旅は続く7
それはごつごつとした赤紫色の外皮の竜だった。シオン達は知るよしもないが、外皮の色さえ除けば、ホタルが今まさに城下町で対峙している竜と瓜二つ。これが<アレキサンドライト>の片割れだった。
テーブルが踏み潰され、料理が弾け飛ぶ。薔薇の茂みは根元から押し倒され、石畳はばらばらに砕け散った。
最初、何が起こったかわからなかった客人も悲鳴を上げて逃げ惑い始めた。うるさそうに竜が氷の息を吐く。逃げ遅れた者が氷付けにされ、その場で動けなくなった。それを情け容赦なく踏み潰し、前方へ――王族のいるテラスの方へ向かう。
それを迎え撃つように出てきたのは、やはりシオンだった。彼はキラクサと他の王族達に城の奥に隠れるよう指示し、庭園に姿を現した。
彼は腰に手をやるも、自分が主役の宴だということで聖剣を取り上げられていたことを思い出した。仕方なく、
「貸せ」
と言って、その辺にいる適当な兵士の腰に佩かれた剣を奪い、竜の前に立つ。
竜は単身で剣を構える若者を馬鹿にするように、鼻を鳴らす。白い冷気が鼻孔からひゅうっと漏れた。そしてまっすぐに氷の息を吐き出した。
シオンはそれを危なげなく避け、大きく弧を描くように駆けて竜に迫る。横合いから剣を胴に叩き付けた。
しかし当然ながら竜の硬い鱗を前に、剣は真ん中からぽっきりと折れた。
「くそ……っ」
等級の低い竜であれば、普通の剣でも多少のダメージを与えることができる。それに賭けてみたのだが、この結果だ。
すぐさま竜が反撃に転じる。可動域の広い首がぐいっと背後を向いて、氷の息を吹き付けてくる。急いで離れるも利き腕がわずかに氷を被る。冷たい痛みに声が漏れた。
「シオン!」
アカザの声だった。シオンははっと顔を上げる。
頭上にくるくると回って落ちてくる細長いものがある。聖剣だ、と持ち主であるシオンはすぐにわかった。
「アカザ!助かる」
こういうときのアカザは誰よりも気が利き、信頼のできる仲間だ。激しい戦闘の最中だというのに、見事な狙いでシオンの手にすっぽり収まるように剣を投げてくるのだから。
「後で王様に謝っておいてくれ。王家の武器庫から勝手に持ち出したんだから」
アカザは庭園で一番高い木の上に陣取って、弓を構えていた。
「誰も怒らないよ、それくらいで」
シオンは鞘から剣を引き抜きながら、親友ににやりと笑ってみせる。
「お前だからそんなことが言えるんだよ……っと、離れていろよ」
そう言ってアカザが弓を引く。彼が普段使っている弓より一回り大きな強弓だ。ぶんっと唸って吸い込まれるように竜へと向かっていく。
血しぶきが散った。矢は深々と竜の左後足を貫通し、石畳へと打ち付けていた。
「刺さった!?」
「さっきの剣が通らなかったのに、ただの矢が……?」
城の兵士らが驚愕する。
「ただの矢じゃないさ」
と、アカザが新たな矢をつがえながら笑う。
「これは先日討伐した<ダイヤモンド>の鱗から造り上げたものでね。まあ最強の竜といわれるだけに、加工も難しかった。悪魔の力を借りて、なんとか使い物になるものが十本程度……だから討伐後は必ず回収して持ち帰るようにって言われている」
竜騎士団は<ダイヤモンド>討伐の際、その死体を持ち帰って、新たな武具を精製しようと考えた。あわよくば第二の聖剣を造りだそうとしたわけである。
しかし最強の竜は死んでも最強だった。
まず巨大な竜の死体を国境を越えて運ぶのは難しく、結局鱗や牙、爪など一部分を持ち帰ることしかできなかった。いざ必要な部分を切り出そうとしても、聖剣ですら苦戦したほどの硬さである。そうそう使える道具もない。精巧な武器など作れるわけもなかった。
仕方なく頼ったのがホタルの使い魔、ヒッシャである。彼は強力かつ高位の悪魔であるため、人間には持ち得ぬ知識や技術がある。
ホタルがなんとかなだめすかしながら協力させ、鱗の一枚を砕き、矢尻になりそうな破片を選び出し、苦労して形を整え、ようやく聖なる矢を作り上げることができた。聖剣と比べれば小さい武器のため一撃で致命傷となるには足りないが、動きを止めるだけの力は十分にあった。
竜が痛みに身もだえ、激しく身体を震わせる。残された足で地団駄踏み、尾をぶんぶんと振り回す。芝生が踏み荒らされ、薔薇のアーチが花びらを散らしながら打ち倒された。
「あ……っ」
矢が地面から抜けた。怒り狂った竜が矢が飛んできた方に向かって氷の息を吐く。アカザは舌打ちをして次の矢を放ったが、今度は翼で叩き落とされた。
「すまん、シオン!」
アカザがすぐさま木から飛び降りる。直後、彼が射場としていたその場所は竜の吐息を受けて凍り付いた。
「いや、十分だ」
アカザは竜の動きを完全に封じた後でシオンにとどめを刺してもらうつもりだったのだが、予想以上に早く竜は早く自由を取り戻してしまった。
だがほんの短い拘束時間でも、聖剣を手にしたシオンにとって逆転するのに十分だった。 彼は竜の右後ろ側から近寄ると、その後ろ足に取り付き、聖剣を突き刺した。
ぎゃあっと竜が鳴く。シオンは竜が振り払おうと足を上下左右に揺するのをものともせず剣を引き抜き、飛び散る血を被りながらごつごつとした鱗を足場に胴体を登っていく。 背骨に沿って竜の首へと迫ろうとするが、今度は竜が翼を広げ飛び立とうとした。前足が地面から浮く。
空中から振り落とすつもりだ。
それを察したシオンは聖剣を力強くなぎ払った。竜の右翼が一文字に切り落とされる。当然バランスを崩して竜は横様に墜ちた。大地が激しく揺れる。
竜の背中にしがみついて一緒に落ちたシオンは、今度こそ動きを封じたと確信して立ち上がった。再び竜の首に迫るが、相手も命の危険を感じて必死だった。大きく身をよじって今度こそシオンを地面へと転げ落とした。そして彼に向かって顎を開いた。
そこから放たれたのは、拳ほどの大きさの氷の飛礫だった。
石畳の上に落ちたシオンはその場に、先程自身が切り落とした竜の翼が落ちていることに気がついた。すぐさまそれを持ち上げ、盾が割にする。皮膜に雹が何百発と突き刺さった。
攻撃が止んだとわかると翼を捨て、聖剣を構えて走る。
竜が次の氷を吐き出そうと口を開くが、
「!」
アカザが<ダイヤモンド>の矢をその首に命中させたことで防がれた。
怒りで血走った目をぎょろりとアカザの方に向けたその時には、聖剣の赤い刃が眉間に突き刺さっていた。
それがとどめだった。
剣を抜くと、巨体に詰まった血が噴水のように噴き出した。竜の全身から力が抜け、横向きに倒れる。辺りにずん……と重い音が響いた。両足がだらりと地面に投げ出される。両眼に上衣で聖剣の刃の血を拭うシオンを映したまま、竜は息絶えた。




