出した。
「わ、私、運営を呼んできます! 試合会場だから、きっとヒールが使える人がいるはずです」
「待ってください!」
俺はサーシャさんの背中に声を掛けた。
このケーキは運営が運んできたものだ。まだ運営が関与していると決まった訳ではないが、関係者に任せるのは危険すぎる。
「ど、どうしたんですか? 急がないと」
「このケーキは運営からの差し入れです。運営の中に、毒を混入させた人がいるかもしれません」
「そ、そんな……」
「この会場にいる無関係な術者を探しましょう!」
状態異常回復やヒールを使える術者を探そうと、俺たちは走り出した。
しかし、そう簡単に見つかるものではない。俺には僧侶や神官の知り合いなんていないからな。
「神官……?」
観客席に繋がるホールまで出たところで気づいた。一人だけ知っている者がいることに。
「神官……女神官……。そうだ、聖女見習いのリゼットなら」
その時だった。
「お父様」
そのリゼットの声が聞こえた。今日も応援に来てくれていたのだろうか。
「リゼット!」
「ど、どうしたのですか? 血相を変えて」
リゼットは驚きで目を丸くしている。
「お父様?」
「リゼットぉおお!」
「ひゃ、ひゃい」
リゼットを抱きしめると、彼女は真っ赤な顔で目を白黒させた。
「お前が必要だ! 俺と一緒にきてくれ!」
「えっ、えええっ~!」
驚いたリゼットを抱えると、俺は全速力で控室に向かった。
バタンッ!
「待たせたな! すぐに楽にさせてやるからな」
勢いよく控室に入った俺だが、リゼットが目を回している。脇に抱えたまま走ったからだ。
「お、お父様、説明してくださいまし!」
俺は手短に説明する。
「そういう訳なんだ! 頼む、二人に状態異常回復魔法を掛けてくれ!」
「そ、それは……そうしたいのは山々なのですが」
リゼットの顔が曇った。
「ご、ごめんなさい! わたくしの能力が……」
「どうしたんだ、リゼット」
「わたくしの努力が足りないのですわ……」
「えっ?」
リゼットは泣きそうな顔で俺を見つめた。
「わたくしは何度も経典を読み、地母神リーファ様に祈りを捧げ、何度も何度も神の奇跡を試みているのですが……。いまだに聖女たる奇跡も起こせず……」
リゼットの頬に、一筋の雫が流れた。
「わたくしは恥ずかしいですわ。基礎レベルが高く、聖女の再来と褒め称えられておりますのに。無力で……姉妹が苦しんでいるのに、何もできず……」
塞ぎ込んだリゼットを見て、俺は必死に考えていた。
この世界で魔法の行使をするのには、いくつかの方法がある。
神聖魔法は、神への祈りによって奇跡を起こす。精霊魔法は、マナを使い大気と大地の精霊との契約で力を行使するといわれている。いずれも魔法術式によって、魔術回路を構築するようだ。
だが、それはこの世界の常識。俺の知識では、魔法も剣術と同じでスキルによってMPを消費し使っていたはずだ。
原理は違えど、魔法の行使は本人のスキルによる部分が大きいのだろう。
エステルは無詠唱魔法スキルによって絶大な魔法を使えるようになった。
なら、リゼットもきっと……。
俺はリゼットのステータスを開いた。
――――――――――――――――
リゼット Lv69
種族:人族
職業:女神官
スキル
神の代行者
神聖魔法Ⅰ
対魔族特効
生命力回復
状態異常回復
ホーリーライト
魑魅魍魎滅殺の歌声
――――――――――――――――
これは……神の代行者……だと!
通常、神聖魔法は地母神リーファと契約し力を行使するんだよな? でも、リゼットは神の代行者としての素質がある。
これなら契約無しで神聖魔法を使えるんじゃねえのか?
「リゼット、よく聞いてくれ」
俺は静かにリゼットに語り掛けた。
「お父様?」
「俺が神聖魔法の使い方を伝授するから……」
「神官でもないお父様が神聖魔法を知ってるはずがありませんわ」
「ガクッ」
手強い……。素直な他の娘と違って、リゼットは手強い。
でも、リゼットも俺の娘なんだ。俺の種で生まれたリゼットは、神聖魔法の使い方も人とは違うのかもしれない。
「よく聞いてくれ。これから話すのは、経典に書かれていない欠史三代創世神話のことだ」
「ええっ! 何故お父様が、失われし創世神話のことを」
何だか知らんが、リゼットが乗ってきた。俺の作り話なのだが。よし、このまま押し通そう。
「リゼット、聖女のお前は、地母神との契約ではなく、直に神の奇跡を行使できるよう、体内に魔術回路が構築されているんだぞ」
「えっ! ええっ!」
「魔法の時にこう唱えるんだ。『神の代行者たるリゼットが命じる!』ってな」
「ええええぇええっ!」
リゼットが大きく目を見開いた。
リゼットもエステルと同じように、魔法の行使に呪文詠唱を必要としていないのかもしれない。
なら、リゼットの殻を打ち破るには、思い込みが重要なんだ。俺の作り話でも、本人がその気になってくれれば。
「わ、分かりましたわ」
リゼットが、何かを決意した表情になった。
「お父様は脳筋の戦士系とばかり思っていましたが、これは私の認識を改めなければいけませんわね……」
脳筋? おいこら!
「やってみますわ!」
リゼットはソファで苦しそうにしている姉妹に近づくと、高らかに神官杖を掲げた。
「神の代行者たるリゼットが命じますわ! 状態異常回復!」
ララァアアアアァ!
どどどど、ドーテーちゃうわ!
しまった、つい……。まあ童貞なんだけど。
リゼットから眩しい光が射し、エステルとシャルの表情が和らいだ。
体内の毒が消え、状態異常から回復したのだろう。
「す、凄いぞ、リゼット! さすが俺の娘だ! ありがとう!」
「ふふーんですわ! わたくしに掛かれば、このくらい朝飯前ですわよ」
ドヤ顔でふんぞり返っているリゼットが微笑ましい。さっきまでは泣いていたのに。
でも、『アンチドーテー』じゃなく『アンチドーテ』じゃないのか? うっかりさんかな?
リゼットって、しっかりしているように見えるけど、意外とポンコツさんかもしれない。
「ヒールも掛けておきますわね。神の代行者たるリゼットが命じますわ! 生命力回復!」
ララァアアアアァ!
得意げな顔になったリゼットがヒールを掛けている。これでエステルとシャルは大丈夫だろう。
良かった。二人が無事で。
だが…………。
「リゼット、二人を頼む。俺は決勝戦に行ってくるよ」
「はい」
選手控室を出ようとしたところで、戻ってきたサーシャさんと鉢合わせした。
「レインさん! 回復魔法を使える人が見つからなくて……って、どうしたんですか!?」
サーシャさんは、俺の顔を見て驚き後ずさった。
「娘たちは大丈夫です。リゼットが回復魔法をしてくれましたので」
「えっ、聖女見習いの? そ、そうですか。でも、レインさん、凄く怖い顔をしてますよ」
そうか、俺はそんな顔をしていたのか。
「大丈夫です。試合に行ってきますよ。必ず勝ちます」
部屋を出た俺は拳に力を込めた。
絶対に許さないと!
ジャスティン、奴は俺の愛娘に手を出した。万死に値するぞ! 俺の娘を害しようとする奴は、例え誰であっても許さない!
この蛮行の代償は、その身をもって償わせてやるからな!
もしよろしかったら、ブクマと星評価で応援していただけると励みになります。




