第12話 俺の娘に手を出すな
心地よい感覚て目を覚ました俺は、ベッドから起き上がり背伸びをした。
「ふあぁああ! よく寝たぜ」
先日のドラゴン戦の傷により、ここ数日はうつ伏せで寝たりと、寝苦しい夜を過ごしていた。
しかし、今日は気持ちよくぐっすり眠れたのだ。
「ふうっ、だいぶ傷が治ってきたみたいだな」
ぷにっ!
ふとベッドに手を置くと、布団の中から柔らかな感触が伝わってきた。
「ん? 何かあるのか……って、おい」
布団を捲ると、そこには気持ち良さそうな寝顔のシャルが丸まっていた。
「シャル、俺の布団に潜り込んじゃダメだぞ」
「ふあぁ~ん、まだ眠いの」
「こら、起きろシャル」
抱きついてきたシャルを持ち上げて、強制的にベッドから出す。
まだ小さいからといって、父親と添い寝するのはどうなんだ。
「どうかしましたかお父さん……ああっ!」
俺の声で、エプロン姿のエステルがやってきた。シャルが抱っこされているのを見て、プクっと頬を膨らませる。
「ズルいです! 私もお父さんと一緒に寝たいのに!」
「おい、エステル?」
「今夜は私が一緒に寝ます」
「こら」
慕われているのは嬉しいけど、何だか俺の娘がファザコンっぽい気がして心配になる。
もう少しで年頃になるのだから、あまりベタベタするのは控えてもらわないと。
「いいか、エステル、シャル、女の子は男と一緒に寝るのはいけないんだぞ」
俺が説教しているのに、愛娘ときたら聞いているのかいないのか。
「シャルちゃん、今夜は私の番ですからね」
「ふにゃあ、シャル、パパと一緒に寝るの」
「おい、俺の話を聞け」
ダメだこりゃ。このままだと、ファザコンがエスカレートしそうで怖い。
「たく、ほらシャルも起きるんだぞ」
シャルの腋を抱えて立ち上がらせた。
「あれっ、ちょっと重くなってるような……。って、背が伸びてるじゃないか!」
シャルの身長が、驚くほど伸びていた。ほんの少し前は俺の腰ぐらいだったのに、今は肩に届くほどだ。
「シャル、ちょっと真っ直ぐ立ってみろ」
「はいなの」
「やっぱり大きくなってるな」
「えへへ、シャル大きくなるの」
こんな数日で身長が伸びるもんなのか? 以前は棒きれのように細かった手足も、今は健康的な肉付きだ。
もしかして、たくさん食べる子は成長も早いとか。
「獣人族は成長が早いって聞きましたよ」
ちょっと物知り顔のエステルが口を開いた。
「そうなのか?」
「はい、獣人族は人族より成長が早く、すぐに大人になるそうです。その分だけ適齢期の期間も長いのです」
「て、適齢期……?」
そういえば聞いたことがあるような。獣人族は子孫をたくさん残すために、すぐに成長し適齢期が長いって。
「わふぅ、シャル大人なの」
当人は子供っぽいけどな。
「よしよし、たくさん食べて大きくなれよ」
「はいなの」
シャルの頭を撫で、エステルの方を向く。
「エステル、料理をしてくれていたのか?」
「はい、朝食の準備ができてます。あと、今日はお弁当も作ってみました」
キッチンからは美味しそうな匂いが漂ってくる。
テーブルには、三人分の料理が並べられ、その横には弁当の入ったバスケットまである。
「美味しそうだな。こっちのお弁当はハムと野菜のサンドか」
「はい、まだ下手ですが、頑張ってみました」
エステルの作ったサンドイッチは、少しだけ不格好だ。でも、一生懸命に心を込めて作ったのが伝わってくる。
「ありがとうな、エステル」
「お任せください。少しでも役に立つように頑張ります」
俺はエステルを抱きしめる。
「エステル、頑張るのは偉いけど、あまり無理はするなよ。前も言ったけど、子供は元気にしているだけで親は嬉しいもんなんだ」
「お父さん」
「よし、食事にしよう」
三人で食卓を囲んだ俺たちは、腹ごしらえを済ませて今日もクエストへと出かけるのだった。
◆ ◇ ◆
冒険者ギルドで手続きを終え、俺たちは三人でダンジョンへと向かっていた。
あれから、かなりお金も貯まった。何たってドラゴンの鱗というレア素材を手に入れたからな。
とりあえず鱗を4枚ほど換金したけど。1枚で金貨50枚だったから、合計で金貨200枚か。
これだったら新しい家に引っ越しも可能だ。
鱗はまだあるから、当分の間は生活費に困らない。
このまま稼いだ金を貯めて、娘たちと一軒家でスローライフも良いかもしれないな。
「ふふっ、ドラゴンが出た時は最悪だと思ったけど、今となってはゴールドを与えにやってきた恵の竜みたいだな」
俺のつぶやきに、二人の娘は目を輝かせる。
「お父さんのおかげで命が助かりました」
「パパ凄いの! ドラゴンを倒しちゃったの!」
娘に褒められてくすぐったい。
凄いのは娘たちなんだけどな。
「今日のクエストが終わったら、甘いものでも食べに行くか?」
「わぁい!」
「甘いものなの!」
俺たちが王都正門に差し掛かったとき、道を塞ぐように立つ一人の騎士姿の男が目に入った。
「な、何で生きているんだ……」
その男は、愕然とした顔で俺を見つめている。
白を基調とした騎士服に王家の紋章。これは聖騎士の証だ。
背が高く、筋肉が盛り上がった腕や胸。一目見ただけで鍛えられた肉体だと分かる。
誰だ? 聖騎士なんかに知り合いはいないはず。
でも、この男……何処かで見たような?
