第16話 怪しい男
「レイン選手、試合の時間です」
大会係員の声で、俺は椅子から立ち上った。
「分かった。すぐ行く」
「それではお願いします」
もうベスト8が出揃ったのか。
大会初日はベスト4選出までだ。残りの準決勝と決勝は翌日行われる。
次の試合に勝てば、俺も明日の準決勝に出場できるってわけだな。
娘と一緒に選手控室を出て入場口に向かうと、ヴィクトリアとサーシャさんが言い合いをしているところに出くわした。
「あの男は私が先に目を付けたんだ! 竜殺し、そして剛腕サイラスを軽くあしらう剣の腕、まさに私の夫に相応しいわ!」
「ちょっとぉ! レインさんは、私と仲が良いんですよ! 毎日ギルドでお話してるんだから!」
「話してるだけでしょ。勘違いも甚だしいわね」
「なんですってぇ!」
あいつら、闘技場で何をやってるんだよ。女心は謎だぜ。
「二人とも、そこで何をやってるんですか? 試合の邪魔になりますよ」
俺を見たヴィクトリアが、一気に距離を詰めてきた。
「レイン! 私の試合は見てくれた? 華麗な剣さばきだったでしょ?」
「すまん。控室で休んでた」
「そんなぁあああぁ!」
ヴィクトリアが泣きそうだ。凛々しい剣姫だと思ってたけど、意外とポンコツっぽいというか何というか。
でも、このまま勝ち進めばヴィクトリアと対戦するはず。一度、彼女の剣術を見ておいたほうが良いか。
「そうだな、次の試合は見せてもらうよ」
「ホント!? レインに気に入られるように頑張るわね!」
「お、おう……」
近い。顔が近い。
「レインさぁん! ぐぬぬぬぬ!」
サーシャさんが、凄い顔で俺を睨んでいた。俺、何かしちゃったのか?
試合開始時間となり、俺は選手入場口へと急いだ。
ちょうと俺を呼ぶリングコールが始まった。
「選ばれし八人の猛者、一人目は――天啓スキルの冒険者、鬼畜の女泣かせぇ、種馬のレイン・スタッドぉおお!」
こらぁ! 誰が女泣かせだ!
娘も応援してるのに、変な二つ名を付けるんじゃねえ!
「対するは、職業、年齢、性別、全てが不詳! 謎の剣士、無名ラプラス!」
全てが不詳なのに、何で大会に出場できるんだよ! 書類選考どうなってやがる!?
ラプラスと呼ばれたそいつは、本当に謎の人物だった。黒いフードを目深にかぶり、顔もよく分からない。
「試合開始!」
ゴォオオオオォーン!
試合が始まったけど、やり難いな。
こいつは何者だ?
ズバッ!
とりあえず剣で斬りつけてみたが、まるで手ごたえがない。風に舞う布切れを斬ったみたいだ。
「おい、あんた何者だよ!」
「くくく、我を知りたいか……」
あからさまに怪しい。喋っているのに、その声が口から出ているようには見えない。まるで頭の中に直接念を送っているかのようだ。
「くく、我は無名。誰も我を知らず。誰も我を制すること叶わず」
「いや、特に知りたくねえけど」
「そうだろう。やはり知りたいか」
誰も言ってねえよ……。
「面倒くせえな。ステータスオープン」
――――――――――――――――
ラプラス Lv112
種族:魔族
職業:七魔大公
スキル
幻惑
猛毒
炎の矢
爆発
爆雷炎
飛行
――――――――――――――――
なんだこりゃあ!
七魔大公って、確か魔王の側近だよな!? 何でこんな奴が人族の剣術大会に出てるんだよ!
「くくく、我を知りたければ、実力を見せてみよ」
「七魔大公ラプラスか」
「なにっ!」
ラプラスの顔色が変わった……ように感じた。フードで顔は見えねえけど。
「ふふ、一瞬で我を見抜くとは、さすが天啓のレインよ」
「あ、ああ、そうだな」
さすがとか言われてもな。ステータスオープンしただけなのに。
懐かしいな。原作ゲームをやってた頃は、何度もレイド戦で魔王軍幹部と戦ってたけど。
でも、こうして目の前に現れると不思議な感じだ。
「くくく、正体がバレたのなら仕方がない……」
謎の人物を気取っていたラプラスだが、俺が正体を暴いてしまったからだろうか、急に解説キャラのようになっている。
「我は人族に化け、スキルを使い大会に潜入したのだ」
「なるほど」
「お、驚かぬのだな?」
しまった。ここは驚くところだったのか。
「も、勿論、驚いたさ。魔族が暗躍しているとはな」
「レイン……そなたは全てを知っておるのか。恐ろしい男よ」
は? 何のこと? 何も知らんのだが!
