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竜退治に恋は必要ですか?  作者: ウール100%


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旅は続く6

 ホタルを中心とする先遣隊は、城の馬車を一台拝借してサンスソ地区に乗り込んだ。

 この地域は城下町の外れということもあって、人口が少ない。とりたてて人が集まるような理由もなく、比較的貧しい人々が住んでいた。

 唯一有名といえるのは、広場にある大噴水だろうか。これはサンスソ地区出身の彫刻家が造ったもので、英雄ソーヤと<ダイヤモンド>を模した石像で飾られた巨大な作品だった。

 先程の憲兵の話で、竜が目撃されたのは地区の中心部ということだったから、おそらく噴水の近辺にいるのだろうと彼女らは見当をつけた。

 兵士達は一度馬車を降り、広場へと続く裏道に入った。ホタルを先頭に、各々が武器を片手に息を潜めて進む。

 街は人気が無く、ひっそりとしている。竜の襲撃によって逃げたのか、家の中に隠れているのか。明かりもほとんどなく、周囲は真っ暗だ。松明などを持てばすぐに相手にこちらの所在がばれてしまうだろうと判断し、彼らは夜闇の中を慎重に歩いた。

 竜の姿はまだ見えない。だが近くにいるのは確かだ。家の壁に残された巨大な爪痕や崩されて穴を開けられた煉瓦塀などが目に付く。

「なんか……寒くないか?」

 兵士の一人がぽつりと言った。

「言われてみれば確かに……城はもう少し暖かかったよな?」

 他の兵士らも肩をさすりながら同意する。

「気をつけて……竜の特性かもしれない。冷気を放つ種属の竜っていたかしら?」

 ホタルが尋ねたのは、騎士団の情報部で、普段竜討伐に先立って等級の評価や種類の調査にあたっている兵士だった。

 彼は「いることにはいますが、かなり珍しいですね」と答える。

「ほとんどの竜は火属性ですからね。もしいたら一般的な竜討伐の方法では対応が難しいかもしれない……って、わぁっ!」

 あと少しで広場に到達するというところだった。

 突然彼が叫んで、派手に転び尻餅をついた。

「どうしたの!?」

「ここの地面が……凍ってます」

 地面の氷で足を滑らせたらしい。

「まさか……今は五月も終わりだぞ?」

 ホタルが跪き地面に指を滑らせる。確かにそこは氷が張って、つるつると冷たい。見れば氷面は広場の方向から広がっているらしい。

 敵がこの先にいるのは間違いない。

「……行くわよ」

 ホタルの言葉に全員が頷く。彼らはゆっくりとした歩みで広場へと出た。

 噴水は完全に凍り付いていた。それだけではないソーヤと<ダイヤモンド>の石像も氷で覆われた上で折られ破壊され、石塊が山となって積まれている。まるで氷山だ。

 その頂上に竜が、ずっしりと寝そべっていた。



「さあっ、吐くのよ吐きなさい……っ」

 ホタルらが去ってすぐ、ユリは残されたヒッシャの首を締め上げていた。

「ぐえぇっ、貴様、悪魔の中でも高貴な身分の俺に何をしやがる」

 カラスはさすがに苦しいらしく、翼をばさばさとさせてもがいている。修道女が動物虐待に及んでいる姿はなかなかインパクトがある。

「ユ、ユリ……ちょっと落ち着け」

 アカザが相手が悪魔であることも忘れ、止めに入るほどだった。パーティーの他の客も引いている。特にヒガン王国の客人達が顔を引きつらせていた。

「あんたがシオンに何かしたのはわかってるのよ。ホタルはああいう質だから黙って現状を受け容れるつもりなんだろうけど、あたしはそうじゃないの」

 どうやらこのことを聞き出すつもりで、ホタルとヒッシャを引き離したらしい。ホタルは自身の使役する悪魔達に対しドライなように見えて、それなりに親しんでいることをユリは理解していた。

