第13話 リゼットは渡さない!
「お父様、聖騎士を殴ったら捕まってしまいますわ!」
その声で、俺のパンチが止まった。
あと一歩で、この胸糞悪いジャスティンをぶちのめせるはずだったんだがな。
ただ、その声のお陰で、俺は逮捕されずに済んだけど。
「リゼットじゃないか」
振り返ると、そこに立っていたのは聖女見習いのリゼットだった。
そうだ。俺はリゼットの声で踏みとどまったんだ。
「おっと、これはこれは、聖女に最も近いと評されるリゼット様ではありませんか」
ジャスティンは胸に手を当て、リゼットに敬礼する。わざとらしい仕草で。
対するリゼットは、嫌悪感のような表情を見せながら口を開く。
「ジャスティン様、貴方は近衛軍の聖騎士団長ですわよね。市民に喧嘩を売るなど、褒められた行いではありませんわ」
「リゼット様、このレインなる者は、我の旧知の仲ありましてね。この不埒な男に説教をしていたところでありまして」
慇懃無礼にジャスティンは言う。
一見、リゼットを敬っているようでいて、その実、見下しているのは誰が見ても明らかだ。
「そうだ、レイン、貴様に良いことを教えてやろう!」
リゼットの横に立ったジャスティンは、俺の方を向き胸を張る。
「何だ、ジャスティン!」
「ここにおわす聖女見習いのリゼット様だがな、もうすぐ俺の女になるのだよ」
「は!?」
「俺は騎士団長だからな。リゼット様が聖女となった暁には、強く凛々しい俺が夫となって、優秀な遺伝子を残す算段なのだよ! がははっ!」
な、何だと! リゼットが? 俺の娘が? この胸糞悪い男の妻にだと!?
「リゼット……」
俺がリゼットを見つめると、彼女は苦虫を噛み潰したような顔になった。助けを求めるような、悲痛な表情をして。
まさか……リゼットは……。俺に助けを求めて……。
何度も俺に会いに来るのは、意味があったんじゃないのか? 婚約の件で悩んで。必死に俺に縋ろうとして。
事ここに至って、やっと俺は自分の愚かしさに気づいた。
リゼットは俺を罵りに来ていたのではない。俺に助けを求めていたのだと。
「ふはははっ! 俺がリゼット様と結婚したらな、その清らかな体を思う存分堪能してやるぞ! 思い知ったか、レイン・スタッド!」
ジャスティンは勝ち誇ったような顔になった。これは、俺に対する当てつけだろう。
「俺の娘が……」
目の前が真っ暗になった。リゼットも大切な俺の娘だ。
こんなクソ野郎の妻になんてさせたくない。
「待ってくださいまし! まだ妻になるとは決まっておりませんわ!」
リゼットは、真っ直ぐに俺を見据えた。
「私の婚約の話は本当ですが、そのお相手がジャスティン様だとは決まっておりません。王覧試合の優勝者が、わたくしの夫になるのですわ」
王覧試合の優勝者……だと。それじゃあまだ……。
「がははっ! 聖騎士団長である俺が優勝に決まっているではありませんか! 俺より強い騎士など皆無ですな」
ジャスティンは勝ち誇った顔になった。
確かに、勇者の実力を持って生まれ、若くして騎士団長にまで上り詰めた男だ。騎士の中では敵なしと言ってもいいだろう。
「まだ決まっていませんわ!」
だが、リゼットは諦めていない。俺を真っ直ぐに見つめている。
「わたくしの推薦枠が一つ有りますわ」
「推薦枠……。リゼットの?」
「聖女見習いリゼットの一票、それをお父様……ではなく、レイン・スタッドに使いますわ!」
「お、俺に……だと」
「レイン・スタッド、そなたに命じます。見事王覧試合で優勝し、わたくしを手に入れなさい!」
リゼットの声が高らかに響いた。
そうだ、今なら分かる。リゼットは、俺が王覧試合で優勝し自分を救うと信じているんだ。
娘の期待を裏切るわけにはいかない!
