旅は続く3
シオンは両肩をさすりながら夜道を歩く。頭の中では先程アカザが言った言葉がぐるぐると回っていた。
ソーヤ王国を出れば、聖剣を手放すことになる。
それはつまり竜殺しの騎士としての道を捨てるということだ。
シオンが初めて聖剣を手に入れたときから漠然と思い描いていた未来――この剣でもって身体が動かなくなるまで竜と戦い続ける人生。
そんな自分の理想に、自分の手で終止符を打つ。そう考えると、喉が詰まるような感覚がした。
王族に生まれた以上、国のためにこの身を尽くそうという覚悟はしていた。それが竜討伐ではなく政略結婚ということになったのは予想外だった。一度は国のためなのだからと飲み込んだと思っていたのだが、どうやらうまく飲み込めていなかったらしい。
結婚相手であるキラクサ姫は、国民のためなら自ら犠牲になるのもいとわない立派な女性であったと認識している。実に尊敬できる人物だ。
だがわかっているのはそれだけで、正直どんな顔だったかもよく覚えていない。
自分は彼女を愛せるのだろうか?
想像はできなかった。今更考えても仕方のないことだと頭を振って別のことを考えようとする。
そうだ、竜討伐のことを考えよう。これも結婚までなのだ。この国を出ると同時にシオンは竜騎士団を退団することになる。ならば今のうちに後悔の無いよう聖剣を振るわなければならない。
だが……とシオンは眉を曇らせた。その竜討伐も今はなんだか味気ない。遠征はできず、あてがわれるのは等級の低い竜ばかり。
さらには班の空気が随分と悪くなっていることにもシオンは気がついていた。弱い竜が相手だから表面化していないが、手強い相手であれば敗北もありうるくらいに、今のシオン班はばらばらだった。
多分自分が悪いのだろう、とシオンは考えている。だが理由がわからない。
アカザは何か言いたげな顔をしている。ユリは多分怒っている。そしてホタルだ。彼女のことがわからない。
彼女は悲しい目をしていて、それに気づかれそうになるとそっと目を伏せる。戦いでも必要な援護をするとすぐにシオンから離れてしまう。まるでこれ以上傷つけられたくない、というかのように。感謝の言葉を言う暇もない。
今日だってちゃんと話したいのに、彼女はさっさと帰ってしまった。
でも彼女が帰らなかったとしても、結局シオンは自分が何を話したいのかわからなかっただろう。話したいのに、話したいことがわからない。いつからか自分からは何かきっと大切なものが欠けてしまったように感じている。それがきっと今の鬱屈を打ち払う鍵になるはずだとわかっているのに。
ため息を吐いて立ち止まり、空を見上げる。そこにはぽつんと三日月が浮かんでいた。
見ているうちに、二週間後には両家の顔合わせが王宮で行われることを思い出した。ますます気持ちが落ち込んでくるのを自覚しながら、シオンは再びのろのろと歩き出した。
ホタルもまた夜風にローブをはためかせながら帰途についていた。
ホタルの自宅は首都の西に広がる黒い森の中にある。普段は便利が良いので竜騎士団の本部にある兵舎で寝起きしているのだが、今夜はそんな気分になれなかった。
街外れまで行くと家々の明かりも少なくなり、周囲はずっと暗くなる。
(あ、三日月)
風に乱れる髪を抑えながら、空を見上げる。
三日月ってどうして寂しげに見えるんだろう。あんなに綺麗なのに。
とりとめのないことを考えながら機械的に足を動かしている。
肩の上ではヒッシャがおどろおどろしい鼻歌を歌っていた。実に機嫌が良い……というかここ最近ずっと機嫌が良いようだ。
不審に思って横目にカラスの横顔をじっと見てみる。
すると彼はぴたりと歌をやめ、こちらに向かってにんまりと笑ってみせた。
「どうだ、好きな男を他の女に取られた気分は?」
そこでようやくホタルは気がついた。
「あなた、シオン様に何をしたの……?」
彼女にとって大切な存在であるシオンの極端な変化。ヒッシャが関わっていることは十分に可能性があることだった。この悪魔の主食はホタルの不幸なのだから。
「ひどい言い草だな。俺は単にあいつと取引しただけだ」
取引。悪魔の本業である。そしてそれは表面上はどうであれ、人間にとって平等とは言い難いものだ。
「私はともかくシオン様に害を及ぼすようなら許さないわよ」
睨み付けるホタルに対し、
「本当失礼だな、お前は」
とヒッシャ。
そして嬉々として語り出した。
「<ダイヤモンド>と戦ったとき、お前は瀕死の重傷を負った。あのままでは死んでいただろう。だからシオンはお前を助けてくれと俺に懇願したんだ。あいつの中にあるお前への愛情と引き換えにな」
ようやく合点がいった。
突然態度が変わったシオン。それは彼の中でホタルに対する想いが消えたからだった。だからホタルをまるで他人のような目で見るようになったのだ。
「どうだ、ホタル。男に心変わりされてしまう気持ちは?愛する男と離ればなれになる気持ちは?」
カラスが彼女の目を覗き込む。そこにある絶望を啜りたいとでも言うように。
「良かった」
「うん?」
良く聞こえなかったというように、ヒッシャは少しホタルに顔を近づけた。ホタルはいつもの無表情だった。
「良かったと言ったのよ。シオン様は失うとわかっていても、私のことを助けてくれた」
肌寒い夜。だが久しぶりにホタルの心はほのかに温かかった。
シオンはあの時、ホタルのことを本当に大切に思ってくれていたとわかったのだから。
例え今、存在しないとしても、それは確かに愛だった。
「私は……それだけで十分だわ」
ヒッシャを見据えはっきりと言う。
だがヒッシャは、
「強がりおって。俺は人間の弱さをよく知っている。いつまでそんな綺麗事を言っていられるものかね」
と鼻で笑ったのだった。
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