王子、剣士、修道女、黒魔術師そして悪魔2
「あれが<プレーナイト>。推定等級6の竜だ」
カイシオ村は家屋が二十件程の本当に小さな集落だった。どれも藁葺き屋根の素朴な農家だ。その全ての家がぼこぼこと屋根やら壁やらに穴が開き壊されている。おそらく竜の仕業だろう。
他より一回り大きな家が村長の家であるらしい。屋根が落とされ、代わりにそこから透き通った緑玉が無数埋め込まれた小山がはみ出ている。その小山は規則的に膨らんだり、しぼんだりしていた。
「眠っているようだな」
「ああ。竜はいびきも大きいな」
村中にごうごうという音が響き渡っている。シオン班の四人は、村の入口に一番近い家を影にして、標的の竜の様子をうかがっていた。
<プレーナイト>と名付けられた竜は、全身を鱗ではなく、人の頭ほどもある緑玉で覆っていた。見た目は巨大な葡萄のようだ。
カラスの言っていた通り、翼は葡萄の粒と粒の間からひょろりと見えるくらい。あの小さな翼では体を支え切れまい。飛行に対する警戒は必要ないだろう。
だが周囲の破壊状況を見るとそれなりの攻撃能力があることもうかがえる。安心はできない。
「確かに特殊な形態だ。こんな竜は初めて見る。気をつけろ」
アカザの注意に、シオンは頷いた。
「大丈夫だ。聖剣ならどんな竜も切ることができる。あいつが目を覚まさないうちに全て終わらせるさ。お前達はここで待っていてくれ」
そう言って足音を消して、ゆっくり<プレーナイト>へと向かっていく。他の三人は緊張してその後ろ姿を見守った。
ついにシオンが村長の家の前に立つ。竜の眼が閉じられたままであることを確認し、鞘から聖剣を引き抜いた。
磨き抜かれた透明な刀身が陽光を受けて強い輝きを放つ。誰もが息をのむ美しさだ。
シオンが飛び上がり、竜の首に向かって聖剣を大きく振りかぶったその瞬間、今まで閉じられていた瞼が開いた。
竜が目を覚ました!
爬虫類の緑の眼がシオンを捉える。
背筋に冷たいものが走った。それが何の予感であるかわからぬまま、本能に従い空中で体を捻った。
その時シオンは<プレーナイト>の体が爆発したのではないかと思った。
竜の全身に埋め込まれた緑玉が一気に飛び出してきたのである。
とっさに身を逸らしたシオンだったが、攻撃は至近距離のものだ。完全には躱し損ね、緑玉が肩を弾いた。
「……っ」
そのまま地面に倒れ込む。肩が熱い。衝撃が大きく、すぐには動けない。見上げると、<プレーナイト>のぎらぎらした眼がこちらを見下ろしていた。
まさかこのような攻撃をしてくる竜がいるとは。
竜の攻撃は爪や牙によるもの、そして口から吐き出される炎が一般的だ。彼らの鱗は固いが、あくまでも防御のためのものでそれを攻撃に転換してくるようなものがいるとは思わなかった。今更ながらアカザの注意が身に沁みる。
眠りを邪魔された<プレーナイト>は明らかに苛立っている。うるさい蠅を潰すように、大きな前足をシオンにかけようとした。
「シオン様っ」
聞き慣れぬ声だと思ったら、あの無口な黒魔術師ホタルだった。彼女は隠れていた農家の陰から一歩踏み出すと、
「ボウ・モウ!」
彼女が従える悪魔の一人を呼び出した。
彼女は随分と焦っているらしい。呪文の詠唱も魔方陣もない。発したのはただ名前という最も短い呪だけ。その音だけで杖から黒い蜘蛛の巣が飛び出す。
それは網のように倒れたシオンに掛けられたかと思うと、一気に彼女の元へと引き寄せられた。
同時にアカザが弓を引き絞りながら前へと飛び出す。硬い鱗を持つ竜相手には心許ない攻撃ではあったが、
「当たった!」
<プレーナイト>の背中に見事、矢が刺さった。
ぎゃあっという声。竜の皮膚に血が滲む。二人の顔に気色が浮かぶ。だがそれも一瞬のことだった。
竜の皮膚がぼこぼこと膨らみ、あの緑玉が突き出てきたのだ。あっという間に先程と同様の葡萄じみた姿になる。
「な、なんという新陳代謝……」
家の陰に隠れていたユリが思わずこぼした。
だがそんな冗談を言っている場合ではなかった。<プレーナイト>の憤怒に燃えた眼がアカザとホタルを捉える。竜の意図は明らかだった。
「逃げるぞ!」
アカザが蜘蛛の巣ごとシオンを抱え上げ、竜に背中を向けて走り出す。
同時に二度目の緑玉の射出が始まった。
「ヒッシャ!」
「ああもう仕方ねぇなっ」
ホタルに呼ばれ、カラスの姿をした悪魔が翼を大きくはためかせる。するとその場に強風が巻き起こった。
風の力によってわずかに緑玉が押しとどめられる。その間に四人は村の入口へと走り、森へと逃げ込んだ。
悪魔の風も竜の攻撃を完全に防ぐことはできなかった。ヒッシャは四人が緑玉の射程距離から離れたことを確認すると、すぐさま風を起こすのをやめ彼らの背中を追った。
緑玉が無人の村に雨あられと降り注ぐ。空っぽの家々はいよいよ穴だらけになった。
<プレーナイト>は四人を追わなかった。うるさい人間達が完全に立ち去り、村は完全に静かになった。
そのことに満足して、竜は再び眼を閉じて微睡み始めたのだった。




