旅は続く9
「え……」
シオンは目を見開く。
確かに今の自分は「竜騎師団のシオン」より「未来のヒガン王国の王配シオン」として皆から見られていることはわかっている。竜騎士団の脱退ももうすぐだ。
だがこんな状況で……今も竜が街中で暴れており、ホタルが一人で戦っているというのに、このまま城に留まるなんて。
「どうしてもというなら明日の朝、討伐に向かえば良い。今は騎士団に任せて、彼らだけでは討伐が難しいようであればお前が聖剣を持って出るんだ。だからせめて今晩は城にいなさい」
シオンは唇を噛んだ。心は何が何でも聖剣を持ってホタルの側へ駆けつけたいと言っている。だが立場がそれを許さない。どうしたら……。
言葉を失うシオンに代わっておそるおそる口を挟んだのはアカザだった。
「恐れながら陛下。敵は<アレキサンドライト>という二匹で一体の竜です。この竜の恐ろしいところは一匹を殺しても、<アレキサンドライト>という竜そのものは完全には死なないということです」
「どういうことだ」
王は眉をしかめた。
「つまり片方が生きていれば、もう片方も復活する。もちろんそこで倒れている竜もそうです。この二匹は、一匹が死んだその日の晩の内にもう一匹も殺さないと、完全には死なないのです。私達は夜明けまでに必ずもう一匹の竜も殺さなければなりません。そのためにはシオンの力が必要です」
「ううむ……」
この事実にはさすがの王も頭を悩ませているようだった。この竜の死体を片付けるのには朝までかかるだろう。それまでに片割れを殺せなければ、生き返って再び城で暴れることになる。そう考えると、可能な限り速やかにもう一匹も倒すことが最優先事項だった。
そこに「陛下」とキラクサが呼びかけた。
「シオン様が城を出られないのは私のせいですか?」
静かな声だった。無表情で、迷いも恐れもその目には無かった。
「む。いや、そういうことでは」
キラクサは年齢以上に威厳がある。老獪な王すら、彼女にこの調子で話しかけられると、少々緊張してしまうのだ。
「それならば簡単です。こんな婚約、解消してしまいましょう」
「キラクサ!?」
「姫!?」
周囲はびっくり仰天した。構わず彼女は続ける。
「当然でしょう?私達王族は民の命を預かる者……シオン様が出れば多くの人々が救われるとわかっているのです。それなのに彼が私の婚約者であるという理由で戦いに出ることができないなら、こんな婚約、無意味です」
「これ、キラクサ。思いつきだけで勝手に決めるんじゃない」
我に返った彼女の父が慌てて叱りつける。この結婚には両国の未来がかかっている。それをこんなに簡単に反故にするなんて、とんでもない話だ。
「私は現実的な意見を述べているまでです。そういうわけでシオン様、さっさと行ってください」
「え、いや、その」
当事者であるシオンですら、キラクサの発言にあっけにとられていた。彼女を見て、両親を見て、彼女の両親も見て、アカザやユリにまで助けを求めるように視線を彷徨わせる。
だが誰も言うべき言葉が見つからないようだった。
一方でキラクサは、
「私のことはお構いなく。これでも好いてくれる殿方は他にもそれなりにいますのよ」
と悠然と笑った。
「それに……先程の戦いで確信しました。あなたは私と国の政治について話しているよりも、がむしゃらに竜と戦っていた方がいきいきしていましたわ。国を守る方法は一つだけではないんですから。きっと戦場を駆け回る方が、あなたの性に合っているのです」
ここまでの器を見せつけられると、シオンとしては言うべきことは一つしかない。
「ありがとうございます……」
噛みしめるように深々と礼をする。キラクサはそれを「どういたしまして」と何でもないことのように受け止めた。
シオンは聖剣を握りしめ、仲間達の方を向く。
「行こう、アカザ、ユリ。ホタルを助けに行くぞ!」
「よしっ」
「待ってたわよ」
二人も力強く頷いた。ヒッシャだけが「けっ」と呟いて、その辺にある石を蹴っ飛ばしたのだった。