「分かった。いや、承知いたしました! 見事優勝し、聖女見習いリゼット様を手に入れて御覧に入れましょう」
俺は見よう見まねで敬礼した。
騎士の作法など知らんが、リゼットに勝利を誓おうと思ったんだ。
「ふははははっ! レイン、貴様が俺に勝てるはずがないだろ! この女の敵め! 魔法学院時代は油断したがな、今度こそ貴様をぶっ潰してやる!」
ジャスティンは唾を飛ばしながら胸を張る。不快極まりない。
「おい、ジャスティン! お前にはドラゴンの件も聞いていないしな。何より、俺の大事な娘が作った弁当を踏みにじりやがった!」
「それが何だと言うんだい? けっ!」
「娘の愛情がこもった弁当を踏んだのは、絶対に許せない! もう手加減しないから覚悟しろよ!」
「いいだろう! 正々堂々と勝負し、貴様を娘の前で斬り殺してやるぞ!」
何が正々堂々とだ! この卑怯者が! 俺に毒を盛りやがったくせに!
こうして、俺の王覧試合への出場が決まった。
ジャスティンは俺を睨みつけ、居丈高に肩を怒らせて去って行った。
「ふうっ、やっとあのクズが居なくなったか」
俺は無残に踏み潰された弁当を拾う。
もう砂だらけで食べられないそれを。
「お父さん……」
悲しそうな顔をしたエステルが、涙目で俺を見つめる。
「エステル、ごめんな。せっかく作ってくれたのに」
「ううん、お弁当はまた作れます。でも、お父さんが王覧試合に……」
エステルが不安な表情で俯いた。
「大丈夫だ、エステル。俺は、あんなクズ男には負けない」
「そ、そうですよね! お父さんは強いですから」
「そうなの! パパは世界一なの」
エステルだけでなく、シャルも俺を見つめる。俺の勝利を信じて疑わない瞳で。
こうなったらやるしかねえ! 王覧試合だか何だか知らねえが、優勝して俺の娘を取り返してやる!
そもそも俺は、最悪のバッドエンドを回避するためにレベル上げをしてきたんだ。あんな奴に負けはしねえ!
「よし、王覧試合に向け特訓だ!」
「はい!」
「はいなの!」
「お父様! お父様! こらぁああ! ザコお父様ぁああ!」
三人で盛り上がっていると、リゼットが大声を上げていることに気づいた。
真っ赤な顔で頬を膨らませている。
「リゼット?」
「私の話を聞きなさぁい!」
「はい」
俺はリゼットに向き直る。何だか娘というより鬼嫁みたいだ。
「お父様、いくら相手があのクズキモ男でも、聖騎士を殴ったら牢屋行きですわよ!」
「そ、それは、ごもっともです……」
「もっとご自分の行動に責任を持ってくださいまし」
「ですよね……」
やっぱり鬼嫁っぽい。こんな強気でしっかり者のリゼットは、将来良い花嫁になりそうだ。誰にも嫁にやりたくないけど。
「分かりましたか? お父様」
「もう分かったって。悪かったな、婚約のことを気づいてやれなくて」
「そ、それだけじゃありませんわ」
リゼットは顔を曇らせた。
「えっ、それだけじゃなかったのか?」
「もうっ、お父様の鈍感男」
「鈍感? 何のことだ?」
「も、もうっ♡ 察してくださいまし」
頬を染めたリゼットは、恥ずかしそうにモジモジと脚を擦り合わせている。
「そ、それと……」
チラッ!
リゼットはシャルに視線を向けた。
そういえば、紹介がまだだったな。
「あ、そうそう、この子も俺の娘なんだよ」
「シャルなの! パパ大好きなの」
ギュッ!
シャルが俺に抱きついてきた。
「そういう訳でな、リゼットとも姉妹になるから……って、あれ?」
リゼットが、わなわなと肩を震わせている。
「お、お父様のバカっ! 嫌い! 大っ嫌い! わぁあああああぁ!」
思い切り罵声を浴びせてから、リゼットは走り去ってしまった。
「あ、あれ……リゼット? やっぱり俺のことを嫌っているのか……」
またリゼットに嫌われてしまい、俺は肩を落とした。
娘たちは、何やら誤解しているようだが。
「わふぅ? シャル、何かしちゃったの?」
「シャルちゃんは悪くないですよ。きっと嫉妬ですね」
嫉妬って、それは無いぞエステル。まるで恋する乙女みたいじゃないか。あのリゼットに限って。
ふう、娘心は難しいぜ。