「あたしは間違っていることを放っておくのはいらいらする。がんがん正していくわ。さあ、正直に話しなさい」

「ほう、お前は神の僕として実に見所があるな」

「へ……って、きゃっ」

 ヒッシャの唐突な褒め言葉に怪訝な顔をしたその時、カラスの足がぶんと唸ってユリの手首を蹴りつけた。その衝撃で彼女はつい手を離してしまう。

 自由の身になったカラスは近場のテーブルにあったワインの瓶の上に留まった。

「良いだろう、お前にも話してやる。実はだな……」

 ヒッシャがいくぶん胸を反らして、ホタルを不幸にするためにいかに手練手管を弄したか語り始めようとしたその時。

 全てがひっくり返るような、揺れが襲った。



 人間の姿が目に入るやいなや竜は口を大きく開いた。勢いよく吐き出されたのは氷点下の冷気だった。兵士らは慌てて身を躱す。先程まで彼らがいた場所は真っ白に凍り付いていた。

 躱されるなり、竜は再び氷の息を放つ。今度は一人間に合わなかった。片脚が地面に氷付けにされる。

「うっ、ぐぅ……」

彼は必死で片脚を氷の地面から引き抜こうとするが、ぴくりとも動かない。

そこに竜が氷山から飛び降りる。ずしん、ずしんと地響きを立てながら捕らえた獲物に向かってくる。

「ひっ、ひぃ……た、助けて…………」

 兵士は真っ青になってがむしゃらに逃げようとするが、彼の左足は氷で完全に拘束されていた。

「マトー!」

 向かってくる竜と捕らわれの兵士の間にホタルが滑り込む。彼女は右手を竜に、左手を兵士に向けていた。両方の手のひらから赤い光が放たれる。

 いや、光ではない。赤く燃える二匹のトカゲだった。ホタルの使い魔だ。

 兵士に向かったトカゲは身にまとった炎で氷付けにされた彼の足をじんわりと溶かしていく。彼は地面から足が離れるやいなや、その場から死に物狂いで退避した。

 もう一方のトカゲは竜の目の前にその身を躍らせた。炎が赤く燃えさかり、強い光源となる。竜は目眩ましに遭い、「ぎゃっ」と呻いて目を瞬かせ顔を逸らした。

 その時、これまで真っ暗闇の中でわからなかった竜の外皮の色が照らし出される。それを目にして、

「青緑色……わかりました。あれは<アレキサンドライト>です!」

と情報部の兵士が叫んだ。

「<アレキサンドライト>?」

「ええ、外皮の色を見るまでわかりませんでした。それで氷の息を吐く竜ならば<アレキサンドライト>で間違いありませんっ」

 名前を特定された竜は、強い光に一瞬はひるんだものの、すぐさま反抗に転じた。氷の息を吐きながらぐるりと首を回す。辺り一面が一瞬で氷原のようになった。

 兵士らは建物の壁に隠れるなどしてどうにかやり過ごす。

 塀の後ろから竜を窺いながら、ホタルは今の情報を吟味した。

「でもそれって……」

 <アレキサンドライト>の名前は知っている。等級8.5。だが対峙している竜がそれだと、ここまで一度も考えつかなかった。なぜならその竜の最大の特徴は。

 ホタルの疑問をわかっているように、青い顔をして兵士は頷く。

「はい。<アレキサンドライト>は二匹で一体の竜……つまり、もう一匹いるはずです!」



「何やら……騒がしいですね」

「え?そうですか」

 テラスでシオンがぽつりと言った。キラクサにはその言葉の意味がわからなかった。なぜなら相変わらず両家の家族は楽しげに談笑しており、窓の向こうの庭園もこれといって問題が起こっている様子もなかったからだ。

 だがシオンは落ち着かない様子で足を踏み鳴らしている。何か気に入らないことがあるかのように。

「ああ、風が強くなってきたからかもしれませんね」

「風……?」

 キラクサが庭園を見やると、確かに先程までほとんど動いていなかった木々が大きく枝をなびかせ葉擦れの音をさせている。だが嵐というわけでもない。首を傾げシオンの方を見ようとしたその時だった。

「危ない、窓から離れて!」

 シオンがそう言って彼女の腕を引いて窓際から離れさせるのと、ドォーン、という音がして地面が大きく震えたのはほぼ同時だった。

 庭園のど真ん中に何かが落ちてきたのだ。

 実際には「降り立った」というのが正しい表現なのだが、引き起こされた衝撃音と激しい揺れは人間達に何か重くて巨大な物が落ちてきたという印象を与えた。

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