「我はそなたに会いに来た」
「ほう」
「レインよ、そなたは狙われている」
「だろうな」
ジャスティンが俺を狙っているのは知ってるぜ。
「相手は大きな組織だ。そなた一人で抗うのは難しかろう」
あれっ? ジャスティンじゃないのか? 誰だよ、その組織って! 気になるだろ!
「そこで提案だ。我と手を組まぬか?」
「は?」
「事態は一刻の猶予もない。その組織が手を出す前に、我々が先手を打ちたい」
こいつが何を言ってるのかさっぱり分からん。
俺を変な陰謀に巻き込むんじゃねえ。
「それに……次期魔王が絡む重要な話もあるのだ」
「なるほど」
やっぱり分からん。次期魔王とか俺には関係ねえ。
俺は大事な娘たちと一緒に、郊外の一軒家でのんびり暮らしたいんだ。
「悪いが魔族と手を組むつもりはない」
何で手を組む話になるんだよ! 怖ぇえよ!
よりによって魔王の側近と手は組めないだろ。俺は静かに暮らしたいんだ。
「そうか、残念だ。レインよ、そなたはいつか魔族と敵対するやもしれぬ」
「そ、そうなのか?」
「魔族も一枚岩ではないのでな」
「だからどういう意味だよ」
「また会おう、レイン。それまで息災でな。くくく……」
そう言ったラプラスは、自ら闘技場を降りてしまった。
何だよオイ! 何しに来たんだよ! 気になるだろ!
予想もしない展開で、場内アナウンスも困惑だ。
「おおっ! ラプラス選手が場外、勝者はレイン・スタッドぉおお!」
「「「うおぉおおおおおお!」」」
相手が棄権して俺が勝ってしまった。
これには観客席からもヤジが飛ぶ。
「おい、何だよ今の試合は!」
「何もしないで相手が棄権しやがったぞ!」
「八百長じゃねえのか!?」
俺も聞きたいよ! 何だよあいつは!?
てか、中途半端に情報を明かしたまま帰るんじゃねえ! 気になるだろ!
「ちょっと待ちなさい!」
その時、凛々しい女性の声が闘技場に響いた。
皆の視線が集まる先には、美しき銀髪の剣姫がいる。
その剣姫、ヴィクトリアは胸を張り髪をサラッとなびかせた。
「今の試合は、常人の目には見えない激しい攻防があったわ!」
ねえよ!
「あまりに速くて見えなかっただけ! あの無名ラプラスも、かなりの手練れね。でも、レインの剣が上回っていたわ!」
ヴィクトリアの説明で、徐々に観客も頷き始めた。
「なるほど、剣姫がそう言うなら間違いねえ」
「一般人には見えないスピードだったのか」
「なんてハイレベルな試合だ」
違うよ! 何もしてねえよ!
おい、ヴィクトリア! お前、絶対何も見えてなかっただろ!
「ふふっ、お疲れ、レイン」
入場口に戻ると、不敵な笑みをたたえたヴィクトリアが出迎えた。
だが俺は、華麗に彼女をスルーして娘のところに向かう。
「二人とも良い子にしてたか」
「はい」
「パパぁ!」
「って、こらぁ! 私に構いなさいよ!」
泣きそうな顔をしたヴィクトリアが、俺に縋り付いてきた。
「もうっ! 失礼しちゃうわね! 私、これでもS級冒険者なのに!」
「つい娘と今晩の食事をだな……早めに帰ろうかと」
「ちょっとぉ! 私の試合を見てくれるって言ったじゃない!」
「そういえば……」
「そういえばじゃないわよ! この鬼畜男ぉ! そうやって何人もの女を泣かせてきたのね!」
泣かせてねえよ。俺は女性関係を避けてきたのに。
破滅フラグは回避したはずなのに、女性問題を起こすのは確定事項なのか?
「分かったよ。試合を見れば良いんだろ」
「本当に悪いと思ってる? ごめんなさいは?」
「ごめんなさい」
「じゃあ許してあげる。ふふっ♡」
今度は上機嫌になったヴィクトリアが、弾むようなステップで選手入場口へと向かう。
「ふうっ、女心は難しいぜ」
「ジィィィィィィ――」
何か視線を感じるかと思ったら、サーシャさんが俺をジト目で睨んでいた。
「レインさぁああぁん!」
今度はサーシャさんが泣きそうだ。困ったな。
「と、とりあえず試合を見ましょうか?」
俺は娘を抱き寄せながら、サーシャさんと試合の観戦に向かうのだった。




