旅は続く8
「……そういうわけで俺はあの馬鹿王子からホタルに対する恋心を奪ったというわけだ」
庭園の隅にはパーティーの参加者や兵士らがひとかたまりになって避難していた。周囲を竜騎師団が警戒し、さらにはユリが結界を張って、シオンと竜の戦闘に巻き込まれないように守っている。
そんな中、ヒッシャは倒れた石像の上に留まって、先程中断された話の続きを彼女に聞かせていた。
「いやぁ、なかなかに面白い見世物だったぞ。シオンの方は恋心を失ったから悪気なくホタルに対して無関心に振る舞っているのだが、ホタルはそれを態度が変わったのは自分が何かまずいことをやったせいじゃないかと疑って、あることないこと悩み続けるんだ。その様子が実に滑稽でな……そうそう、これ。俺が見たかったのはこれだったんだよと思ったね。どうだ小娘。怒りで言葉も出ないか?」
ユリは俯いて話を聞いていた。先程から一言も話さない。だが突然肩を震わせたかと思うと、「あーっはっはっはっは」と声を出して笑い始めた。
「何がおかしい?」
ヒッシャが怪訝な顔をする。彼の想定では彼女はホタルのことを思い、悪魔に対し憎しみを募らせ怒り狂っているはずだった。その姿もまたヒッシャにとっては大いに娯楽になるだろうと考えていたのに。
「いやあ、悪魔ってのは思ってたよりずっと馬鹿なのね」
ユリは腕を組んでカラスを見下ろした。
「何だと?」
「馬鹿だって言ってるのよ。あんたは人間のことをこれっぽっちもわかってない。いい?人間の心はそんな単純なものじゃない。恋心を奪っただけで、満足しているなんて本当馬鹿。それで全てがゼロになるわけじゃないのに」
すっとヒッシャに向かって指を差す。彼女は出来の悪い生徒に言い聞かせるように、寛大で、それでいて誇らしげな笑みを浮かべていた。
「人間はね、何度だって恋をすることができるのよ。それがたとえ同じ相手であってもね」
竜が動かなくなったことを確認し、アカザが駆け寄ってくる。
「よくやった、シオン」
「当然だ」
二人、ぱしっと軽く手を合わせる。
「正直鈍ってるんじゃないかと思ってたんだが……」
「失礼な」
シオンは一瞬ふてくされたような顔をしたが、すぐに笑い出した。
「どうした?」
アカザが不思議そうな顔をする。
「いや。こういう感じ、しばらくやってなかったなと思って」
「そういえばそうかもな」
アカザも納得したように笑った。
シオンは豪華な正装が血まみれで、ところどころぼろぼろになっていた。だがここ最近彼がまとっていた憂鬱さがすっかり抜け落ちている。
「客人は?」
「ユリが守っている」
アカザが顎で示す。庭園の隅で両国のパーティー参加者や兵士達が固まって不安そうな顔でこちらを見ていた。だがユリの結界のおかげで彼らの周辺だけ荒れた様子はない。
彼女はもう安全と判断したようで、結界を解いてこちらに駆けてくる。彼女の背を追うようにしてカラスも飛んできた。
「よくやったわね、二人とも」
「ああ」
ユリの顔も晴れやかだ。竜を倒したことだけでなく、何か心配事が解決したようでもある。
「それにしてもあの竜は何だったんだ?見たことのない種属だったが、相当強力だったぞ。あんなのが城にまで現れるなんて」
聖剣を鞘に仕舞いながら、シオンが不思議そうに言う。
ここしばらくは首都近郊で竜を討伐していたシオン班だったが、これほどに強い個体に遭ったのは初めてだった。基本的に竜騎士団が本部を構える首都には、竜の方も警戒して近づかない。強い竜、あるいは賢い竜ほど慎重なのだ。
「<アレキサンドライト>だ」
むすっとして答えたのはヒッシャだった。
シオンとユリはその名前に覚えがなく、首をかしげた。この二人は「竜なんて倒せば全部同じだ」というタイプなので、あまり細かく種属や特徴などは覚えていない。対するアカザとここにはいないホタルは比較的きちんと頭に入れている方だった。そのため反応したのはアカザだけだった。
「あれが<アレキサンドライト>?過去の討伐記録で見たことはあったが……確か二匹で一体の氷属性の竜……ああ、そうか。今のがその片割れか」
「そうだ」
「じゃあ近くにもう一匹いるってことだよな。一体どこに……?」
シオンがぎょっとする。今倒したのと同等の竜がもう一匹存在するのなら、一刻も早く倒さなければならない。
「なるほど、それがホタルが追っている竜というわけね」
ユリも合点がいったと頷く。
「ホタルが!?」
シオンだけが寝耳に水だった。
彼女が一人で戦っている?あの強力な竜と?聖剣も無しに挑んで良い相手じゃない!
「すぐに追いかけないと」
シオンが身を翻して城を出ようとしたその時、
「シオン、無事だったか」
彼の父である国王が姿を現した。その後には王妃や兄弟、そしてキラクサらヒガン王国王族の姿もある。彼らは城の奥に身を隠していたが、竜が倒されたという報告を受けて庭園に出てきたのだ。
「はい。竜は討伐しました。しかしあと一匹いることがわかっています。すぐにそちらも討伐に向かいます」
シオンは早口で行って、再び駆け出そうとする。
だが王は困った顔で、
「まあ待て。お前は今日の宴の主役なのだ。未来の花嫁を置いて城を出る気か。我が国の竜騎士団は優秀だ。後は他の者に任せてお前は城に残りなさい」
と窘めた。