「レイン・スタッド! 貴様はダンジョンでドラゴンに食われたはずじゃないのか!」
「なっ!」
俺を呼ぶ声で思い出した。この男とは因縁があることに。
「お、お前、まさかジャスティン・ベックフォードか!?」
そうだ、思い出した。この男はジャスティンだ。魔法学院時代、何度も俺に因縁を吹っ掛けてきた男。
この世界で勇者になるはずだった男だ。
そのジャスティンだが、再会を懐かしむでもなく敵意をむき出しにしている。
「おい、レイン、貴様ぁ! ジャスティンじゃないだろ! ジャスティン様と呼べ! 俺はな、国王陛下に仕える誉れ高き聖騎士様だぞ!」
こいつの癇に障るような声を聞き、俺はうんざりした気分になった。
何度も何度も俺に絡んできた記憶が脳裏をよぎる。
「レイン! 貴様と俺では格が違うんだ! もっと俺を敬うんだ!」
「おい、そんなことより、何でお前がドラゴンの件を知ってるんだ?」
「そんなこととは何だ! 俺は正義の使者だぞ!」
クソッ! そういやこいつは話が通じない奴だったな。
「もう一度聞くぞ! 何でお前がドラゴンの件を知ってるんだ?」
「ふっ、貴様などダンジョンでくたばってしまえば良かったんだ。悪を滅ぼす、それが正義の使者だる俺の務め」
「おい、まさかお前が……」
冗談じゃねえぞ! もしかして、こいつがドラゴンを導いたのか?
「ふふふっ、だったらどうしたのいうのだ。悪人は魔物の餌にでもなるのが相応しい。レイン、貴様はドラゴンに食われて死ねば良かったのだ!」
「何だと!」
思わす殴りそうになってしまったが、往来で聖騎士を殴ったら投獄されてしまうだろう。
「おっと、何だそこの小汚い子供は? 亜人じゃないか」
一度は我慢しようとした俺だが、ジャスティンが愛娘を侮辱する言葉を放った瞬間、一気に頭に血がのぼった。
「亜人が何だと言うんだ! 俺の娘を侮辱するな!」
「はっ、これだから悪のレインは。亜人は人族より劣る存在だろ」
「劣るだと!? 獣人族は人族より力が強く、エルフ族は魔法に優れているじゃないか!」
「けっ、くだらない。亜人は劣等種だ。差別されて当然の犯罪者だ」
ジャスティンは吐き捨てるように言った。見下すような顔で。
「お、俺の娘を差別するのは許さないぞ!」
「差別だぁ? 俺は差別と亜人が大嫌いなんだ。どこぞの差別主義者と一緒にするんじゃない!」
相変わらず、この男は話が通じない。
自分の言動を理解しているのだろうか?
「ほら、邪魔だ! この小汚いガキが!」
ドンッ!
ジャスティンが、エステルを小突いた。
すぐに俺は彼女を庇うように抱きしめる。
「エステル、大丈夫か?」
「は、はい」
「おい、ジャスティン! これ以上やるなら俺が相手してやるぞ!」
「おっと、怖い怖い。野蛮な性格は学生時代から変わっていないようだね」
両手を広げ首を左右に振ったジャスティンは、何を思ったのかエステルの落としたバスケットに近づく。
「何だ何だぁ、この不細工なハムサンドは? 低レベルな人間は、こんな粗末な料理を食べているのかい?」
「お、おい、やめろ!」
下卑た表情を見せたジャスティンは、片足を上げ、一気にバスケットに向け踏み下ろした。
「やめろぉおおおおおお!」
グチャ!
ジャスティンの靴が、エステルの作ったハムサンドを踏み潰した。
それはエステルが朝早く起きて、一生懸命に作ったハムサンドだ。彼女の努力と優しさの詰まった、世界に一つしかない大切なものだ。
「ジャスティイイィン! もう許さねえぞ!」
「くけけっ、やるのかレイン! 俺は聖騎士だぞ! 聖騎士への反逆は国王陛下への反逆だ!」
「うるせぇええええっ!」
俺のパンチが空気を切り裂く。ひたすらレベルを上げ、極限まで練り込んだ打撃技だ。
「くらえぇええええっ!」
「お父様、やめてぇええ!」
俺のパンチが奴に当たる瞬間、背後から聞いたことのある声がかかった。




